1. HOME
  2. World Now
  3. 「言語と国境の壁を越える」AI越境ECへ 「SAZO」ギル・マロCEOの挑戦と原体験

「言語と国境の壁を越える」AI越境ECへ 「SAZO」ギル・マロCEOの挑戦と原体験

World Now 更新日: 公開日:
「SAZO」のCEOギル・マロ氏(本人提供)

海外のサイトで見つけた限定グッズや服、欲しいけれど買い方がわからない――。そんな経験はありませんか?「言語や関税の手続きが面倒」「現地サイトの決済が使えない」といったハードルを、AIの力で一気に解決するのが名古屋工業大学発のスタートアップ「SAZO(サゾ)」です。ギル・マロCEO(26)は、かつて韓国の高校時代に海外からオーディオ機器を買おうとして苦労した「煩わしさ」をきっかけに、購入URLを貼るだけで通関費用まで一発計算・自動処理できるサービスを生み出しました。留学生としてのチャレンジ、資金調達の苦労、そしてSNSでの大ヒットまで、これまでの歩みと未来の展望を伺いました。(聞き手・玉川透)

ざっくり要点

1.  韓国の厳格な「英才学校」での全寮制生活や、海外からのオーディオ機器輸入で感じた煩雑さが起業の原体験に
2.  購入したい海外商品のURLを貼り付けるだけで、AIが商品情報翻訳・関税送料計算・通関書類作成までを一括処理するプラットフォームを展開
3. 留学生ビザの厳しい制約や初期開発における苦労を乗り越え、SNSでの話題化をきっかけに売り上げを10倍近く急成長 
4.  「日本のスタートアップ環境やファイナンス制度は世界的にも極めて恵まれている」。グローバルな挑戦を目指す若い世代へ強いメッセージを送る

インタビューに答える「SAZO」のギル・マロCEO=2026年8月、東京都内、玉川透撮影

全寮制の過酷な日常とオーディオ収集の苦労――「買えない煩わしさ」がすべての原点

――起業の原点として、高校時代に海外からオーディオ機器を個人輸入しようとした際の手続きの不便さがあったそうですね。

私は韓国の「英才学校」と呼ばれる特殊な科学系高校の出身です。いわゆる数学や科学のエリートを育成するための完全全寮制の環境で、カリキュラムも過酷なものでした。朝6時に起きて剣道や水泳などの運動を行い、夜までぎっしりと授業や自習が詰まっていました。

平日・週末を問わず外出や携帯電話の所持も禁止されていました。若者にとっては、非常に厳格で自由の少ない日々を送っていました。

そのような生活の中で唯一、2年生から使用が許可された電子機器がポータブル音楽プレーヤーだったんです。

過酷な勉学の合間に高音質な音楽を聴くことに強いこだわりを持ち、J-POPなども含めて幅広いジャンルの曲を聴いていました。

でも当時はまだ、自分が欲しいと思うような高音質のデバイスやマニアックな機器は海外製がほとんど。手に入れようにも、韓国への直接発送に対応していなかったり、高額な関税や送料がいくらかかるのか事前に計算できなかったりと、個人輸入の手続きには大きな壁がありました。

この時に味わった「海外から物を買う際の手続きの複雑さとストレス」が、私の原体験として強烈に心に残っていたのです。

――高校時代は数学や科学のオリンピックでも実績を残され、アルゴリズムの研究に没頭されていたんですよね。当時からすでに起業をめざしていたんですか。

もともとプログラミングやものづくりが大好きでした。将来はエンジニアとして自分の思い描くプロダクトをつくりたいという漠然とした夢がありました。

その頃はちょうど、2010年代初頭の(スマートフォンにが急速に普及した)モバイルブームの時期。小さなアイデアから誕生したアプリやIT企業が、世界的なユニコーン企業へと急速に成長していく姿をリアルタイムで目にしていました。

その影響もあり、いつか自分自身の手で世の中に大きなインパクトを与えるサービスやプロダクトを生み出したいという強い思いを抱くようになりました。

――高校を卒業後、日本の名古屋工業大学へ留学されましたね。当時、日本語がほとんど話せない状態だったというのは本当ですか?

はい。韓国政府と日本政府が共同で実施している国費留学プログラムの存在を知ったことが、きっかけでした。元々日本のアニメやカルチャーが好きだったこともあり、海外で学びたいという好奇心から挑戦を決意しました。

このプログラムは現地での専門試験や渡日前の約1年間にわたる予備教育サポートが充実していて、応募段階で日本語が話せなくても受験が可能だったんです。幸運にも名古屋工業大学に合格することができました。

ただ、韓国では男性に兵役があります。私は韓国で約1年半の兵役を務めてから、名工大に復学しました。

インタビューに答える「SAZO」のギル・マロCEO=2026年8月、東京都内、玉川透撮影

先端AI×越境ECの可能性を信じて起業 創業期の苦悩とSNS爆発による急成長

――復学後に起業部に入部され、ビジネスコンテストで優勝されたと伺いました。どのようにして事業アイデアを形にしていったのですか。

兵役を経て大学に戻った際、一度きりの人生で何か新しい大きな挑戦をしたいと考え、名工大にある「NaSH(ナッシュ)」という起業部に入りました。ビジネスや起業に興味がある学生のためのコミュニティーとして2018年に創立された部でした。

