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【ストリーミング中毒①】「ラヴ上等」の源流? ヤンキー万歳、反エリート トランプ時代のリアリティー番組

ストリーミング中毒 ~記者の偏愛記~ 更新日: 公開日:
「ラヴ上等」シーズン2のMCを務める、右からMEGUMI、ラッパーのAwich、芸人の永野

NetflixやAmazon Prime Video、Apple TVにU-Next……各種ストリーミングサービスを見漁ってきた記者による、ギルティー・プレジャーの奈落からの叫び。自称「ストリーミング中毒」の記者が、「大好物」のリアリティー番組やドラマを語り、そこから見える時代を切り取る連載コラムを始めます。初回のテーマはリアリティー番組。なぜ人をひきつけるのか、私たちの時代の何を映すのか、数回にわたって探ります。

炎上中の「ラヴ上等」なぜ人気なのか

Netflixで配信中の恋愛リアリティー番組「ラヴ上等」が炎上している。

元暴走族のメンバーだったり、非行に走って学校を中退したりした「元ヤンキー」の男女の共同生活を見せる番組は、8月にNetflixでシーズン2の配信が始まるやいなや、グローバルTOP10(非英語TVショー部門)で4位にランクイン。日本、香港、台湾の3カ国で1位を獲得したほか、シンガポールと韓国でもトップ10入りを果たした。

ただ、ある出演者が「人に火をつけて捕まったことがある」という趣旨の発言をしたことで賛否の議論が巻き起こり、法務省が番組とタイアップして作製した更生保護のポスターを中止。発言者の人格否定などに発展している。

番組を見た率直な感想としては、ネット上の意見の大半を占める「犯罪自慢をしている」という批判は当たらないと思う。問題の発言は、過去の犯罪を「武勇伝」として自慢げに語ったわけでは決してなく、過去のあやまちへの悔恨を打ち明け合う時間になされたものだからだ。

批判されるべきは、このくだりを配信すると判断した制作側にあるのではないか。安易な「火消し」で済まそうとするのではなく、番組側の落ち度を認めて謝罪しつつ、出演者のメンタルケアに努めてほしいと思う。

賛否の議論はさておき、この記事では、なぜこの番組がここまで人気になっているのかを考えてみたい。

共同生活の舞台となるのは、人里離れた校舎。過酷な生育環境の下、一筋縄ではいかない学校生活を送った出演者たちが再び舞い戻った学校という場で自分自身をさらけ出し、見つめ直す。2週間の「合宿」の末、意中の人に告白し、カップルが成立したりフラれたりしながら卒業を迎える、というのが番組の建て付けだ。

いまや「雨後の筍(たけのこ)」状態ともいえる「恋リア」(恋愛リアリティー番組)市場の中で、ヤンキーを主人公にするというコンセプトは異彩を放っている。

文化現象にもなったアメリカの「ジャージー・ショア」

だが、素行の悪い若者を出演させてその行動様式を観察するリアリティー番組は、「ラヴ上等」の発明品というわけではない。私が思い出したのが、2009年にアメリカで放送開始したリアリティー番組「ジャージー・ショア」(MTV)だ。

20代の男女8人がニュージャージー州の海辺の家で共同生活をする姿を映し、やはり「良識のある大人たち」から眉をひそめられながらも一世を風靡(ふうび)した。

ヒットの理由は、舞台がニューヨークでもロサンゼルスでもない、「あか抜けない郊外」の典型であるニュージャージー州だったこと。出演者たちの多くはイタリア系アメリカ人コミュニティーにルーツを持ち、男の子ならジェルで固めた髪に日焼けサロンで焼いた肌、女の子ならロングヘアに大きな輪っかのフープピアスといった、ケバケバしいいでたち。

