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日本人と中国人のリアルな思い 共生の課題が見えてきた

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芝園団地で開かれた「ふるさと祭り」の様子=2017年8月、埼玉県川口市、大島隆撮影

ルポ「芝園団地に住んでいます」はこちら

芝園団地(UR都市機構の賃貸住宅)がある埼玉県川口市は、全国で3番目に外国人住民の人数が多い市区町村です。その隣にある蕨市に住む、「子供の幼稚園の同級生は、3分の1弱が中国人です」という40代男性からメールをいただきました。

幼稚園や学校で子供を媒介に知り合うと偏見もなくつきあえますが、そういうものがないと、人種の違いによる、危うい雰囲気が醸成されやすいのだと思います。民族や人種の壁を越えるのは政治でもイデオロギーでもなく、生活に根ざした人の交流なのだなと改めて痛感します。

交流の機会がもっとあれば、という声は、芝園団地に住む中国人の住民からも上がりました。

9年前に中国から日本に来て、去年からは芝園団地に住んでいます。日本人と中国人は同じ団地に暮らしていても、別々に生活し、あまりコミュニケーションがないと思います。中国人は若い人が多く、毎日仕事をしているので、団地の日本人と話す機会があまりありません。この間、団地の広場で太極拳のイベントをしているのを見ましたが、ああいう活動がもっとあればいいと思います。(埼玉県 女性 30代)

全く接する機会がないと、「〇〇人は…」とひとくくりにして、漠然と不安を感じたり、偏見を抱いたりしがちです。コミュニケーションをとれば相手への見方も変わっていくという意見は、ほかにも何人かの方からいただきました。

団地群の中を歩く子供たち=池永牧子撮影
ごみの分別に関して一人一人を見ると、几帳面な外国人もいれば、無頓着な人もいます。日本人でも同じだと思います。個人によって様々なのですが、「日本人」「○○人」とくくってしまうと、途端にそうでない人まで含めて簡単にラベルづけしてしまいます。
「共に生活する」のであれば、一つの目的を持って一緒に何かをすることがお互い分かり合える近道ではないかと思います。言葉はうまく通じなくても、一緒に行動することで伝わるものは必ずあると思います。(熊本県 女性 50代)

「トランプの言葉、団地の広場で叫びたいくらい」

ルポ「芝園団地に住んでいます」では、トランプ大統領を生んだ背景にある、米国の反移民感情の高まりや、芝園団地にも漂う住民の「もやもや感」、お互いを分かつ見えない壁を乗り越えようとする住民の取り組みを書きました。

就任後、トランプ大統領は移民に厳しい政策を打ち出して論議を呼んでいますが、「私も芝園団地の広場でトランプの言葉を叫びたいくらいです」というメールを送ってきたのが、かつて芝園団地に住み、現在は隣のマンションに住む、池谷延夫さん(70)です。

5千人いた日本人の居住者はすでに半数以下になりました。そこに異国の人たちが、私たちには関係ない形で住み始めたのです。「よそ様の家に住む」くらいの遠慮が必要だと言いたいです。団地に住むルールを教えるのは川口市やURであるべきなのに、我々の悶々とした問題に積極的に関与しているとは思えません。自治体は現状を把握しているか不安です。私もトランプの言葉を芝園団地の広場で叫びたいぐらいです。

メールをいただいた後、池谷さんとは直接会って改めて話を聞きました。

池谷さんの「『よそ様の家に住む』くらいの遠慮が必要」という言葉の裏には、「ここは私たちの団地なんだ」という意識があるのではと感じました。同じような言葉は、ほかの古参の住民からも聞いたことがあります。

一方で、現在住んでいる外国人は皆、正規の在留資格を持ち、一定以上の所得など、URの入居基準をクリアして暮らしているのも事実です。日本人も外国人も、住民として同じ権利を持っています。かつてのような、日本人住民「だけ」の団地ではありません。

この現実とどう向き合い、壁を乗り越えて活力につなげていくか。芝園団地の挑戦は続きます。

芝園団地で開かれた「ふるさと祭り」の様子=2017年8月、埼玉県川口市、大島隆撮影

同じ国でも溝、異文化ならなおさら…

団地で起きているような問題は、たとえば旧住民と新住民が住むところでも起きる、それが外国人との間では、より先鋭化されるのでは、という指摘もいただきました。

10年ほど中国で暮らし、帰国後、岐阜で生活するようになりました。古くから暮らす方々にとっては、同じ日本人であっても、「よそ者」はルールが違うのではという警戒心があったのではと思います。外国人なら、なおさらのことです。
逆に、新しく入ってきた者からしたら、少しの誤解から生じる「戸惑う出来事」に接しただけでも、全体に対して警戒心を持ってしまうケースもあるように思います。お互いにコミュニケーションを深め、話し合ってみれば、そういう壁は消えると思います。(岐阜県 河原啓明さん 46歳)