そこで、最初は観光客向けのニッチなホテル予約アプリなど、いくつかのビジネスプランを検証していたのですが、最終的には自分が最も深く課題を感じており、情熱を持ち続けられる分野に絞り込んでいきました。それが、高校時代から心の中にあった「越境EC」だったんです。

越境ECとは、インターネットを使って国境を越え、海外の消費者や企業へ向けて商品やサービスを販売・購入する電子商取引のことです。

韓国のECサイトでは、現地の携帯電話番号を使った厳格な本人認証システム(KYC)が必要だったり、言語や関税の手続きが極めて複雑だったり、多くの課題があると感じていました。

一方で、ちょうどその頃、深層学習に関する重要な論文や初期のGPTモデルなどの画期的なAI技術が登場し始めていました。

私は考えました。自然言語処理や強化学習(RL)といった先端AIを活用すれば、越境ECの課題を解決できるんじゃないか。ウェブ上に散在する非定型な商品情報をAIによって高精度に解析し、複雑なコスト計算や通関書類の作成までをすべて自動化できるんじゃないか。

もともとは「大学を卒業して社会人経験を積み、30代くらいで起業できたらいいな」と漠然と考えていました。しかし、東海圏最大級のビジネスコンテスト「Tongali(トンガリ)」に挑戦して優勝したことで、考えが変わりました。

「30代まで待つ必要はない。いますぐに自分の手でこの課題を解決しよう」。そう決意して、在学中の起業に踏み切りました。

――起業したばかりの頃、特に苦労された点はどこですか。

大学の仲間や先輩ら初期メンバー4人で小さな事務所を借りて、ベッドを四つ並べて、24時間寝食を共にしながらコードを書き続けました。

いま思えば、私たちは経験が不足していました。途中で様々な専門家の意見を聞きすぎてしまい、システム全体を最初から作り直そうとしたことで、返ってサービスの正式ローンチが大幅に遅れてしまいました。

完成度が10%であっても、まずは早く市場に出して実際のユーザーに使ってもらい、売り上げを作りながら改善していくべきだったというのが、今でも忘れられない大きな教訓です。

試行錯誤の末にようやくサービスを公開したのが2024年5月のことです。最初は思うように伸びなかったのですが、ひとつのSNS投稿がバズったことをきっかけに状況が一変しました。一気に注文が殺到し、それまで月間数百万円程度だった売り上げが数千万規模へと、わずか短期間で10倍近く跳ね上がったのです。

日本からはアニメグッズや限定ゲーム、韓国からはアパレルやK-POP関連商品など、「現地でしか手に入らない特別な商品」を求めるユーザーの熱量と、私たちの提供するシステムが完全にかみ合った瞬間でした。

――事業を拡大させていくうえで、資金調達の面でも非常に大きな壁があったそうですね。

正直、精神的に「崖っぷち」の状況でした。それでも自分の事業の可能性を信じ、寝る間も惜しんで資金調達に動きました。

それでも、私たちのBtoC向け越境ECというビジネスモデルがなかなか理解されず、投資家からわずか数分で追い出されるような、厳しく冷たい対応を受けたことも何度もありました。

しかし、ここで諦めるわけにはいかないと夜行バスで東京へ通い詰め、BtoC領域の成長性やグローバル市場の可能性を深く理解してくれるVC(ベンチャーキャピタル)と熱心に向き合いました。

その結果、最終的には複数の有力投資家から同時に出資オファーをいただくことができました。どんなに厳しい状況でも、自分のロジックと情熱を諦めずに伝え続けることの重要性を学びました。

「日本はスタートアップにとって恵まれた環境」――国境を越えたショッピングの未来へ

――日韓の起業環境や市場の違いについてどのように感じていますか。

韓国では、男性に約1年半から2年の徴兵義務があるため、どうしても社会進出や起業のスタートが30代になりがちです。投資契約の制度や法的なハードルが起業家に厳しく作用する面もあります。

一方で日本は、「J-KISS」に代表される起業家に配慮した柔軟な投資契約スキームや、近年進んでいるストックオプションの税制改正など、スタートアップが活用しやすい環境整備が目覚ましく進んでいると感じています。若手や学生起業家を温かく支援するVCやエコシステムも非常に豊富です。

日本は単体でも1億人以上の、購買力の高い国内市場を持つ恵まれた国ですが、それ以上にスタートアップ支援やファイナンスの制度設計という観点で、世界的に見てもアメリカに次ぐほど恵まれた環境が整っているのではないでしょうか。

さらに世界的な日本カルチャーの人気の高まりや、生成AIをはじめとする技術革新の波が同時に押し寄せている今、若い世代の起業家にとって歴史的な大チャンスが広がっていると感じます。

――最後に、SAZOの今後の展望や目指す未来についてお聞かせください。

現在では約65人の優秀なチームとなり、日本・韓国・アメリカの3拠点を通じてグローバルな事業展開を加速させています。

創業当初は自分1人では作り出せなかった大きな変化も、優秀な社員や投資家・株主の皆さんと力を合わせ、レバレッジを効かせることで社会への巨大なインパクトに変えていけることに、起業家として最高のやりがいを感じています。

これからも「世界中の誰もが、国境や言語の壁を一切感じることなく自由にショッピングを楽しめる未来」の実現を目指し、チーム一丸となって世界への挑戦を続けていきます。

「SAZO」のCEOギル・マロ氏(本人提供)