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せめぎ合う「法」と「正義」 刑事法専門家の作者による、息をのむ法廷ミステリー

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
エリーザ・ホーフェン『Feine Risse』(かすかな裂け目)=池永牧子撮影

本書『かすかな裂け目』は、今年日本語版が出版された『暗黒の瞬間』の続編となる連作短編集だ。

著者エリーザ・ホーフェンは刑事法専門の法学者。専門家ならではの切り口で、ときに相矛盾する「法」と「正義」のせめぎ合いを描き、法律で拾い切れない人間という存在の不可解さを浮かび上がらせる。

たとえば第2話の「登山」。初老の男がガイドとの登山中に転落死する。登山経験の浅い男が本来取るべきでなかったコースで。コースが登山者の手に余ると判断すれば、ガイドには登山の中止を勧める義務がある。だが登山者がそれでも登ると言い張れば、それを止める権利はない。成人には自身の身を危険にさらす自由もあるからだ。山で本当はなにがあったのか。

第4話の「調査記事」。ドイツの都市で過激派組織「イスラム国」(IS)戦士による自爆テロが起き、多数の犠牲者が出る。テロの数カ月前にISに潜入したドイツ人記者による調査記事が注目を浴び、検察が捜査を始める。記者はテロ計画を知っていたのか。その場合、テロほう助の罪に問われるのか。

第5話の「映画」は撮影スタジオが舞台。小道具の銃に実弾がこめられており、撮影中に俳優が撃たれて死亡。過失による不幸な事故だと思われたが、死んだ俳優はコネで役を得ており、皆から疎まれていたことがわかって─。

前作同様、本書でも全編を通してベルリンの刑事弁護士エーファ・ヘアベアゲンが事件に携わる。エーファは60代の女性で、弁護士経験30年以上のベテラン。有能だが、ときに熱意過剰で暴走することもある。

法廷シーンの多かった前作に比べて、今作でのエーファはより活動的。テレビの生放送番組に出演したり、誘拐事件で身代金の受け渡し役を担ったりといった冒険も経験する。

各短編のミステリーとしての完成度に加え、エーファと夫のペーターの物語も本書の読みどころのひとつだ。

文学教授のペーターは、エーファにとってかけがえのない伴侶であると同時に、よき相談相手でもある。文学を心から愛し、人とこの世界の善を信じる穏やかな男性であるペーターは、エーファが人間の暗黒面に触れて落ち込めば慰め、無謀な行動に出ようとすればいさめてくれる。

ペーターの定年退職が近づくのに合わせて、徐々に自身の仕事量も減らしつつあるエーファは、ことあるごとに老いと死について思いを巡らせている。

そんなあるとき、ペーターの生家でとんでもないものが発見される。エーファは真実を知ろうと、ペーターには黙って、その謎を追い始める。

前作『暗黒の瞬間』では、エーファがときにやりすぎと思えるほど依頼人に肩入れするのはなぜか、彼女にかつて何が起きたのかという疑問が全編を貫いていた。本書におけるそれは、ペーターの生家でかつてなにがあったのかという謎だ。この謎は、各短編で取り上げられる事件と並行して、本書のなかで徐々に明らかになっていく。

謎とその解明を通して著者が問いかけるテーマは「真実」だ。エーファは事件に取り組むなかで、「真実」とはなにかという大きな問いにたびたび直面することになる。そもそも本当にそれは「真実」なのか。「真実」と「噓」の境界線はどこにあるのか。そして、たとえそれが残酷なものであっても、人は「真実」を知るべきなのか。エーファは判断を迫られつづける。

エーファの決断を目の当たりにした読者が驚きに息をのんだ瞬間、一気に幕が下りる終結は鮮やかの一言だ。

ドイツのベストセラー(文学)

2026年6月3日付 amazon.de より

『 』内の書名は邦題(出版社)

  1. Tschick 『14歳、ぼくらの疾走:マイクとチック』(小峰書店)

    Wolfgang Herrndorf ヴォルフガング・ヘルンドルフ

    ヤングアダルト文学のロングセラー。退屈な毎日を送るマイクは転校生のチックと旅に出る。

  2. Akte Nordsee – Die letzte Predigt 北海事件簿――最後の説教

    Eva Almstädt エーファ・アルムシュテット

    人気ミステリーシリーズ第4作。ミサで奇妙な説教をした翌日、牧師が死体で発見される。

  3. Ava liebt noch アーファはまだ愛する

    Vera Zischke フェーラ・ツィシュケ

    妻、母として家族のためだけに生きる43歳のアーファは、ある日19歳下の男性と知り合う。

  4. Pause 休憩

    Lena Kupke レーナ・クプケ

    ストレスで倒れたハナは、都会を離れ実家に戻る。両親と大人3人での生活が始まるが……。

  5. Der Nachtzug 夜行列車

    Sebastian Fitzek セバスチャン・フィツェック

    著名な刑事弁護士の妻が殺され、息子が誘拐される。犯人の女は弁護士を豪華夜行列車に誘い出す。

  6. Feine Risse かすかな裂け目

    Elisa Hoven エリーザ・ホーフェン

    ベルリンの刑事弁護士エーファが携わる数々の事件は、ときに法と正義の矛盾を明らかにする。

  7. Heimsuchung 災難

    Jenny Erpenbeck ジェニー・エルペンベック

    湖畔の家を舞台にした、ナチス時代、東独時代、東西統一後と、1世紀にわたる住人たちの軌跡。

  8. Die Riesinnen 大女たち

    Hannah Häffner ハナ・ヘフナー

    3代にわたる背の高い女たちの葛藤と決断の物語。生きづらい故郷の村を出るか、とどまるか。

  9. Dieser Sommer gehört mir この夏はわたしのもの

    Claudia Schaumann クラウディア・シャウマン

    離婚を目前にした43歳のシャルロッテは湖畔のタイニーハウスに引っ越し、バーを始める。

  10. Der Junge im gestreiften Pyjama 縞(しま)模様のパジャマの少年

    John Boyne ジョン・ボイン

    ナチス強制収容所長の息子と収容者の少年がフェンス越しに友情を育むが、やがて悲劇が訪れる。