同じような感想は、日本に住む中国人の読者からも寄せられました。

日本国民はものすごく日本を愛している、といつも思います。それ自体は悪いことではないですが、盲目的に自分たちがベストで、日本の習慣とやり方が違うことは間違いと見なすのでは、進歩がありません。
文化、習慣、価値観の違いがもたらす溝は、同じ国においても深刻です。中国もそうで、地方都市の若い人たちが大都会の北京や上海、広州にやってきて、もとから住んでいる住民と多くの問題を抱えています。
文化の源流が同じでもこうなのだから、異文化間では言うまでもないでしょう。多様性の社会にいることを自覚し、正しいとか違うとか区別するより、それぞれの集団の違いを受け入れるしか、多文化の共生はできません。 しかし、私個人は、外国人は現地の習慣に慣れ、従うよう努力すべきだろうと思っています。ここに住み、ここのルールがもたらす便宜さ、心地よさを享受しているのだから、ルールが時々もたらす不便さや心地悪さも同じように受け入れなければならないでしょう。(東京都・30代女性)
芝園団地=池永牧子撮影

日本と中国で違う、自治会の概念

今回の記事は朝日新聞中文網にも掲載されました。(記事はこちら)日本に住む中国人だけでなく、中国語の記事を読んだ、中国に住む人たちからも感想をいただきました。

たとえば、芝園団地の自治会に加入する中国人住民が少ないことについては、上海市の男性からこんなメールをいただきました。

住民の自治会は上海にもあるが、概念は日本と全く違います。上海では「居民委員会(住民委員会)」と呼ばれ、「街道」「鎮」などの末端行政に属しています。活動を行うのは住民サービスの職員で、ボランティアではありません。(祭りなどの活動について)概念の違いがあるため、日本からすると、住民自治の活動なのだから、住民がボランティアでやるものだ、と考えるのでしょうが、中国の場合、住民サービスの職員が担うものであり、住民にはボランティアで参加するという概念がありません。このような概念の隔たりや長期にできた互いの習慣がつまり「静かなる分断」なのではないでしょうか。(上海市・男性)

「空気を読め」と言われても

「外国人にまで、『空気を読む』ことを期待されても…」という声もいただきました。

芝園団地の問題は、文化の違いによる古くからの問題です。日本人は空気を読むことをすごく強調しますが、中国人がどうして、日本の空気を読むことができるでしょうか。思っていることは言ってほしいです。いかに誠意をもって見てくれていても、言わなければ、どうしてわかるでしょうか。(四川省・20代女性)

この点については、芝園団地自治会の事務局長を務める、岡﨑広樹さん(37)が、こんなことを話していました。岡﨑さんは大学生の団体「芝園かけはしプロジェクト」と協力しながら、団地内の日本人と中国人の交流に取り組んでいます。

日本人住民の不満の多くは「俺たちのルールはこうなのに、なんで従わないのか」というところから生まれています。「言わなくてもわかって」というのが日本人が求めていることかもしれないが、そこはまず伝えるべきことは伝えないと。かつ大事なのは、相手にわかりやすいように伝えることです。一方的に、「もう言ったでしょ」だけではうまくいきません。
芝園団地で開かれた太極拳の体験イベント。大学生の団体「芝園かけはしプロジェクト」が中心になって開いた=2018年6月、埼玉県川口市、大島隆撮影

外国人も、同じ団地に住む地域の一員としてどう力を合わせていくか。東京都の大学院生、王暁音さん(31歳)は、団地の課題と今後への期待を寄せてくれました。

多文化の現場でよくある問題は外国人が受け身的になっていること。いかに国籍を超えて地域住民としての連帯感を作るかが、芝園団地の課題です。祭りの準備でも片付けでも、役割分担で外国人を排除してはいけないと思います。外国人も地域住民としての責任を避けてはいけないでしょう。共に生きる『場所』から共通するアイデンティティーが誕生できることを期待しています。

私のこれまでの取材や生活してきた経験からすると、外国人が多く住む地域で起きる生活のトラブルは、ごみ出しと騒音が多いようです。ただ、新しく引っ越してきた住民など、そもそもルールを知らない人も少なくありません。今回、実際に同じ地域で生活をした経験がある日本人や外国人からは、「相手に伝わるように伝えるのが大事」という意見が多く寄せられました。

実際に接する機会がないと、「外国人」とひとくくりにしがちです。ただ、実際に住んで付き合ってみると、同じ「中国人住民」といっても、一人ひとりいろんな人生があり、考え方も様々なのだと実感します。「日本人も外国人も人それぞれ」という意見は、一理あるなと思いました。

 

労働力不足を受けて政府が外国人労働者の受け入れ拡大を決めるなど、日本で暮らす外国人はこれからさらに増えそうです。単なる「労働力」ではなく、共に暮らす「生活者」という視点からの受け入れの準備も急務だというのが、芝園団地に住む一人としての実感です。