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人が馬に乗ったとき、文明が始まった 古代ローマ史家が語る馬の力

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馬と人との関係の歴史は長いが、馬の目に、私たち人間はどう映ってきたのだろうか=2026年3月4日、英スコットランド・アボイン、高久潤撮影
馬と人との関係の歴史は長いが、馬の目に、私たち人間はどう映ってきたのだろうか=2026年3月4日、英スコットランド・アボイン、高久潤撮影

人類と馬の歴史は、いつごろ、どのように始まり、発展してきたのでしょうか。歴史家で、自身が無類の馬好きという東京大学名誉教授の本村凌二さんに聞きました。(聞き手・高久潤)

――馬は人間にとって最初から「乗るもの」だったのでしょうか。

壁画に残っている限りでは、2万~3万年前には馬らしきものが描かれています。しかし、当初はあくまで「食料」、つまり狩猟の対象でした。乗ったり、その動力を利用したりすることは、おそらく考えてもいなかったでしょう。

その証拠に、アメリカ大陸の例が挙げられます。かつてアメリカ大陸に馬の祖先がいましたが、人間が食べ尽くして絶滅させてしまったと言われています。1500年頃にスペイン人が持ち込んだ時、アメリカ大陸には馬が存在しませんでした。

アステカやインカといった文明が、なぜ少数のヨーロッパ勢力にかなわなかったのか。鉄砲や病原菌の影響もありますが、大きかったのは「馬がいなかったこと」です。馬という移動・輸送手段を持たなかったため、文明の進歩や広域支配に限界があった。ユーラシア大陸の文明が発展したのは、絶滅させずに馬を家畜化し、「文明のエンジン」として活用できたからなのです。

――人間はいつ頃から馬に乗れるようになったのですか?

誰でも乗れるようなシステム、つまり乗馬技術が確立されたのは、紀元前1000年頃の中東地域だとされています。その後、騎馬民族のスキタイや匈奴によって周囲に広がっていきました。

決定打となったのは「ハミ」の発明です。馬の口には、前歯と奥歯の間に歯が生えていないスペースがあります。そこにハミをかませて手綱で制御できると人間が気づいたことで、馬は人類の歴史を動かすパートナーになったのです。

東京大学名誉教授の本村凌二氏=2026年2月19日、東京都内、高久潤撮影
東京大学名誉教授の本村凌二氏=2026年2月19日、東京都内、高久潤撮影

――馬の活用は、歴史にどのようなインパクトを与えましたか。

極めて大きかったですね。最初は戦車を引かせる役割としての軍事利用が始まりました。アッシリア帝国が初の世界帝国と言われるような版図を築けたのは、戦車軍団と、それに続く騎馬軍団を軍事力の中核に据えたからです。生身の人間からすれば、戦車や騎馬の集団が突進してくる際の地響きやスピードは、想像を絶する恐怖だったはずです。

その後、マケドニアのフィリッポス2世(アレクサンドロス大王の父)が、戦車よりも機動力の高い騎馬軍団を組織的に育成しました。彼は長いやりを持つ歩兵部隊と騎兵を組み合わせる戦術を確立し、その遺産を受け継いだ息子のアレクサンドロス大王がペルシャへ遠征します。彼らがギリシャ世界から飛び出し、巨大な帝国を築けたのは、馬による軍事力と、物資を運ぶ圧倒的な輸送力があったからです。

――ローマ史において、馬はどう関わっていますか。

決定的だったのは、紀元前216年の「カンネーの戦い」です。カルタゴの名将ハンニバルがローマ軍を完膚なきまでにたたきのめしたことで知られます。当時、ローマ軍は歩兵の数では勝っていましたが、ハンニバルは優れた騎馬隊をローマ軍より多く配置していました。

ハンニバルの作戦はこうです。中央の歩兵がローマ軍に押されるふりをして後退し、敵を深く引き込む。その間に、両翼に配置した騎馬隊がローマ軍の背後にすばやく回り込んで包囲する。いわゆる「包囲殲滅(せんめつ)戦」です。

これによりローマ軍は壊滅しました。ローマの将軍スキピオ(大スキピオ)はこの敗北から、「原因は騎兵の差だ」と痛感しました。後にスキピオがその戦法を応用してハンニバルを破ります。いかに騎兵を育成し、活用するかが国家の存亡を分ける鍵でした。

――時代は下り、モンゴル帝国の強さも馬にありました。

モンゴル帝国は、馬の力を極限まで活用してユーラシア大陸をつなぎ、ある種の近代的な商業圏を作り上げました。彼らは生まれた時から馬と共に生活しているため、騎乗技術が身体化されています。彼らの圧倒的な機動力と輸送力が、陸のネットワークによる世界帝国を可能にしました。

調教される競走馬=2026年2月19日、北海道浦河町、高久潤撮影
調教される競走馬=2026年2月19日、北海道浦河町、高久潤撮影

――その後、18世紀のイギリスで「サラブレッド」が誕生します。どういう経緯だったのでしょうか。

馬の歴史における大きな転換が起きます。それまでの軍馬は、悪路や障害物を越える能力や耐久性が求められましたが、18世紀のイギリスでは、平らな走路で純粋に「速さ」だけを競うようになりました。サラブレッド(thoroughbred)とは「徹底的に(thorough)品種改良された(bred)」という意味です。速く走るためだけに血統が積み重ねられ、そこで登場したのが伝説の名馬「エクリプス(18世紀後半の競走馬)」です。

現在のサラブレッドのほとんどに彼の血が流れています。この頃から、馬は人間の美意識や夢を投影する「生きた芸術品」へと昇華したのです。

――現代の馬の役割をどう考えますか。

20世紀は自動車の時代でしたが、石油資源は有限です。将来、エネルギー危機が訪れた時、持続可能な動力として馬が見直される時代が来るかもしれません。馬は草さえあれば動く究極のエコな動力です。競馬というエンターテインメントを通じて、種を保存し、馬の生産・育成システムを残しておくことは、実は人類の戦略としても重要な意味を持つことになるかもしれません。