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ベリーダンス 本場の異変

ニューヨークタイムズ 世界の話題
カイロの結婚式場でベリーダンスを披露するエカテリーナ・アンドリーワ。逮捕された時と同じ衣装=2018年6月29日、Laura Boushnak/©2018 The New York Times

この春の夜の出来事だった。ところはカイロ。ナイル川沿いの高級ナイトクラブは、ベリーダンスの熱狂に包まれていた。そこを私服姿のエジプト警官が急襲した。警官たちは、踊っていたロシア人のベリーダンサーをその場で逮捕した。

捜査の焦点は彼女の踊りの衣装、それと衣装の下に何を着けていたかという点だった。

「ジョハラ」の愛称で知られる彼女は、本名エカテリーナ・アンドリーワ(30)。そのなまめかしい踊りのビデオが、一夜にして彼女を有名ダンサーにのし上げたという逮捕の逆効果も出たが、果たして、彼女が、いわゆる派手ではなく「控えめに隠すのが正しい下着」という公的な教えを守っていたかどうか。下着は「正しいサイズ」だったか。下着の色は? それとも下着をつけていなかったのか?

アンドリーワは「無実」を主張した。しかし、捜査当局は彼女を投獄した。刑務所内も彼女の話題で持ちきりだった。

カイロ駐在のロシア外交官も彼女に面会にきた。マネジャーと夫はモスクワでマスコミに事態を訴えた。刑務所の薄汚い監房には、売春やドラッグで捕まった女性が10人以上収容されていた。そこでも彼女は即興のダンスを演じてみせた。

「同房の女性たちは本当に私を大事にしてくれました」。今、彼女は監房の日々を思い返す。「彼女たちは私に踊ってくれ、って。それでみんなで一緒に踊った」と。

投獄されてから3日後、強制送還されそうな気配が出てきた。最後に、奇妙な救済者が介入してきた。「非常に有力なリビアのビジネスマンだ」と言われた。そうして彼女は出獄した。

今回の事件は、数世紀にわたって踊り継がれてきたベリーダンスという芸術的、肉感的な舞踏の歴史の中でも、ドラマチックな出来事の一つだろう。かつて第2次世界大戦中、カイロのマダム・バディアのキャバレーで、ドイツのスパイと英国の将校がベリーダンスに興じながら諜報(ちょうほう)合戦を演じていたことがあった。1970年代にはベリーダンサーたちが米国大統領に踊って見せたこともあった。

エジプトではここ数十年、ベリーダンスをめぐって相反する見方が先鋭化してきた。ベリーダンスは高度な芸術だ。いや、いやらしい娯楽だ。あるいは、道徳的なスタンドプレーでごまかしているだけだ、といった意見だ。

だが、アンドリーワの身の上に起きたことは、こうした論争よりもやっかいな問題を投げかけた。すなわち、もしカイロが世界のベリーダンスの中心なら、どうして人気の出る新人ダンサーはエジプト以外の国から出てくるのか?

カイロのセミラミス・ホテルで踊るディーナ=2018年2月23日、Laura Boushnak/©2018 The New York Times

キエフからカイロへ

カイロ郊外であった結婚式。アラ・クシュニールは、花をちりばめたダンスフロアを裸足で動き回りながら、シミーを踊っていた。シミーはベリーダンスに欠かせない動きで、ヒップをぶるぶる震わせながら回り、ツイストし、激しく旋回する。あでやかなその姿態に引き付けられるように、タキシード姿の若者たちがにやにや笑いながら背伸びして見ている。その後ろで、着飾った少女たちがクシュニールのまねをして動き回っていた。片隅のテーブルに陣取った女性たちは頭部をベールで覆っていたが、手拍子で踊りを盛り上げていた。

クシュニールはウクライナ出身の33歳。踊りを終えてスーツケースに衣装を詰め込んでいる最中、彼女は「エジプトに来るのが夢だった」と言った。

数年来、エジプトのベリーダンス界の上位を占めているのはアメリカ人、イギリス人、ブラジル人といった外国人で、中でも東欧出身者が目立っている。

外国出身のダンサーは従来のダンスに力強さやエネルギッシュな感情表現を持ち込み、踊りも「アラビアンナイト(千夜一夜物語)」よりずっとディスコ調になってきた。エジプト人スターの、繊細で感情を内に秘めたような伝統的スタイルに比べると、外国人ダンサーの踊りは圧倒的な力強さを見せつけている。過剰に性的魅力をむき出しにする外国人ダンサーも少なくない。

クシュニールは生まれ育ったウクライナ・ムィコラーイウ(ニコラエフ)で、将来は考古学者になろうと夢見ていた。しかし、大学は法科だった。2010年、テレビの公開オーディション番組「ウクライナのタレント発掘(英名Ukraine's Got Talent)」に出て、過激なベリーダンスを演じて見せた。それがプロになるきっかけだった。

彼女は、ある時は黒いベールを身に着け、火のついたろうそくの盆を頭上に載せて踊り、ある時は半裸の男たちに支えられた小さなプールの中で身もだえしながら踊った。

そうして「ベリーダンスのブロードウェー」と呼ばれるカイロに移り、本物のスターになった。彼女は上流階級の結婚式や豪華パーティーを、時には一晩で5回もこなすまでになった。トップダンサーなら、一晩で1200ドル以上を稼ぎ出す。クシュニールの場合、ビデオも人気で、YouTubeで公開された中には再生回数900万回というのもある。

