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自我と自我がぶつかり合う、共働きの緊張関係 ドイツのベストセラー

Bestsellers 世界の書店から
外山俊樹撮影
外山俊樹撮影

アフリカ沖の大西洋に浮かぶカナリア諸島は常春で、シーズンオフなしの人気の休暇地だ。その一つランサローテ島で、ユーリ・ツェーの『Neujahr(正月)』の主人公ヘニングは家族連れでクリスマスと正月を過ごす。

ヘニングも妻のテレーザも共働きで、2歳と4歳の子どもがいる。夫婦は家事と育児を公平に分担するようにし、そのためにどちらも職場と交渉したが、妻が働く税理士事務所は協力的であったのに、彼のほうの出版社はそうでなく、仕事の一部を自宅に持ち帰ることで了解を得た。次は収入で、妻のほうが多いためにヘニングは妻より家事・育児を余計に引き受けるべきだと考えて実行している。

子どもたちは健康で夫婦仲もよく、仕事もうまくいき、彼は幸せだと思っているが、下の子が生まれた頃から、心臓の拍動が突然速くなったり乱れたり、窒息しかかったりするパニック発作を患うようになる。休暇中は治まっていたが、大晦日の深夜に発作に襲われる。

翌朝、ヘニングはひとりで近くの丘の上の村を目指してサイクリングに出かける。彼は、急坂や逆風で脚の筋肉に痛みを感じる度に、坂道や風を憎悪し罵るようになる。そのうちに、彼は、自分が何もかも、仕事も、また愛しているはずの妻や2人の子どもまでも、ペダルを踏みながら罵っていることに気づき、愕然とする。

丘の村へ行く途中で、ヘニングは、この島にはじめて訪れたはずなのに、以前来たことがあるような感覚を覚える。

本書は失われていた幼年時代の記憶が蘇る話で、推理小説を読むのに似ている。また、この国の大学卒同士の、緊張した夫婦関係が巧みに描かれている。それは自我と自我の押し合いっこで、押されて痛みを感じた方が愛情を根拠に均衡を保とうとする関係である。だから主人公が自転車を漕ぎながら体験したように、愛と憎しみは同義語に近い。

著者のツェーは毎年のように問題作・力作を発表。政治的発言も多く、ギュンター・グラスなど西独の政治参加の伝統を継ぐ、数少ない作家の一人とされる。彼女は、憲法・国際法を専攻した法律家で、EUのデジタル基本権憲章の熱心な発起者の一人でもある。

カナリア諸島、もう一つの物語

インガ・マリア・マールケ『Archipel(群島)』は今年度ドイツ書籍賞を受賞した。この賞は長編小説を対象にし、フランクフルト書籍見本市と連動しているためにメディアでよく取り上げられる。

面白いことに、マールケの小説もカナリア諸島を、それもテネリフェ島を舞台にする。でもツェーの小説と異なり、登場人物はドイツ人の休暇客でなく、この島の住民であり、彼らの過去100年間の変転が語られる。

コロンブスはまずカナリア諸島で補給し、更に西に進み米大陸に到達したが、この例がしめすように、これらの島々は、特に一番大きいテネリフェ島はその後も中南米に対するスペインの略奪植民地主義の拠点になった。スペイン領であったが、大英帝国の海外進出の中継基地としての役割も演じた。この島で良い家系の出身者として権力を振るったのは植民地主義のおこぼれにあずかって富を蓄積した人々であり、本書のなかで登場するベルナドット家がその例である。

スペインの独裁者フランコは1936年、社会主義者連合というべき人民戦線政府によって参謀総長を解任されてカナリア諸島総督に左遷されていた。彼はここから軍の反乱が勃発したモロッコに移り、反乱軍を指揮し本土に侵攻、政府軍に勝ち、40年も続いたフランコ独裁体制を築く。

カナリア諸島では当時裕福な人々はフランコを支持し、反対に中産階級に属する人々は社会主義の人民戦線政府に味方する。本書のなかでは薬剤師の息子のフリオ・バウテがそうで、兄が反乱軍に殺害されただけでなく、自身も7年間も収容所に監禁された。

小説の冒頭は20157月で、フリオ・バウテの娘のアナは政治家で汚職が疑われている。彼女の夫はベルナドット家の御曹司の歴史家で、アルコール依存症。娘のロッサは大学をやめて帰ってきて、インスタグラムにかまけ、テレビのサバイバル・リアリティーショーばかりを眺めている。

本書は政治的対立がなくなった現在から始まって、フリオ・バウテが誕生した1919年に終わるように語られる。時間の流れに沿って物語が進行しないため、話の中に入っていけないと難じる読者もいる。でも、私たちが何かを理解するときには過去に遡って情報を集めるのではないのか。

