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走り終えた馬はどこへ行くのか フランス・日本で広がる「第2の人生」を支える試み

World Now 更新日: 公開日:
放牧場でくつろぐ引退競走馬たち=2026年3月10日、フランス・シャンティイ郊外、高久潤撮影

走り終えて引退を余儀なくされた馬はどこに行くのでしょうか。寿命25年以上とされる馬の価値を見直す動きが、フランスや日本でも広がっています。

パリ郊外のシャンティイの森を、アンソン種の馬が静かに歩いていた。ずんぐりとした体に太い脚。背中の揺れは小さく、初心者でも安心して乗れる。

アンソン種は、フランス北部で1970年代に生まれた比較的新しい馬だ。頑健な在来種と乗用馬を掛け合わせ、扱いやすい馬を育てようとしてつくられた。いまも観光や外乗の現場で活用されている。

シャンティイはフランス最大のサラブレッド調教拠点を抱え、「馬の首都」と呼ばれる町だ。毎朝、多くの競走馬が町の中も通る調教コースを駆け抜ける。その一方で、同じ町の森には、速さとは別の時間が流れている。競うためではなく、人とともに歩くための馬がいる。

フランスで最近、馬の価値が問い直されている。人を運び、支え、寄り添う力としての馬である。さらに機械化が進む農業でも、自然環境への悪影響が少ない資材の運び役として「再発見」が進んでいる。

こうした動きの背景には、走り終えた馬の未来をどう引き受けるかという、競馬産業がこれまで十分に向き合ってこなかった問題がある。

欧州で引退競走馬の行き先が広く問題視されるようになったのは近年のことだ。2021年7月、英BBCの報道番組「パノラマ」が食肉処理場に潜入取材したドキュメンタリーを放送し、引退した競走馬が処分される実態を映し出した。2019年から2020年末までに約4000頭の競走馬が英国内で処分されていたという事実は衝撃を与えた。引退後の馬がどこに行くかは長らく不透明になってきたからだ。

フランスの引退競走馬支援団体「オー・ドゥラ・デ・ピスト(競馬場の向こうへ)」の広報担当、カロル・デメさん(45)は言う。

引退した競走馬に速く走るための体の反応を、別の仕事に向くように教え直していく=2026年3月10日、フランス・シャンティイ郊外、高久潤撮影

「誰かに譲った馬の、その後の行き先を追いかけるのは難しかった。タブーと言っていいかもしれない」

その状況を変えようとする試みが、フランスでは少しずつ広がっている。オー・ドゥラ・デ・ピストは、引退馬の「第二の人生」を支える仕組みを整え、一頭ずつ次の居場所を探していく。同団体の資金は競馬産業の企業や競馬事業の収益から捻出されている。年間約35万ユーロ(約6400万円)の予算で運用している。

競馬のために作られた馬は、ひとたび引退してしまうとその速さに価値はなくなる。ゲートが開くと飛び出す瞬発力は、競馬では武器でも、一般の乗り手にとっては落馬の危険と隣り合わせになる。

必要なのは、別の適性を見つけることだ。速く走るための体の反応を、別の仕事に向くように教え直していく。

「馬に問題があるとすれば、それはサラブレッドだからではなく、扱い方が適切でないからだ」とデメさんは言い切る。人間の側が接し方を変えれば、馬は別の力を発揮する。その前提が、フランスのリトレーニングの現場を支えている。

同団体は国内約30カ所の厩舎(きゅうしゃ)と提携して年間約350頭の馬の新しい「生き方」を探している。しかしフランスで年間に生産されるサラブレッドは約6700頭。引退馬もほぼ同数に上る。全体の一部にすぎず、環境団体からは競馬産業を生き残らせるためのアピールに過ぎないとの批判の声は根強い。

フランスの引退競走馬支援団体「オー・ドゥラ・デ・ピスト」は、国内約30カ所の厩舎(きゅうしゃ)と提携して年間約350頭の馬の新しい「生き方」を探している=2026年3月10日、フランス・シャンティイ、高久潤撮影

フランスで見直されているのは、引退競走馬だけではない。アンソン種のように、自然の中で人を安全に乗せ、ともに歩くことに価値を置かれた馬の育成も進む。

日本はどうか。日本中央競馬会(JRA)の2025年の馬券発売額は約3兆5000億円で14年連続の前年超えとなった。世界屈指の巨大産業である。

その日本でも引退した馬たちの「セカンドキャリア」に取り組む動きが広がり始めた。

東関東馬事専門学院が携わる、千葉県内にある引退馬支援団体「リタッチ」。代表を務める野口佳槻さん(50)は、競走馬を競走馬のままで終わらせないためには、乗馬クラブや一般の愛好家に渡す前に、馬が社会に戻るための「中間的な環境」が必要だと語る。

リタッチは、引退して肉にされるしかなくなった馬が送られる肥育場から馬を直接引き取る活動を進めてきた。団体名には、馬にもう一度手を差しのべるという意味が込められている。

引退馬支援団体「リタッチ」の施設でくつろぐ馬たち=2026年2月17日、千葉県八街市、高久潤撮影

引き取った馬は、乗用馬としての再出発に向けた訓練を受ける。

野口さんは「これは動物の愛護活動ではない」と強調する。生産する産業が引き受けなければならない責任だと説明する。

「どんな産業でも、つくった後のことは知らないというのは許されなくなっている」

野口さんは支援活動の一方で、競馬の売り上げの一部を馬のセカンドキャリアのための資金に充てるよう義務づけることなど、政策レベルの対応を訴えている。

もちろん現実は厳しい。日本では毎年8000頭近くのサラブレッドが生産され、ほぼ同じ数の馬が「引退」している。そのうちどの程度の馬が実際に乗馬用の馬として第二の人生を歩んでいるかを調べる統計データはない。

馬と人間の関係は、もはや産業なくして成り立たない。野口さんは言う。「産業側が責任を果たし、さらにその産業を支える社会全体が、馬という存在をどう位置づけるのか。それが馬と人間の関係の未来を決める」