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心に豊かな「にわ」を育てる 現代美術作家・栗林隆の新連載

TRIP MUSEUM庭師の旅
木の中に入り、上を見上げると水中から見た空が万華鏡のようにキラキラと輝く。これは私が住むインドネシア、ジョグジャカルタの海の中からの風景である。

私は今、パリはセーヌ川沿いのエッフェル塔が見えるホテルの一室でこの文章を書き始めている。

久しぶりのヨーロッパ。

夜の9時を過ぎたというのに昼間のように明るい。

なかなか夜が来ないこの感じは本当に懐かしい。

 

 

思えば人生初の海外旅行もフランスだった。

19歳の時である。

モスクワ経由のアエロフロートに乗り、CCCPと書かれたジャンパーを背負ったでかい連中の中に交ざりその独特な臭いに長い時間苦しまされた記憶がある。当時浪人中だった自分にとってパリとは、別に華やかなところでもなく、凄く差別意識のある暗いイメージの街だった。

たぶん自分の置かれている状況の影響もあったのだろう。

「異国」というものを肌で知った初めての海外である。

 

 

そんな私も今年の8月でめでたく五十の歳を迎えることとなる。

うーん、、、半世紀だ(笑)

よくある話だが、ほんと時間なんてあっという間のものである。

 

 

今回は、展覧会の準備のためということもあるが、フランスが初めてだという、2人の若いインドネシア人のアシスタントを引き連れている。

季節がいいこともあるのだろう。当時のような暗いイメージもなく、毎日朝の8時から夜9時までの作業の繰り返しであっても、セーヌ川沿いを歩く美術館までの往復は結構楽しいものである。

彼ら若者たちの生き生きとした姿や、フランス人のスタッフや職人たちにすぐに馴染む感じを見ていると、私の初めてのフランス旅行は、やけに暗いものだったなぁ、、、と感じてしまう。

時代もあるのだろう。インターネットがない時代の海外は、やけに離れた場所に来た感じがしたものだ。今はその感覚はあまり感じられない。 

知り合ってすでに4年、コミュニケーション能力の高いアシスタントの彼らに助けられることは多い。
 

今回、

パリでの発表は、ジャポニスム2018の一環で、「Palais de Tokyo」という美術館のプロジェクトに参加するために6月初旬から滞在しながら制作をしている。

前回の連載から読まれている方はご存じだと思うが、私は今、インドネシアはジョグジャカルタという街に生活拠点を移しており、インドネシアのアシスタントと制作をしているため、今回は彼らを引き連れてこのパリに来ているのだ。

 

重複してしまうが、今回の連載から私を知る方もいると思うので、今パリで作っている作品を紹介しつつ、自分の活動を説明しよう。

私は、今はまだ現代美術作家である。

私の作品は、いわゆるインスタレーションというもので、立体や空間を意識したものが主である。

素材はありとあらゆるものを使い、境界線をテーマに作品を作り続けてきた。

今回の作品は、20cm x 5cm x 5mmのガラスを7000枚以上使ったものだ。 

7000枚に及ぶガラスをまずはせっせと磨くことから始まる。ボランティアやスタッフに今回も助けられた。本当に感謝である。

しかもこのガラス、ただのガラスではなくマジックミラーなのである。

ドラマや映画でよく出てくる取調室のあれだ。

こちらからは見えて向こうからは鏡になっているヤツである。

そのガラス、7000枚を超す枚数で、6mもある3本の木を作っているのだ。

それぞれの木の中には人が入れるようになっていて、上を眺めると、水中から見る空が広がっている。

今住んでいるインドネシアの水中からの写真、日本の住処である神奈川県逗子の写真、そして我々がきちんと見つめなくてはいけない福島の水中からの写真が天井に広がる。

「ENTRANCES」と名付けられたこの作品は、新作であり、この展覧会のために作り上げているものだ。

自然の脅威と危険、その裏腹の美しさを、7000枚を超すガラスで表現、また空の広がりと繋がりをマジックミラーの合わせ鏡で作り上げた。

美術館の中に広がる青い空は、パリの青い空にもつながり、空には国境という境界がないことを考えさせるものだ。

常に考えているのは、その対比性。

美しさと危険、また現実と非現実の世界観。そこには必ず境界が存在するのである。

そんな作品を遠く離れたフランスで、まさに今制作中なのだ。

全てのガラスを一枚一枚テープでつなぎ合わせていく。単純なようで技術を必要とする作業、この作品で一番神経を使うところである。
つなぎ合わせたガラスを1列ずつぶら下げていく。6m以上の高所での作業は危険を伴い時間もかかる。一日が過ぎるのが早いのである。

さてさて、

そんなフランスで、連載再スタートとなるのであるが、最初の今回は新たなタイトルについての話をしようと思う。

 

思えば、初回トリップミュージアムの連載も、香港という海外からの始まりであった。

そして、第2弾の今回、トリップミュージアム「庭師の旅」はこの花の都パリから始めることとなる。

前回の連載から読まれている方は、もうお気づきであろう。

そう、今回のタイトルには、トリップミュージアムの他に、「庭師の旅」という副題が付いている。

庭師でもない私が、なぜ「庭師の旅」というタイトルを付け足したのか、今回はその話をしようと思う。

 

