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民主化しなくても豊かになる? 不公正なカンボジア政権への日本の選挙改革支援とは

トッケイ7回鳴いたかな。
スマホの「投票アプリ」で自分の投票所を確認する人。有権者登録の電子化で可能になった=プノンペン郊外で(撮影、筆者)

もう20年近く前のこと。まだ軍事政権だったミャンマーで、自宅軟禁下にあった国民民主連盟(NLD)のウー・ティン・ウー副議長にこっそり会わせてもらったことがある。政治犯として服役中、日々何を考えて過ごしたのか。そう尋ねると、副議長は「本を読んでいました」と言った。「何の本を」「南米や韓国の軍事政権に関する本を差し入れてもらって。いつか独裁政権は終わる。そのことを歴史から学んでいたのです」「歴史の本ですか」。いぶかる私に副議長は静かに言った。

「あなたたち記者は、数日の単位で変化を求め、一喜一憂する。でも私たちはもっと長く、ときには次世代にわたってこの国の在り方を考えているのです。そんな視点も理解してください」

729日に投開票されたカンボジアの総選挙では、「日本の援助」がひとつの焦点になった。フン・セン政権の野党勢力の弾圧を批判する声が日本でも高まり、選挙制度改革支援を続ける日本政府に対し、「撤退」を求める声が、在外のカンボジア人からもカンボジア援助に携わる日本人からも沸き起こった。実際、日本と同様に選挙制度改革支援にあたっていた欧州連合は、野党勢力や人権抑圧の動きを批判して援助を中断した。

国外からの強い批判の声をカンボジアの中で聞きながら、それでも私はフン・セン政権への批判と、日本の選挙制度改革支援を結びつけることに違和感を持った。

そもそも、日本の選挙制度改革支援とは何なのか。違和感の正体を考えようとしたとき、その中身を私自身がきちんと知らないことに気づいた。

カンボジア国家選管への改革支援は大きく分けて3種類ある。有権者登録プロセス、選挙実施管理プロセス、有権者教育だ。有権者登録プロセスの改革支援では、有権者の生体認証(指紋認証)システムを導入。途上国の選挙では、二重登録が大きな課題だが、日本は欧州連合とともにカメラ、スキャナー、PC、サーバーなど指紋照合のための機材、使い方の技術訓練を実施した。その結果、前回2013年の登録者数約968万人が、今回は838万人にまで減った。多くが二重登録だったのではないか、とみられている。単純なミスもあれば、故意のものもあったかもしれないが、このシステムの導入で二重投票などの不正だけでなく、投票所での混乱も回避された。

寺院に設置されたテントの投票所=プノンペン郊外で(撮影、筆者)

さらに改革のハイライトは、地方選管からの生データの配信だ。今回、全国22,000カ所余りの投票所で開票作業が行われ、その結果はすぐに全国1600カ所余りの地方選管へと送られる。さらにそこから州選管、国家選管へと集計数が送られるのだが、今回は、地方選管の集計用紙がそのままスキャンされ、国家選挙管理委員会のウエブサイトで公表されるシステムを運用した。国家選管の公式発表を待つまでもなく、だれでも生データにアクセスができ、不正操作が行われる可能性をできるだけ小さくしようとする試みだ。関係者によると、投開票当日の夜中までにはすべての「生データ」がサイト上にアップされたという。

カンボジア国家選挙管理委員会のウエブサイトにアップされた投票所ごとの集計用紙=カンボジア選管HPより

これだけを見れば、「より透明性の高い選挙の仕組みが立ち上がり、支援は滞りなく実施された」ともいえる。

しかし、「不公正な政権が、その仕組みを運用する」という点で意見が分かれた。公正な選挙の仕組みであっても、不公正な政権が利用し再生産されるのであれば意味がないのか、それとも選挙制度改革と現政権への批判とは切り離して考えるべきなのか。私自身は、支援の内容を詳しく知り、後者の立場をとった。現政権を支持する考えはまったくないが、日本が援助する新しい投開票のシステムは、将来への贈り物になると思ったからだ。いつかこの独裁的な政権が終わるときも、システムは残り、継続される可能性が高い。公正な政権は、公正な仕組みからしか生まれない。ウー・ティン・ウーさんのまなざしを思い出した。

プノンペン中心部の川沿いにあるウナロム寺院の片隅に、「中田厚仁さん」の慰霊碑が建っている。中田さんは1993年、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)下で実施された内戦後初の総選挙で、国連ボランティアとして選挙監理活動に参加中、中部コンポントム州で襲撃され命を落とした。

元衆議院議員の阪口直人さんは、中田さんと同時期に国連ボランティアとして加わった。一時、中田さんとルームメイトだったこともある。それから25年後の今年7月末、総選挙を監視するため、阪口さんはカンボジアへやってきた。真っ先に中田さんの慰霊碑を訪れ、花と線香を供えた。慰霊碑はいつ行ってもきれいに掃除されていて、傷ついたり壊れたりすることなくたたずんでいる。阪口さんは慰霊碑に手を合わせ、「また来たよ。どうか見守ってください」と心の中で語りかけた。

中田厚仁さんの慰霊碑に線香を手向ける阪口直人さん(撮影、筆者)

今回のカンボジア総選挙に、日本から参加した監視団は、阪口さんの所属するNGO「インターバンド」だけだった。日本政府は2013年に続いて監視団を派遣していない。また、カンボジアの復興・開発にかかわっている市民団体も、フン・セン政権による野党勢力の弾圧を非難し、監視活動を見合わせた。

阪口さんは衆議院議員時代、カンボジアを訪れて選挙制度の改革について提言をした。特に有権者登録の電子化に道筋をつける役割を果たした。それだけに今回、複雑な思いで監視員の活動に加わった。阪口さんは、「最大野党が排除された今回の状況は非常に残念。だが、それは取り組んできた選挙制度改革が招いたものではない。民主主義の基本である公正で透明性の高い選挙制度をつくるために、改革の努力は不断に行っていくものであり、その意義はある。そのことを自分の目で検証し、これから日本が何をできるのかを考えたいと思った」と、話す。

阪口さんは、「民主化を前提としない経済発展」という選択肢がこの国に存在し始めた、という。「民主化をすれば中産階級が生まれて豊かになる」というモチベーションが必ずしも通用しない社会になりつつある、と。その背景には中国の影響があるのだが、見まわしてみれば、軍事政権のタイ、一党独裁のベトナム、ラオス……カンボジアは「非民主的」な国々に囲まれている。民主化しなくても豊かになれる。その選択をしつつある指導者と、どう向き合っていくのか。今回の選挙と援助をめぐる議論は、カンボジアと日本との関係を見つめなおすきっかけになる、と阪口さんは考える。

選挙監視中の阪口直人さん。着ているTシャツは25年前の選挙監視の際に使ったもの=プノンペン郊外で(撮影、筆者)

カンボジアがまだ国際的な援助を必要とする国であることは忘れてはならない。ただ、新生国家となって四半世紀、ただひたすらに「復興」というひとつの目標を共有できたころとは違う。私たちは、この国に何を願って援助をするのだろうか。中国との影響力の競い合いという視点を超えて、根本的な問いを突き付けられている。