パーティーでは羽目は外すが、「家族や仲間を大切にする」のが信条。都会のエリートとは180度異なる彼らの美学を、番組は等身大で映し出した。

キャラ立ちした不良の若者たちが毎晩クラブで飲み、踊り、恋をし、(ときどき殴り合うほど激しい)けんかをし、仲直りする。それだけといえばそれだけなのだが、放送されるやいなや視聴率はうなぎ登り。番組内でメンバーが使うスラングが全米で流行し、文化現象になった。

身だしなみを整えるための朝のルーチン、「GTL(Gym、 Tan、 Laundry=筋トレ、日焼け、洗濯)」を解説する出演者たち。ジムで体を鍛え、肌を小麦色に焼き、新品のように洗濯された服をクリーニング屋で受け取るのが、彼らの欠かせない習慣なのだ。

それまでアメリカのリアリティー番組は、「ラグナ・ビーチ」「ザ・ヒルズ」のように、富裕で洗練された若者が主人公になり、視聴者がそれを拝むのが常だった。

そこへくると「ジャージー・ショア」の出演者たちは、ひいき目に見ても上流階級とは言えない若者たちであり、視聴者も引け目を感じなくていい。リーマン・ショック後の不況下で、そんな「反エリート」的な娯楽として消費されたのだろう。

教養や品の良さよりも、「リアル=本音」を口にすること。多少下品でも、自分らしさを貫くこと。こうした彼らの生態が視聴者の共感を広げた点は、「ラヴ上等」にも通底する。

「ラヴ上等」が「ジャージー・ショア」にインスパイアされているかどうかはわからないが、両者に共通するヤンキー文化の精神性や審美学はかなり似通う点が多い。

「誰でも大統領になれる時代だよな」

「ジャージー・ショア」は私も放送当時暇つぶしに見ていたが、懐かしくなって調べてみると、なんと2026年現在、「ジャージー・ショア~ファミリーバケーション~」とタイトルを変えて続編が放送されていた。

30代後半~40代になった出演者たちはほとんどが子持ちで、「家族旅行」と称してマイアミやラスベガスに出かけてパーティーを続けていた(中には、改心して禁酒しているメンバーもいたが)。

「ジャージー・ショア~ファミリーバケーション~」シーズン1

2018年に放送された、とあるエピソードの動画が目にとまった。

メンバーの一人、DJのポーリー・Dが、仲間たちとレストランで食事をしながら言う。「トランプが大統領になったんだから、リアリティーショースターなら誰でも大統領になれる時代だよな。俺らの間で、誰がふさわしいと思う?」

トランプ自身、元々は「アプレンティス」(NBC)というリアリティー番組に〝敏腕ビジネスマン〟として登場し、「You are fired!」(お前はクビだ!)という決めぜりふで知名度を上げた人間だ。

2004年、「アプレンティス2」最終回後のアフターパーティーに出席し、「クビだ!」のポーズを披露するドナルド・トランプ=ロイター

腕はタトゥーだらけ、ジェルで髪を固めたDJが何を言っているんだ……と一瞬、噴き出しそうになってから、すぐに思い直した。出演者内でも最も好感度が高いポーリー・Dが、トランプが大統領になったこの世界線で、あるいはニュージャージー州の州知事くらいになってももはや荒唐無稽とは言えない。

振り返れば、2012年まで放送された「ジャージー・ショア」は、インフルエンサー時代の入り口に立っていた番組だとも言える。人気絶頂期、彼らの出演料は一時は1エピソードにつき10万ドルに跳ね上がったと言われている。スピンオフ番組を持ち、広告契約を結んで億万長者にのし上がっていった。

俳優でも歌手でもない、特別な才能があるわけでもない。ごく普通の若者が、テレビ出演をきっかけにセレブへの道を駆け上がること。リアリティー番組の人気者が泡沫(ほうまつ)候補と言われながらホワイトハウスの執務室まで登り詰めること。それらは、知名度がそのまま権力や金銭に直結するアテンションエコノミーの時代に、完全に同根の現象であると言えるだろう。