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年に一度の受難の日 「壁ドン」が救ったバレンタイン

マイケル・ブースの世界を食べる 更新日: 公開日:
photo: Semba Satoru

毎年2月14日にいかにロマンチックな夜を演出するか、男性陣の腕の見せどころ。
だがレストランはどこも満杯、料理も雰囲気も期待以下ということが多い。
そんな筆者も納得の一夜を演出したのは、日本のあのテーマパークでした。


毎年の恒例行事が、どうしていまだにサプライズであり続けられるというのか?

バレンタインデー、それは暗殺者のごとく、いつの間にか背後に迫っている。2月13日はいつも、近所のレストランにかたっぱしから電話をかけ、とにかく2名分の席をおさえようと血眼になるも、ロマンチックとされる店は当然どこも何カ月も前から予約で埋まっている。世の中には、計画から実行までそつなくこなし、そんな自分に酔う、実にしゃくにさわる人間がいるのだ。クリスマスプレゼントを12月5日までに買いそろえた上、ラッピングまで済ませる人、2月のビーチ休暇を前年5月から予約している人、年金をしっかり受け取っている人、下着にアイロンをかける人、セロテープの使い終わりを折り返し、常に使い始めがわかる人……。なんて憎たらしい。

そんなわけで、一年で最もロマンチックな夜はたいてい、信用できないメキシコ料理チェーンか、いつもはガラガラのポルトガル料理店に、愛しの妻を連れていくはめになる。2月14日は客が3人以上来て、てんてこまいとなり、1時間以上かかって運ばれてきた料理が焦げっぽかったりするような店だ。

サプライズな幸運

とはいえ、どこも似たりよったりだろう。シェフなら誰しも、2月14日の外食は、一年の中でも最悪だと言うはずだ。

店は満員御礼なんだから、ふところ事情的には喜ばしい。しかし料理の質はといえば、自宅の台所のゴミ箱の中身もかくや、というくらいのもの。それでも、いつもよりおいしく思えるかもしれない。たいていのレストランはこの日、こぞって実力以上の力を発揮しようとするものだから。それに、シェフはよくわかっているのだ。不本意な外食を余儀なくされた人々にとっては、料理がおいしいかどうかなんて、二の次なのだということを。

男性たちは、既婚者ならば、このよき日に捧げた東奔西走に妻が満足してくれるだろうかという不安で上の空だろうし、独身なら、持ちうるすべてを出し尽くし、なんらかのロマンチックな余韻を残せたことを祈るばかりであろう。

ではそのとき、女性は何を考えているのか……? 男の私には、皆目見当がつかない。「モナリザは何を考えているのか」と聞かれるようなものだ。

ばかばかしいくらい割高なシャンパンなど飲まずに家にいて、心ときめく料理を披露するのも手だろう。だが、ついに去年、私はバレンタインデーを成功させた。それもまったくの偶然によって! 今回もサプライズ然としてやってきた14日、幸運な巡り合わせによって、私と妻は「ハウステンボス」を訪ねるに至ったのだ。

ご存じかと思うが、ハウステンボスとは長崎県にある、クレイジーな人々がオランダの街並みを忠実に再現した娯楽施設だ。世界でも最高峰のテーマパークといっていい。とくに2月14日、日本で最もロマンチックな場所になった夜、私はこじゃれた風景の中を、ただ妻の手をとり、したり顔で歩くだけでよかった。

それも、「壁ドン」男に出会うまでのこと。何事かもわからないまま列に並び、先に妻の番がきた。ハンサムなうら若き「壁ドン」青年は、妻の背後の壁に手をつき、耳元で甘い二言三言をささやいた。そして、一かけのチョコレートを、くちびるにはさんだ……。
普段は強く、自立した現代女性である妻のリスンは私のまさに目の前で、頬を赤らめてはにかむ16歳へと変貌を遂げた。読者諸君におかれては、私の出る幕などなかったことをお察し頂けることだろう。

(訳 菴原みなと)