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南仏に隠棲した画家の秘密 37年後、ロンドンの美術館にかけられた絵の意味とは……

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
ルーシー・スティーズの著書『The Artist』
ルーシー・スティーズの著書『The Artist』=池永牧子撮影

英国作家のある種の作品を、僕はひそかに南仏憧憬(しょうけい)型と呼んでいる。つまりは陰気な英国の空を見上げ、ときには雨に濡れそぼちながら、陽光とラベンダーのかぐわしい大気に満ちた南フランスを夢見る、そんな気分に誘う小説である。本作『The Artist』もその本流をゆく。

最初の舞台は1957年の小雨降るロンドン。ナショナル・ギャラリーにエドゥアール・タルテュフなるフランス人画家が、死の前年に完成させた大作「祝宴」が架かっている。それを見つめる一人の老婦人。彼女は遠くから旅してきたらしい。絵の中央には大きな食卓が見える。だがそこには汚れた食器、飲み残しのワインなどがあるだけで、客の姿はない。正確を期すならばタイトルは「祝宴」ではなく、「宴の終わり」とすべきだったかもしれない。婦人の口元には不可解な微笑が浮かんでいた。

そこから物語は一気に過去へ飛ぶ。1920年、舞台は南仏のプロヴァンスである。南仏憧憬型小説のお約束どおり、そこに姿を現すのは青白き英国青年ジョゼフである。美術ジャーナリストとして身を立てようとする彼がドーバー海峡をわたり、鉄路とヒッチハイクで南仏を目指したのにはわけがある。その村には伝説的天才画家、タルテュフが隠棲(いんせい)していたのだ。彼はゴッホやセザンヌの同時代人である。だがパリを去り南仏にこもってかれこれ30年、世間に姿を現さぬ彼は謎の画家でもあった。

そんな画家に面会を申し込み、できれば創作過程を取材したい。気難しさで評判の画家だったから、ジョゼフは自己紹介と訪問許可願いの手紙を苦心して書いた。数カ月後、「来なさい」と一言だけの手紙が届いた。

その返事に勇気づけられての南下だったが、オリーブの木立に囲まれた農家に住むタルテュフの応対はつっけんどんだった。インタビューの相手をする気などさらさらない。あまりつきまとうなら帰ってくれ、と言わんばかりの不機嫌ぶり。ただ、英国から下りてきたばかりのジョゼフの白い肌が気に入ったのか、モデルをやってくれるならしばらく滞在してもいい。そのあいだ、私の仕事ぶりを眺めることもできるだろう。こうして、持ちつ持たれつの奇妙な関係が始まった。

タルテュフは27歳になる姪(めい)のシルヴェット(愛称エティ)と暮らしている。エティはタルテュフの妹、ガブリエルの娘である。ガブリエルは奔放な女性で、パリでの交遊も派手だった。そのあげく妊娠してしまう。倫理観の強い兄はこれを恥じ、妹を連れてパリを去った。売れっ子画家タルテュフがプロヴァンスに隠遁(いんとん)した理由がそれだった。ガブリエルはそこでエティを産むが、彼女が7歳のとき愛人とともにニューヨークへ遁走し客死する。

そんなガブリエルの行動は、残されたタルテュフをますます人間嫌いにし、エティは捨て子としての孤独にさいなまれるようになった。エティは伯父に奉仕する姪という役柄を引き受けて、料理や画材の買い付けなど献身的に働いていた。

1次世界大戦で看護師として働いたとき以外、村から出たことのないエティにとって、余暇の過ごし方としては、伯父の画材の残りを使って試し描きをすることくらいしかなかった。だが、気難しい伯父は手ほどきなどしてくれない。エティは自己流で伯父の絵を見本にして精進を続けていた。

ジョゼフの滞在は予定より長くなり、彼はエティと愛し合うようになる。タルテュフの目を盗んで一緒に出かけた近くの小川で、ジョゼフはエティの裸体を撮影する。だが運悪く、その写真をタルテュフは見つけてしまい激昂(げきこう)する。そこから物語は破局へ向かう。破局だけれどある真実の暴露でもある。それを知った読者にとって、冒頭ページ、破局から37年後のロンドンのギャラリーのシーンは、もう一度舞い戻ってじっくりと見直す価値のある「絵」であることがわかるだろう。

英国のベストセラー(ペーパーバック、フィクション)

20268月8日付 The Times紙より

  1. The Correspondent

    Virginia Evans  ヴァージニア・エヴァンズ

    視力を失いつつある婦人が時間と争うように手紙を書く。

  2. My Husband's Wife

    Alice Feeney  アリス・フィーニー

    自宅のドアの鍵が合わず、家の中から自分そっくりの女性が現れた。

  3. Daybreak

    Autumn Woods   オータム・ウッズ

    過去に向き合う孤独な主人公にストーカーの影が忍び寄る。

  4. Odyssey

    Stephen Fry   スティーヴン・フライ

    映画「オデュッセイア」大ヒットに伴う随伴ヒット。

  5. The Names

    Florence Knapp   フローレンス・ナップ

    生まれた子の名前をどうするかで人生が変わる物語。

  6. Sunstruck

    William Rayfet Hunter  ウィリアム・レイフェット・ハンター

    有色人種で労働階級である青年の、白人エリート家族との交流。

  7. The Eights

    Joanna Miller  ジョアンナ・ミラー

    英オックスフォード大学に女性として初めて入学した4人の物語。

  8.  The Artist

    Lucy Steeds   ルーシー・スティーズ

    南仏に隠棲した有名画家の秘密を暴く英国人ジャーナリスト。

  9. Bury Our Bones in the Midnight Soil

    V・E・ Schwab   V・E・ シュワブ

    時代と場所を異にする3人のバンパイアが永遠の命を生きる。

  10. It's Not What You Think

    Clare Mackintosh   クレア・マッキントッシュ

    主人公がマッチングアプリで会ったジェイミーが死体で発見される。