 

1年半ほど前、「GLOBE」の取材がきっかけで私はこの連載をさせてもらうこととなった。

それは、文章を書くという新しい旅であり、新しい表現方法との出合いでもあった。恥ずかしい話であるが、執筆素人の自分が半年間、色々なことを好き勝手書かせてもらった。文章を書くということは、自分の考えていることをより鮮明にさせ、曖昧なことを明確にさせる作業でもある。

また文章を書くという作業は、意外にも作品を生み、制作する過程にもよく似ており、とりとめもなく書いてしまうと何も生み出さないことも発見した。

きちんとゴールを決め、何を言いたいか何を伝えたいかをきちんとさせないと、作る意味も書く意味もなくなってしまう。

 

そして今回の再スタートである。

実は、新しい依頼をいただいた時、私は非常に悩んだ。

なぜかというと、それは、2011年から考え、悩み、追求してきた考え方がかなり明確になってきており、ここ数年でそれはある程度確信するまでに至ってきているのだが、表現において、その確実な答えと方向性を今なお出せないでいるからである。

ブレブレな状態で人に対し色々書くということが、本当に良いことなのかどうかというのは未だにわからない。

ただ、それも人生という旅の途中であるということならば、その旅を読者の皆さんに共有してもらうのも、新たなチャレンジなのかな、と悩んだ末に話を受けることにしたのだ。

そして出した答えが、「庭師の旅」なのである。

 

 

タイトル上ではわかりやすく、「庭師」とつけたこの言葉、実は実際に存在する庭を作ったり手入れをしたりする庭師さんとは少し趣向が違う。

わかりやすく言うと「にわし」、もしくはカタカナで「ニワシ」と言ったほうが良いのかもしれない。

私の言う「にわし」とは、概念的な庭師の人を指しているのである。

 

なかなか難しいのである。

私は今、この「にわし」について文章にして整理することに挑戦している。

 

もう少し、詳しく書いていってみよう。

 

2017年、北アルプス国際芸術祭にて、版築の作業を手伝ってくれた本物の庭師の仲間達と筆者(中央)。

まず、

2011年以降さらに、どうもこの世の中が、自分が考えてきたことや、教わってきたこと、また世の中に流れているような情報や常識と全然違うのではないか、と心底疑うようになってきたことが始まりだ。

それは明らかに辻褄が合わない原発の問題や、責任を取らず嘘をつき放題の政治家達だけではない。国や国民のため、と言われている政策や動きがどう考えても矛盾している。テレビを中心とした多くのメディアが垂れ流す不明な内容や嘘の歴史、国民を不安に陥れる様々な広告。未来のある子供達に不安や心配ばかりを与える時代。

我々クリエイティブな人間、いや大人がしなくてはいけないことは、別に美しい芸術を作ることでもなく、金持ちになることでもなく、人々の心の中をどのように豊かにさせるか、ということのはずである。

自己満足の訳のわからない、アートという名のものを作ることが、本当のアーティストのやることなのかと真剣に疑問を持ち始めているのである。

すると、信じていたアートという世界やアーティストという生き方、またアート自体もかなり怪しいことに気づき始めてしまう。

西洋のコンテクストとかいうものは、あちらの世界の人の都合が良い洗脳道具でしかなく、それが現代美術の根幹であるかように言われること自体、恐ろしく恥ずかしいことのように思われる。

そうなると、いったい自分は、この25年以上もの間、何をやってきたのか?という疑心暗鬼の世界に入ることになってしまう。

 

そんな時だ、改めて自分は何を作ってきたのか、ということを見つめ直し、奥深くまで考え直してみた。

 

なぜ私は作品を作るのか?

なぜ私はアーティストであるのか?

まるで大学生の頃に悩むような内容を改めて考えた時、一つの考えが芽生えたのである。

 

自分は今まで庭を作ってきたのではないのか。

 

 

ということは、つまり私は「庭師」ということになる。

そしてそれは、いわゆる「庭」を作る庭師ではなく、概念としての「にわ」

を作る「にわし」なのであることに気づき、そしてそれが人々の心の中にとても大切であることに気づかされるのだ。

 

心の中に「庭」を作る、という考え方は

この時代、とても大事なことなのではないのだろうか。

多くの都会に育つ子供達や、現代に生きる若者達にとって

心の中に水を与え、自分の植物を育てるという意識は、不安しか与えられない社会の中で違う価値観を与えてくれる。

 

 

心の中に庭を育てる「にわし」という概念を

半世紀経った今、アーティストという立場で新しくスタートできないかと

考えたのである。

 

 

今回私は、「Palais de Tokyo」という空間に

ガラスの木の庭を作った。

「にわし」になってから初めてのインスタレーション作品である。 

3本の木の中には3箇所の空が広がる。子ども達はその空を見上げ何を思うのだろうか。

木の中に入り、上を見上げると水中から見た空が万華鏡のようにキラキラと輝く。これは私が住むインドネシア、ジョグジャカルタの海の中からの風景である。

これからその「にわし」栗林からの視点で

色々と旅の話をしていこうと思っている。

 

新しい旅の始まり、

またしばらく付き合っていただけると幸いである。