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ベトナム人は泳げないってホント!?

子連れで特派員@ベトナム 更新日: 公開日:
まずは水に顔をつけないとね=鈴木暁子撮影

鈴木です。6歳の長男(ポコ)と夫(おとっつあん)と一緒にベトナム北部ハノイで暮らしながら新聞記者をしています。今回は、家族みんなが夏休みで日本へと一時帰国してしまい、家の中がしーんとする中、取材した時のお話です。

「日本は暑いらしいね」。猛暑のニュースを聞いたベトナムの人から、何度か声をかけられた。日傘や帽子で夏の暑さをしのいできた日本人も、別の方法で身を守らなければいけない時代になったのだろうか、と思う。

それにしても、同じく暑さに耐える環境のもとでも、日本とはまったく違う身なりなのが、太陽の下をバイクで疾走するベトナムの女性たちの姿だ。

長袖とマスクとサングラスはハノイの女性必須の三点セットです=鈴木暁子撮影

長袖のレインコートのフードをぴっちりかぶり、顔の半分は排ガス対策のマスク、仕上げに黒いグラサンとヘルメット。バイクで暴走する方たちではありません。真夏のベトナム女性の定番スタイルだ。ここまで覆うのは痛いほどの日差しを避け、日焼けを防ぐため。この国の女性のたくましさを感じる。

リゾート地として人気の中部ダナンへ行っても、日中、ビーチを歩くようなベトナム人にはまずお目にかからない。地元の人はこういう。「海に行くのは朝の5時か夕方の涼しい時間。焼けるし暑いもん」。早いね朝、と思うが、たぶん正しい選択なのだ。

さて、7月に入り、夏休みをエンジョイ中のポコは、埼玉からハノイに遊びに来てくれた私の母に連れられて、日本へ一時帰国してしまった。おとっつあんはそのすきに2週間ほど一人旅に出た後、ポコを迎えがてらやはり日本へ帰っていった。私はといえば、7月末のカンボジア総選挙に向けた取材などで出張が続いて、ハノイにはほとんど寄りつけない状態。というわけで、家族ばらばらの夏。ハノイの家はしーんと静かだ。

 ハノイにいる日、取材のため市内のプールへ足を運んだ。ベトナムでは毎年、水に溺れて亡くなる子どもが多いと聞いたからだ。ベトナムネット(電子版)が保健省のデータとして報じた内容によれば、ベトナムでは海や川、湖などで溺れて命を落とす19歳以下の子どもが年間約3500人いる。「泳ぎ方を知っている子どもは全体の3割」(保健省官僚)で、水の事故の件数は東南アジアの国の中でもきわめて高いという。

「あ、お母さん?終わったから迎えに来て」とでも言っているのかな、プール受付にて=鈴木暁子撮影

ベトナムの人は泳げない、というのはとても意外な話だった。縦に長い3260㌔もの海岸線を持ち、自然に恵まれたこの国のことだから、子どものころから水辺で遊び、泳ぎを自然と身につけているのだろうな、と勝手に思い込んでいた。

日本財団の調査によれば、日本で水辺の事故で亡くなる人は2012~16年の年間平均で約千人。子どもに限れば平均約58人だ。ベトナムで、水難事故で亡くなる子どもがいかに多いかがわかる。

ハノイのプールには、まさに芋の子を洗うように子どもがわんさかいた。プールサイドに腹ばいになってバタ足をしたり、平泳ぎの足の動かしかたを教わったりしている。夏休みのこの時期は、1日約100人が泳ぎを習いに来るという。「学校にプールがないからです。学校と連携して、子どもに泳ぎを教えるコースに参加してもらっています。2週間もすればクロールで泳げるようになりますよ」とコーチのブー・ニン・トゥさん(29)。

バタ足の練習。ベトナムではぽっちゃりした子どもを頻繁に見かけます=鈴木暁子撮影

確かに、日本ではほとんどの学校にプールがあるけれど、ベトナムではプールつきの学校をほとんど見たことがない。子どものころ、夏休みは学校の授業やクラブ活動でプールで遊んでいた私も、プールのあるインターナショナルスクールに通うポコも、恵まれた環境にいるのだとあらためて気づく。

プールを運営する会社は、市内の大半の公立小学校と契約し、割安な価格でレッスンを提供しているそうだ。6歳以上の子どもが8~10人のグループになり、7~15日間、1日約1時間泳ぎを習う。「私も泳ぎを習ったことがなくて、いまだに泳げないんです」。プール運営会社のグエン・スアン・チュオンさん(21)がそう言うのを聞いてまた驚く。プールの会社に入っている若者ですら泳ぎを知らないのだから、泳げない人は多いはずだ。

泳ぎを教えてくれるコーチの話をまじめにきく子どもたち=鈴木暁子撮影

暑い室内プールの周りでは、保護者が汗だくで子どもたちを見守っていた。「身を守る方法を孫に学んでほしくてね」と話したのは、孫をレッスンにつれてきたコ・グエン・ビク・ゴクさん(61)。12日間のレッスンで費用は一人190万ドン(約9060円)するという。「私も習いたいよ、泳げないから」

「子どものころ父が教えてくれたから私は泳げたけど、友だちはほとんど泳げなかったな」というド・ミン・ロアンさん(33)は、11歳の長男と7歳の長女の健康のために、バレエやピアノに加え習い事の一つとして通わせている。経済的に豊かになってきたことが、泳げる子どもを増やす契機にもなっているみたいだ。

 「うちの夫が子どものころはホアンキエム湖でよく泳いだみたいよ」という人もいた。ホアンキエム湖といえば、数年前まで巨大な亀が住んでいたハノイのど真ん中の観光スポットだ。今は泳いでいたら逮捕されるかも……。のどかなハノイだけれど、昔はさらにのどかだったのだろう。

1歳の赤ちゃんをだっこし、暑い室内プールで長男の練習を見守るブー・トゥ・チャンさん(36)=鈴木暁子撮影

ベトナムの子どもに泳ぎを教える取り組みは、世界保健機関(WHO)など国際的な団体も支援しているそうだ。水の事故を減らすためには、安全な遊び場を増やすことも一つの手がかりだと思う。以前、ベトナムで子どもの肥満が深刻になっているという話を聞いたとき、「屋外で安全に遊べる場所が少ない」ことが理由の一つに挙げられていたのが、とても印象に残っている。生活してみて実感する。例えばハノイの路上ではバイクや車が一番えらい。「交通ルールって何?」とでもいうように、通行人はお構いなしでゴーゴー走る。歩道も少なくポコと歩くときは気をつかう。水の事故も、危険な場所は子どもが近づけないよう柵で囲ったり、安全に配慮した河川公園などができたりすれば、いくらか減るのではないかと思う。あのホアンキエム湖すら遊び場だった時代が遠くなるのは寂しい気もするけれど、経済発展にともなって、「安全な水辺」が増えていくといいなあ、と思う。

日本のポコと電話で話すと、「ばあばとハワイに行った」という。米国ではなく、屋内プールや温泉施設を備えた福島・いわきのスパリゾートハワイアンズのことだ。日本ではなんということもなく甘受していた安全に楽しく遊べるという幸せ、なんてありがたいんだろうとしみじみ思った。