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ごろつき英国王のジューシーな話?博覧強記のコメディアンがつづるユーモラスな歴史書

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
デイビッド・ミッチェルの『UNRULY』
デイビッド・ミッチェルの『UNRULY』=関口聡撮影

本書のタイトル”UNRULY”は「始末に負えぬ」とか「はちゃめちゃ」と訳すのがいい。何が始末に負えなかったりはちゃめちゃかというとイングランド代々の王や女王が、である。

著者デイビッド・ミッチェルは本書の最後に、シェークスピアの『リチャード二世』第3幕第2場から「さあ、みんなこの大地にすわってくれ、そして王たちの死の悲しい物語をしよう、退位させられた王、戦争で虐殺された王、自分が退位させたものの亡霊にとりつかれた王、妻に毒殺された王、眠っていて暗殺された王の物語を(小田島雄志訳)」というくだりを引用しているが、本書の要約はこれにつきる。

ただし著者はケンブリッジ大学で歴史を専攻したコメディアンであり博覧強記の知識をベースに舌鋒(ぜっぽう)鋭く笑いのめす。酒場でたまたま隣に座ったおじさんがある筋のゴシップに異様に詳しくて、ジューシーな話を延々と聞かせてくれた――そんな感じの本だ。

例えば、歴代の王様はたまたま運が良くて首領となったごろつきばかり。しかしごろつきが王様では困るので、彼らの潜在的暴虐にタガをはめたのがマグナ=カルタ(大憲章)。ごろつきのおかげで人権が生まれたというわけさ――というふうな調子で、アーサー王(存在しなかった虚像とまずは一刀両断)から30人余りの王・女王を料理してゆく。

彼は依怙贔屓(えこひいき)を隠さない。歴史の教科書にしても授業にしても面白くないのは、著者や教師が自分の立場を明確にしないからだと言う。私は歴史家ではないから遠慮せずに好き嫌いをはっきりさせると言い、ウィリアム征服王は大嫌い、これに負けたハロルド2世が大好きと宣言する。

以前、歴代の英国王について書かれた歴史書を読んだことがあった。正直なところ、やたらとウィリアム、エドワード、ヘンリーという同じ名前の国王が続くので誰が誰やら分からなくなった。だが今回、本書を読んで初めて何人かの王様の輪郭がはっきりとつかめるようになったのは、著者の依怙贔屓とジョークのおかげだろう。

血まみれの(ブラディ)メアリー(メアリー1世)という呼称は正しくない。300人のプロテスタントを処刑した殺人女王だから血まみれと言われたのだろうが、彼女好みの処刑方法は火あぶりだったから血は出なかったはずだ。煙たい(スモーキー)メアリーというべきではないか。いや待てよ、スモーキー・メアリーだと場末の歌手みたいだな――と脱線してゆくのもコメディアンならでは。

その点では本書は読書よりもオーディオブックで聴くほうが楽しめる。

彼はモンティ・パイソンのメンバーが属していたケンブリッジ大学「フットライツ」クラブの後輩に当たる。どことなくユーモアの質が似ているのはそのせいか。

英国で歴史書はよく売れる。まじめで学術書に近いものから本書のような歴史ネタのユーモラスなものまで。著者も本書の中でなぜ英国民は歴史が好きなのかという問いに対し、英国のアイデンティティーとはこれ即(すなわ)ち歴史なりだから、と答えている。

先に触れたマグナ=カルタだが、コロナ禍で飲食店などが休業を命じられたとき、マグナ=カルタ第61条(一種の抵抗権)を盾に徹底抗戦のかまえを見せた事業者が何人かいた。日本でいえば御成敗式目を持ち出すようなもの。これも歴史意識の証左か。

ともあれ著者の持論は、歴史は笑い飛ばして楽しむもの、偉そうな顔をしていた連中はだいたいunrulyなのだから、ということになる。

アメリカでは前大統領トランプが「偉大なるアメリカをもう一度」とがなりたて、イギリスではかつての首相ジョンソンがEU離脱アピールの際「コントロール権を取り戻そう」と叫んだ。著者は、将来図を描けない政治家に限って過去を美化し始める、と言う。

(敬称略)

英国のベストセラー

(ペーパーバック、フィクション)

2023年8月6日付 The Sunday Times紙より

  1. Tomorrow, and Tomorrow, and Tomorrow

    Gabrielle Zevin ガブリエル・ゼヴィン(米)

    幼なじみのサムとセイディ、ビデオゲームを介して友情が開花する

  2. It Starts With Us

    Colleen Hoover コリーン・フーヴァー(米)

    『イット・スターツ・ウィズ・アス ふたりから始まる』(二見書房)

    リリーが前夫とよりを戻そうとした時、初恋のアトラスに再会してしまう

  3.  Long Shadows

    David Baldacci デイヴィッド・バルダッチ(米)

    FBIエージェントのデッカーが連邦判事とその護衛の殺人事件を解明する

  4. A Winter Grave

    Peter May ピーター・メイ(英)

    気候変動で酷寒の2051年、測候所で氷詰めのジャーナリストの遺体が発見される。

  5. Lessons in Chemistry

    Bonnie Garmus ボニー・ガーマス(米)

    1960年代の米カリフォルニア、化学者のエリザベスが料理番組のスターに。

  6. It Ends With Us

    Colleen Hoover コリーン・フーヴァー(米)

    『イット・エンズ・ウィズ・アス ふたりで終わらせる』(二見書房)

    田舎から出てきたリリーが脳神経外科医と結婚するが、彼にはある問題が。

  7. The Woman Who Lied

    Claire Douglas クレア・ダグラス(英)

    推理小説作家の周囲で起こる事件が、彼女の未発表作品に類似していた。

  8. The Bullet That Missed

    Richard Osman リチャード・オスマン(英)

    『木曜殺人クラブ 逸れた銃弾』(早川書房)

    老人たちの探偵集団、「木曜殺人クラブ」が10年前の殺人事件を解明。

  9. The Marriage Portrait

    Maggie O'Farrell マギー・オファーレル(英)

    16世紀イタリア、ルクレツィアは自分を晩餐(ばんさん)会に誘った夫の真意に疑義を抱く。

  10. Too Late

    Colleen Hoover コリーン・フーヴァー(米)

    偏執狂の男、麻薬取締官、間にはさまった娘、が織りなす狂気の三角関係。