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長期目標からみれば正しい一歩 田中均氏が見た米朝首脳会談

World Outlook いまを読む 更新日: 公開日:
田中均・日本総合研究所国際戦略研究所理事長=大島隆撮影

─―朝鮮半島情勢における、日本の戦略的な目標という観点から、今回の米朝首脳会談をどう評価しますか。

2002年の小泉訪朝もそうだったが、日本にとっての目標は非核化や拉致問題の解決だけに終わるものではなくて、朝鮮半島の平和と安定ということです。

今回の米朝首脳会談は、確かにCVIDが明記されていないという議論はあるし、その観点からは期待に反したということは言えるかもしれません。

ただ長期的な朝鮮半島の平和と安定をつくるという目標からすれば、正しい一歩だと思います。従来と大きく違うのは、信頼を醸成するというアプローチから始まっていることです。大事なのはフォローアップのロードマップの作り方です。まず核施設の申告から始まり、査察を入れる。これができていけば、非核化のプロセスが本当に始まったということになるでしょう。

シンガポールで12日開かれた米朝首脳会談で共同文書に署名後、握手するトランプ氏と金正恩氏=ロイター

―─トランプ大統領のやり方に心配はないですか。

不安の一つは、米国が一方的な行動を取る可能性があることです。たとえば米韓合同軍事演習の中止を韓国と相談することなく示唆したという話がある。非核化のためには韓国と日本がお金を出す、米国は出さないという発言もありました。トランプ氏が国内での立場から、あせって成果を上げようとするアプローチを取ることへの不安もあります。

もう一つの不安は、米国一国ではできないことがたくさんある、ということです。安全を供与するという概念の中には、米国が攻撃しないという消極的な安全の保証のほかにも、平和条約、米朝関係と、日朝関係の正常化があります。それは断片的にやるものではない。全体としてそれをやっていくステークホルダーが意思決定に参画しなければなりません。 

シンガポールで6月12日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長との会談後、会見するトランプ米大統領=ランハム裕子撮影

―─米国のアジアでのプレゼンスの変化と、日本にとっての意味とは。

いまは中国が台頭しているという新しい情勢がある。中国は10年にGDPで日本を追い越した。そしていま、どんどん経済や社会に対する共産主義的なグリップを強めています。

一方の米国は、いまやトランプ氏の下で道徳的な権威はない。この状況で日本が平和と安定を担保するためにどういうアプローチを取るかが課題です。日本は中国に対抗できる国防力を持っているわけじゃない。当然のことながら、米国のこの地域に対する建設的なプレゼンスを担保しないといけない。それは単なる言葉じゃなくて、日米安全保障条約と、基本的には韓国と米国の間で決めることだが、朝鮮半島にいる米軍というものが抑止的な役割を果たさざるを得ません。

 

─―米朝関係が動き出したこの機会を日本はどう生かすべきだと考えますか。

日朝平壌宣言には経済協力をするのは正常化の後だとはっきり書いてある。

核やミサイルや拉致が解決に向かわない限り、正常化にならないというのは明確です。あせって日朝首脳会談へと手を挙げなくても、日本が持つテコは経済協力しかないわけだから、それをうまく使うべきです。

拉致問題で必要なのは、徹底的な事実の究明です。信用できないから、北朝鮮だけには任せておけない。拉致問題を本気で解決しようと思っていれば、合同調査をしようと、そのためには連絡事務所をつくろうという流れになるはずです。

いままでは戦略がなかった。核の問題が動いたときが、拉致の問題や将来の日朝関係を語る時期だ。戦略を組み立てて、日本は非核化にどういう貢献をすべきかを考えるべきです。

それから日朝関係の正常化と絡めない限り拉致は動かない。正常化の文脈の中で拉致の問題を話していくべきです。

 

ただ、北朝鮮が米朝首脳会談をやったからといって、彼らが以前とは違う方向に考えていくと決めてかかるわけにはいきません。軍事的な挑発に戻るかもしれない。だから長期的な戦略としてP3Cという考え方をもっていないといけない。プレッシャー(圧力)、コーディネーション(調整)、とくに米中韓との調整。それからコンティンジェンシープラン(緊急時の対応計画)。軍事的な緊張が戻ったときに、難民の対応とか朝鮮半島の日本人の待避などのプランを持っていないといけません。

三つ目のCはコミュニケーションチャンネル。韓国も米国もコミュニケーションチャンネルとして選んだのは相手の情報機関です。北朝鮮の外務省は特定の限られた範囲の権限しか与えられていない。権力の中枢との間でコミュニケーションチャンネルをつくらないと日本としての考え方をきちんとインプットすることはできないのです。

 

――非核化について北朝鮮国内では異なる考え方があるのでは。

特に核兵器についての考え方はいろいろあると思います。多くの人は、北朝鮮が自分たちの生存を考えている以上、核兵器を放棄するはずがないという推測があるが、私はちょっと違うと思います。

金正恩氏は並進路線、経済開発と核兵器の開発を並行して進めるといってきた。昨年末に核武力を完成させた、つまり並進路線の一つは完成したと言っているわけです。

この次に彼らが考えたのは、核兵器だけで安全を担保できるのか、経済開発を進めずに北朝鮮が存続していける国になるのか。そうではないだろうと思い始めたのではないでしょうか。

核兵器を維持するのはお金がかかるし、持っている限り外から資金が入ってくるのはのぞめない。核兵器を持っていることを利用して、外からの援助を持ってこようと考えた。

それに反対する人はいると思います。核を手放したらいつ攻撃されるかわからないと。特に軍の間には、米国への不信感はものすごく強い。一筋縄ではいきません。

 

――トランプ大統領をどう評価していますか。

いま、中国などの新興国がリベラルな秩序を崩していると言われています。確かにそうですが、いまリベラルな秩序を崩しているのは米国です。米国のリーダーシップは、軍事的なリーダーシップ、自由貿易を推進する経済的なリーダーシップ、アジェンダ・セッティング、デモクラシーのモデルとしての力があるが、トランプ氏が全部を弱体化させています。これが続く限り、米国を中心としたリベラルな秩序は瓦解していきます。だから早く変わった方がいい。

だけど、果たしてトランプが原因なのか、それともトランプは結果なのか。米国内で分断があって、既成の勢力とそうでない人々、貧しい人と富める人、いわゆるポピュリズムの世界で米国ファーストという考え方が極めて入りやすくなっている。つまりトランプは原因ではなく、一つのアメリカ社会の症状だと。

そうだとすると、同じような大統領がこれからも出てくる可能性があります。アメリカを建設的な存在に引き戻す戻すための日本の役割は大きい。それは決して、寄りすがっていくことではありません。言いにくいこともきちんと言うことであり、そのためにテコを使うことです。そのためにTPP11などの自由貿易を日本が旗頭になって進めていくといったことが、米国に対するテコとして必要なことです。(聞き手・大島隆)