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サッカーの海外経験で得た危機管理術、お伝えします

アジアの渡り鳥
マレーシアリーグ時代。熱狂的なサポーター同士の小競り合いが絶えず、スタジアムには常に警察が待機していた=写真はすべて本人提供
マレーシアリーグ時代。熱狂的なサポーター同士の小競り合いが絶えず、スタジアムには常に警察が待機していた=写真はすべて本人提供

9月6日午前3時過ぎ、札幌の実家で寝ていた僕は、突然の激しい揺れで飛び起きました。最大震度7の揺れを記録した「胆振東部地震」でした。

僕の家の周辺も大きなダメージを受け、道路が陥没したり、家具が倒れた家があったりしました。札幌市内では液状化現象もみられ、道路がひび割れたところもありました。北海道全域で295万戸でブラックアウト(大停電)が発生し、道内最大の歓楽街ススキノも一時は真っ暗となるなど混乱をきたしました。

このように、「いざという時」は予期せず身に降りかかってくるものです。長年の海外経験がある僕も何度も危機的状況に遭遇しました。少しでも皆さんのお役に立てることを願って、今回は海外で身につけた災害や危機管理術について書きたいと思います。

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胆振東部地震では札幌の実家周辺の道路も陥没した

北海道ではその後もしばらく余震が続きました。今でもあの日の出来事は人々のトラウマとなり、心の傷となって残っています。

僕はこれまでアジア20の国や地域で「サバイバル」をしてきた経験から危機管理は徹底しており、我が家では水をポリタンクで常備し、ガソリンも常に満タンにしていたため特段慌てることはありませんでした。また、リュックに非常食などの防災グッズも充分備え、ライトが付いたキーホルダーを持っており、さらに手元には手動充電式のラジオ付き懐中電灯も置いてありました。スマートフォンもフルに充電された状態にしていたので、事なきを得ました。

僕の住む地域では、停電から約30時間後に電気が復旧しました。危機的状況にも関わらずみんながルールを守り、譲り合いや助け合いの精神を忘れない姿を目の当たりにして、日本人としての誇りを感じました。海外に住んでいると、こういった日本人の素晴らしい国民性を感じる機会が多くあります。日本に住んでいた時は当たり前と思っていたことが、海外に出て外から見ると、改めて素晴らしいことだと感じます。

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常備している防災グッズ

ここからは僕の過去の体験談です。2004年12月末にインドネシアのスマトラ沖で大地震があり、津波で22万人もの死者が出ました。そのとき、僕は被災地域のひとつであるマレーシアのペナン島のチームに所属していました。幸い日本に一時帰国していたため津波には巻き込まれませんでしたが、その後ボランティア活動で訪れた海沿いの民家には無残にも津波の爪痕が残されていました。

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マレーシアのペナン島が津波被害を受けた後、避難所を訪れた

日本は地震大国ですが、建物は耐震強度に優れているので被害は最小限に抑えられています。しかし発展途上国では地震の際のマニュアルが徹底されていなくて建物も脆いところが多く、ひとたび地震が来ると被害は甚大なものになります。海外に住んでいるとこうした危険とも常に背中合わせでした。

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ペナン島で津波被害にあった民家

2002年10月にはインドネシアのバリ島で連続爆弾テロがあり、外国人観光客を含む200人以上が犠牲になりました。実はその直前、バリ島のチームのトライアル中でしたが、チームが僕ではなく、チリ人の選手と契約すると感じたため、予定より一日早く見切りをつけ、翌日からジャカルタのチームの練習に参加することにしました。

出発前夜、バリ島最後の夜を楽しみ、ジャカルタに移動したのですが、ジャカルタで爆破のニュースを聞いて背筋が凍る思いをしました。爆破された場所の一つが、前夜僕が訪れていた飲食店だったのです。その時は何となく虫の知らせで移動したのですが、今思えば、間一髪で危機回避できて本当にラッキーだったと思います。

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バリ島で、テロの被害にあった飲食店の様子

2015年には、新天地を求めてバングラデシュの首都ダッカを訪れました。治安上の懸念から、渡航前に旅行会社からは「延期した方がいい」と助言されましたのですが、せっかく与えられたトライアルのチャンスを逃したくなかったため強行突破で現地入りしました。用意されたダッカのホテルの目の前に反政府勢力の拠点があり、周辺には警察や治安部隊の装甲車が並んで物々しい雰囲気でした。

ホテルのスタッフからは、「逆に世界一安全だよ」と言われましたが、その言葉は数日後あっけなく覆されました。夜、食事をしようとホテルを出たところ、目の前を火だるまの車が走り抜け、100㍍くらい先で大爆発しました。人生初めて目撃した自爆テロの瞬間でした。ダッカではその後も治安は回復せず、2016年7月には、日本人7人を含む少なくとも20人が巻き込まれるレストラン襲撃テロがありました。

ベトナムのチームにいた時には、夜、バイクタクシーで帰ろうとしたとき、田んぼの一本道で、後ろから猛スピードで迫ってきた2台のバイクに突然挟まれ止めさせられたことがありました。彼らは拳銃をちらつかせ、現金を要求してきました。僕は護身用にいつも十徳ナイフを持っているのですが、さすがに拳銃に刃向かうのは無謀と判断し、お金を渡そうとしたところ、たまたま前方から走ってきた車のおかげでピンチを回避できました。それ以降は車のタクシーを使うように心がけています。

海外にいると危険は普段の生活の中だけではありません。それはサッカーの試合でも起こりうることです。アジア各国では熱狂的なサポーターが多く、アウェーのスタジアムでは、選手に向かいヤジや差別用語などを容赦なく浴びせてきます。ピッチに向かって物を投げるのも日常茶飯事で、ペットボトルやサンダル、フランスパンや石など、ありとあらゆるものが飛んできます。サポーター同士の小競り合いも多く、暴動鎮圧のために警察を動員することもしばしば見受けられます。

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マレーシアリーグ時代の一コマ

試合後もサポーターが興奮状態の時は、バスに向かってロケット花火を打ち込んできたり、ペットボトルで作った簡易爆弾をバスに向けて投げ込んできたりします。日本でサポーターが騒ぎを起こしたら、スタジアムへ出入禁止となり、チームもペナルティーを科せられます。アジア各国ではそういった罰則がほとんどないことが、このような状況を生むことにつながっているのではないかと思います。

僕は海外で様々な危険な目にも遭いましたが、常に最悪の事態を想定して備えていることが自分の身を守る最善策だと思っています。災害やアクシデントは、海外に限らずいつ何時でも起こりうることです。そのような事態に陥ったとしても冷静に対処できるよう、普段から準備して心がけることが大切です。

最後に、胆振東部地震から数カ月たち、北海道も落ち着きを取り戻してほとんどのホテルや飲食店は営業再開しています。皆さんもぜひ僕の生まれ故郷の北海道に遊びにいらしてください。

(構成 GLOBE編集部・中野渉)