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結局、馬は特別なのか 世界各地を歩き、たどり着いた一つの「答え」とは

World Now 更新日: 公開日:
人間が接し方を変えることで、馬の新たな可能性が見いだされる=2026年3月10日、フランス・シャンティイ郊外、高久潤撮影
人間が接し方を変えることで、馬の新たな可能性が見いだされる=2026年3月10日、フランス・シャンティイ郊外、高久潤撮影

なぜ馬なのか。馬は人間にとって特別なのだろうか――。 世界各地の馬の現場を歩き、専門家に聞いて考えた筆者は、一つの「答え」にたどり着きました。

言葉には力がある。だから記者は危険地に赴き、現地の人は命の危険を顧みずに映像と言葉を外部に届けようとする。それでも傷ついた人の心には時に、言葉が届かない。

ロシアの攻撃にさらされるウクライナで、戦傷を負った帰還兵に馬を使ったセラピーを続ける団体「ビクトリーセンター」がある。首都キーウを拠点に、四肢の切断や脊髄(せきずい)損傷、心的外傷後ストレス障害を抱える兵士たちを受け入れている。

代表のナスチャ・ポパンドプロスさんはオンライン取材でこう語った。「癒やしは言葉から始まるとは限らない。戦場とは言葉が無力になった場所だから」

彼女が例に出したのは、脊髄を損傷して車いす生活を余儀なくされた男性だった。他の帰還兵たちと同様、感情の制御が難しく、車いす生活を送る自分を受け入れられずふさぎ込んでいたという。

馬の背から見える景色は、いつもより少し雄大に見える=2026年3月、英スコットランドのアボイン、高久潤撮影
馬の背から見える景色は、いつもより少し雄大に見える=2026年3月、英スコットランドのアボイン、高久潤撮影

初めて馬の背に乗ったその男性は、自分の視野ががらりと変わったことに少し戸惑いつつ、馬の歩くリズムを感じながら表情を緩めていった。「まだ自分にできることだってあるはずだ」

以来、リハビリに前向きに取り組み始めたという。

馬は何をしたのか。何もしていない。背中を貸しただけだ。だがポパンドプロスさんは言う。「彼は馬を通じて、自分にまだ力があることと、自分で立ち直らなければならないことの両方を理解した」

そしてこう強調した。彼のケースは特殊ではなく、「多くの兵士が経験している」。

なぜ、馬なのか。この特集の取材を通じて何度も突き当たった問いだ。私自身、エルサレム特派員時代に同僚の死を経て他者の言葉が届かなくなった時期がある。そのとき繰り返し足を運んだのが馬のいる場所だった。

著書に「馬のこころ」がある北海道大学の瀧本彩加准教授(動物心理学)に尋ねた。瀧本さんによれば、馬は人の表情や声色から感情を読み取る認知能力を持つ。笑顔と怒り顔を見分け、表情と声色が一致しないと違和感を示すことが実験で確認されている。覚えた学習ルールを10年間保持することもできる。

放牧場で乗馬の訓練をする引退した競走馬=2026年3月10日、フランス・シャンティイ郊外、高久潤撮影
放牧場で乗馬の訓練をする引退した競走馬=2026年3月10日、フランス・シャンティイ郊外、高久潤撮影

だが犬とは決定的に異なる。「犬は人間に対して愛着を示すが、馬はもう少しドライ。ひとりの時間も必要で、人間とはいわばビジネスライクな関係を結ぶ」と瀧本さんは言う。馬は人にとって、パートナー。馬と人は無条件に愛し愛される関係ではない。だからこそ、馬は人をよく観察して、その内面を推察し、空気を読もうとする。犬とはまた異なる動機で、馬は人の心に触れるのかもしれない。

瀧本さんは「馬が間に入ることで、人間だけの社会では生まれない秩序やコミュニケーションが生まれる」とも指摘する。個人の心の回復に限った話ではないと思う。北海道日高ではインドや中東から来た乗り手たちが暮らし、馬の存在が地域の姿を変え続けている。

馬は私たちの傍らにいる。傷ついた兵士の隣に、牧場の朝の冷気の中に、引退後の静かな牧野に。

中学生のころ、競馬場で出会った老人に「馬がなぜ特別かわかるか」と問われたことがある。答えられない私にその人は言った。「人じゃなくて夢を乗せて走るからだ」。少し得意げだった。

世界各地の馬の現場を歩いたいま、私は、あの老人とは少し違う「答え」を持っている。馬は、夢を乗せているわけではない。ただ傍らにいるだけだ。特別でもない。でも、だからこそ特別なのだ。