こうした外国人スターたちの活躍に対して、「本物」にこだわる人たちは、「偽物の文化」を拡散させている、と嘆いている。また、アラブの伝統文化を金稼ぎに利用し、本来のベリーダンスの形式まで不作法にしていると批判している。その批判に同意する外国人もいる。

「多くの場合、私たちはエジプト人ダンサーが備えている優雅さや繊細な表現力に欠けている」と言ったのは米国人ダンサーのダイアナ・エスポジートだった。ニューヨーク出身の彼女はハーバード大学を卒業後、08年にフルブライト奨学金でエジプトに渡航し、ベリーダンサーとしてのキャリアを積んだ。

彼女は「ルナ・オブ・カイロ」の名でベリーダンスをしている。最近帰国し、ニューヨーク・ブルックリンに戻ってきたが、彼女によると、エジプト人ダンサーは今日も数千人単位でいる。ただ、ほとんどはピラミッドの近くにある安キャバレーや、ぼったくりの悪評高いナイル川観光といった業界の下層部で働いている、という。

「エジプト人ダンサーはまるで絶滅危惧種みたいに思われていて、とても悲しい」とエスポジート。「ベリーダンスという芸術にとって悲しいし、エジプトにとっても悲しいことです」
それでも、エジプトのダンス界には一人だけ、誰もが認める「女王」がいる。ベリーダンスの世界に君臨するエジプト人の女王だ。

ウクライナ出身のアラ・クシュニールのカイロの自宅アパートはダンスに使う衣装や飾りでいっぱい=2018年3月4日、Laura Boushnak/©2018 The New York Times

最後の女王か?

午前3時を過ぎたばかりだった。カイロのセミラミス・ホテル(インターコンチネンタル・セミラミス・カイロ)にある超豪華キャバレーのステージに、ディーナが滑るような足取りで登場した。17人編成のバンドをバックに、スポットライトを浴びながら踊る。全身から生気がみなぎっている。フロアではちょうネクタイのウェーターたちがせわしなく動き回っている。充満するたばこの煙。赤いビロード張りのブースにいるアラブ人のカップル、欧米の観光客、その他多くの観客は、ディーナの踊りにうっとりとしていた。

ディーナ・タラート・サイード。彼女こそ中東随一のレジェンドだ。過去40年のベリーダンス歴の中で、王子や大統領、ある時は独裁者を前に、何度も華麗な踊りを見せてきた。「そうそう、カダフィ」と、彼女はリビアの元最高指導者の名をやや皮肉っぽい口調で思い出した。カダフィは内戦で殺害されたが、「面白い人だった、とても愉快だったわ」と言った。

ディーナは、ベリーダンスに対するエジプト人の矛盾した態度を熟知している。「愛と憎しみ。ずっとそう。エジプト人にはベリーダンスのない結婚式などあり得ない。でも、もし兄弟の誰かがベリーダンサーと結婚しようものなら、ああ何ということ。必ず問題になるわ」

ベリーダンサーという職業に浴びせられる汚名は、ここ数十年の間にエジプト社会に浸透してきた、いわゆる純粋主義の影響といえる。この純粋主義はエジプトの芸術をかなり息苦しいものにしていて、今日の映画では、キスをする気配ですら上映を禁止されている。歌でも「不健全」とみられる詞は削除される。道徳を監視する自警団がアーティストたちを追い回し、裁判にかけるといったことも起きている。

ポップ歌手のシャイマは性的な含みのあるビデオで「堕落を駆り立てた」とされ、投獄された。15年にはベリーダンサーの一人が選挙に立候補しようとした。しかし、裁判所が「良い評判に欠ける」として彼女の立候補を禁じた。

「エジプト人は自国のダンサーを売春婦だと思っている」。ロシア人ダンサーのアンドリーワのマネジャー、ベッセム・アブデル・モニームは断言した。

悪評歓迎

わずかな期間だが投獄されたアンドリーワは、なぜ警官に急襲されたのか、今なお分からない。ただ、彼女はその日に感謝している。

というのも、投獄後、彼女に予約が殺到し、出演料も倍に跳ね上がったからだ。富豪や権力者からの依頼も増えている。最近では鉄鋼業界大手に君臨する財界人ファミリーやエジプト首相の娘、それにシリア大統領バシャール・アサドの亡命中のいとこ、といった人たちが顧客になっている。

彼女のダンスと下着問題は、あいまいなまま沈静化してきた。問題の発端となったビデオで身に着けていたキラキラ光る衣装も、いまや彼女の必需品になっている。

彼女のマネジャーのモニームは、彼女を逮捕、投獄した警察署の署長ですらファンになり、知り合いの家族の結婚式に出てくれるようアンドリーワの予約をとったほどだ、と打ち明けた。
「彼女は今や有名人だ」とモニームは言った。金曜日の夜とあって、忙しそうに彼女を次の会場に連れ出しながら、「みんなあれを愛しているのさ」と言い残して。

(抄訳)

(Declan Walsh)©2018 The New York Times

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