本書に読みづらい点があるとすれば、あまりにもいろいろなことが出てきて、どこに注目していいのかがわからなくなり、「木を見て森を見ず」になりがちだからだと思われた。

 「不愉快で嫌なヤツ」が主人公の人気ミステリー

M・ヨート&H・ローセンフェルトの『Die Opfer, die man bringt(犠牲になってもらう)』は推理シリーズ「犯罪心理捜査官セバスチャン」の第6巻である。シリーズは2010年にはじまり、一度読者になると、次の巻の刊行を、首を長くして待つといわれる。出版されると直ちにベストセラーのトップになるのもそのためだといわれる。

著者のヨートは、著名なスウェーデンの推理小説家ヘニング・マンケルのために映画のシナリオを書いた。ローセンフェルトのほうは司会者兼脚本家で、国際的大ヒットのデンマークとスウェーデンの合作テレビドラマ『THE BRIDGE ブリッジ』の脚本家の一人である。

シリーズ第6巻の本書は連続レイプ事件を扱う。厄介な事件で、国家刑事警察機構の特別捜査班が担当することになり、仲間外れにされていたセバスチャン・ベリマン犯罪心理捜査官も起用されて、シリーズではお馴染みの捜査官が全員集合。それでも解決には手間取り、556ページになる。

推理小説はいつも犯罪事件が起こり、それが解明される。今や市場での競争がきびしく、差別化戦略が重要で、本シリーズの魅力は登場人物だとされる。筆者は愛読者の一人から、第6巻を読むだけでは駄目で、第1巻から読まないとシリーズの良さがわからないと警告された。確かに捜査にあたる人々も警察関係者で公務員であるが、あまりにも個性的で、ドイツの職場だったら仕事にならないような気がした。

一番おもしろいのはシリーズの主人公、セバスチャン犯罪心理捜査官だ。彼はエゴイスティックで協調性も欠けていて、不愉快でイヤな奴の典型である。インタビューの中で、作者はこのほうが人格者より自由にいろいろな行動をとらせることができて都合がいい、と発言した。ドイツでは、なるべく他人から好かれたいと思う結果、自分を束縛する人が多いといわれる。とすると、そのような人々にとって、この身勝手男のシリーズはストレス解消に役立っているのかもしれない。

作者は、中年男のセバスチャンに弱点があったほうがいいと思い、アルコール依存症は(特に北欧では)月並みで面白くないので、「セックス中毒」にしたという。だから主人公は女性と知りあうと、よくそのような関係になる。

この人物設定も、スウェーデンという、女性の人権が特別に尊重される国が舞台であることを考慮すると何か示唆的だ。ちなみに、#MeToo(ミートゥー)運動と関連して、今年スウェーデン刑法の関連条項も改正されてきびしくなった。

本巻ではセバスチャン犯罪心理捜査官は(一度の例外をのぞけば)品行方正である。これは、上司から禁じられていたからで、上記の法改正とは関係がないようである。

ドイツのベストセラー(フィクション部門)

10月27日付Der Spiegel紙より

1 Mittagsstunde   

Dörthe Hansen デルテ・ハンゼン

北ドイツのライ麦畑が広がる村落を舞台に時代の変化を示す人間模様。

2 Archipel

Inger—Maria Mahlke インガ・マリア・マールケ

テネリフェ島の住民の百年の歴史を理解する試み。

3 Die Suche

Charlotte Link シャルロッテ・リンク

湿原で行方不明の少女の死体を発見。また少女が行方不明になる。

4 Die Opfer, die man bringt

M. Hjorth & H.Rosenfeldt M・ヨート&H・ローセンフェルト

犯罪心理捜査官セバスチャンシリーズの第6巻。連続レイプ事件を追う。

5 Zeitenwende

Carmen Korn カルメン・コルン

4人の女性の友情の絆を通して眺めたドイツ半世紀の時代の変転。

6 Wer Strafe verdient

Elizabeth George エリザベス・ジョージ

重罪の容疑者である教会の執事が監獄で死ぬ。自殺なのだろうか。

7 Neujahr    

Juli Zeh ユーリ・ツェー

良き夫、良き父親であろうとする男性の苦悩。

8 Der Hundertjährige, der zurückkam, um die Welt zu retten

Jonas Jonasson ヨナス・ヨナソン

100歳の老人が世界を救う。お元気なのはなによりです。

9 Eberhofer, Zefix!

Rita Falk リタ・ファルク

バイエルン方言の辞書付きズッコケ喜劇推理小説。

10 Fräulein Nettes kurzer Sommer

Karen Duve カーレン・ドゥーヴェ

19世紀の独女性作家ドロステ・ヒュルスホフが主人公の小説。