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「AI、恐るるに足らず」 71歳勝ち馬予想士の自信

World Now
大井競馬場で活躍する予想屋の吉冨隆安さん=東京都品川区、飯塚悟撮影

■オレは魚群探知機

東京・品川の大井競馬場。ナイター照明に浮かび上がるパドックの横にずらりと「予想台」が並ぶ。ひときわ大きな人だかりが「ゲート・イン」の前にできる。「稼いだ金より、勝った金が美しい!」。この道40年以上の予想士、吉冨隆安(71)の口上が、聴衆を挑発する。時にささやき、時に絶叫。最後に勝ち馬予想を書いた紙切れを取り出すと、客は100円玉2枚を置いて紙を奪い取り、馬券売り場へと走り去っていく。

大井競馬場で活躍する予想屋の吉冨隆安さん=東京都品川区、飯塚悟撮影

結果が出るのは数分後。客は当たれば「自分の予想が当たった」と言うが、外れれば容赦ない。「最近も嘘つき、詐欺師と書いた紙が置かれていたよ」

競馬に溺れる父のもとで育った吉冨は大学の法学部を中退後、塾講師やバー店員を経て1976年、大井競馬場の「公認予想士」として競馬ファン相手の場立ち予想を始めた。以来、現場に立ち続けている。97年12月に1、2着馬を当てる馬番連勝(馬連)を8レース連続で的中させたのは、会心の予想。「俺は知恵と勇気を持った魚群探知機のようなもの。あの時はマグロの入れ食いだった」

大井競馬場の掲示板

吉冨の予想は、自宅でレース映像を繰り返し再生しながら分析する極めてアナログな手法だ。詳細なメモをノートに書き込み、予想の参考にする。

試行錯誤の末、編み出したのが「実走着差理論」という予想法。2頭の馬がコースを並んで走り、内側にいた馬がゴールで5馬身差で先着したとする。同じ2頭が次のレースで内と外を逆の形で走ったら、着順は逆転する場合がある。楕円形のコースの内と外では走る距離に差が出るため、このケースでは5馬身差を逆転できるからだ。負けた馬は次のレースでは人気が下がり、「穴馬」になる。そこに目を付けた理論は、競馬ファンの間では吉冨の代名詞になっている。

大井競馬場のパドック

各出走馬のベストタイムである「持ち時計」、馬体重、負担重量、ゴールまでの残り600メートルの「上がりタイム」。大量のデータとの闘いはAIの得意分野にみえる。

だが、吉冨は「恐るるに足らず」と言い切る。「AIに文学は書けるか? 書けないだろ」

実走着差理論にしても、外側を走って負けた馬が次のレースで巻き返すことが多いのに目をつけた吉富ならではの、ヒトにしかできない動画解析だろう。将棋や囲碁には「最終形」があるが、競馬にはない。AIの導く答えはいつも「正しい」かもしれないが、馬や騎手は生き物だ。つまずくこともあれば、目の前に邪魔な馬がいて進路をなくすこともある。だから「予測は予測を超えられない」。吉冨はあわてない。

大井競馬場のトウィンクル・レース

■AI予想、穴馬的中で一躍注目

競馬の世界でAI予測が無視できない存在になってきたのは、ここ1、2年だ。さきがけは、2018年に日刊スポーツとの協力で「ニッカンAI予想」を始めた東京・渋谷のAIスタートアップ「GAUSS(ガウス)」。

創業者の宇都宮綱紀(38)は大手企業のエンジニアだった当時、資格試験に落ち続ける部下のために、AIで出題予測を考えるうち、競馬予測を思いついた。社内でゴーサインが出ないのに業を煮やして独立。電力需要や宅配ピザ店の混雑時間帯の予測も手がけつつ、「結果が明白な競馬は、精度を信頼してもらうのに有効」と前面に出す。

「日刊AI予想」を手がけるAIスタートアップ「GAUSS(ガウス)」の営業部長、川野義広さん=東京・渋谷、市川美亜子撮影

ガウスの競馬予測エンジン「ガリレオ」が実力を見せつけたのは、日刊スポーツの予想開始直後の菊花賞。優勝候補に指名したフィエールマンは出走馬18頭中7番人気の伏兵で「競馬のセオリー」では優勝の可能性は低かった。前哨戦をパスして菊花賞が3カ月半ぶりのぶっつけ本番。

だがAIはそんな「常識」にとらわれず、波乱の結果を見事に的中。フィエールマンの単勝の配当は14.5倍。2着との馬連は23.8倍にもなった。

営業部長の川野義広(27)は「騎手が最多勝のクリストフ・ルメールだったから選んだんでしょ、と言われますが、騎手のデータはAIに入れていない」と明かす。「武豊が騎手なら買うが、無名の新人なら無視する」というのは競馬ファンなら当然と思うが、純粋に馬の能力に焦点を当てるために、騎手はファクターに含まないのだという。

「日刊AI予想」を手がけるAIスタートアップ「GAUSS(ガウス)」の営業部長、川野義広さん=東京・渋谷、市川美亜子撮影

ファンの関心が高いオッズのデータも、ファクターに含まない。川野は「馬の能力と関係がなく、人が作るもの。一種のバイアスで、精度が下がる要因になる」と切り捨てた。「ガリレオ」にはそれぞれのファクターを分析するAIが複数存在し、「AIが多数決で結論を出すイメージ」だという。

馬券の結果を計るには、的中した回数を示す「的中率」と、投資した金額に対する払戻金の割合を示す「回収率」があるが、吉冨にしても、AIにしても「回収率をプラスにする」のを目指してしのぎを削っているのは同じだ。

競馬は、中央競馬の昨年の馬券の売り上げが2兆8000億円、地方競馬の昨年度が6000億円という巨大マーケットだ。10年後の競馬はどうなっているのか。川野はAI予想が進んでも、人間の予想士は生き残る、と答えた。ファンは、AIに従うだけでなく「自分の思いも組み合わせたいはず」だからだ。「ただ、AI予想の精度が上がって、どんどん当たるようになれば、競馬自体が成り立たなくなるでしょうね」

ふと考えた。自分はなぜ、勝ち馬予想をするのだろう。馬券が当たると、競馬の本質に近づいた気になる。分析し、組み立て、財布から金を出す。すべて自分の責任で。「馬券を当てて、自信を買おう」。吉冨の言葉が身にしみた。