地域から紡ぐ多文化共生の未来 2025年度「国際交流基金地球市民賞」の3団体を表彰
地球市民賞は、1985年に国際交流基金(JF)によって創設され、先進性、独自性、継続性、将来性、社会に対する影響力という五つの観点から、日本各地の団体を表彰してきた。41回目の今年度は、過去最高となる355件の応募・推薦があり、1次、2次選考委員会と現地調査を経て選出された。
授賞式では、国際交流基金の黒澤信也理事長が、外国にルーツを持つ人たちへの管理志向が強くなっている昨今の風潮を指摘。古くから移民政策に取り組んできた国や地域と比べ、日本の多文化共生の取り組みは始まったばかりだとして、「いかに日本流の健全な多文化共生社会を構築できるか、というテーマのもと、前向きに取り組むことが重要と我々は考えています」と述べた。その上で3団体について、「画一的なルール作りや規制という枠組みを超え、共生に伴う社会課題に真正面から向き合ってきた」と、活動の意義をたたえた。
また、選考委員の田村太郎・一般財団法人ダイバーシティ研究所代表理事は、3団体を選んだ理由として「信念を持って活動を続けてこられたことに大変意義があります」と説明。「受賞を契機として、それぞれの団体が成功モデルとして広く社会に影響を与えていくことを望んでいます」と話した。
活動を始めたきっかけは、代表の石原弘子さんが日本で子育てをしている外国人の母親から聞いた、ある言葉だった。
1999年、大阪から東京に引っ越してきた石原さんは、小さな子どもを連れた人たちの居場所が街の中に少ないことに気づき、目黒区で日本人と外国人が一緒に学び合える「にほんごの会 くれよん」を設けた。あるとき、会に参加している外国人の母親たちが日本語だけで子育てをしていることに気づく。石原さんが「どうして自分の母語で子育てしないの?」と尋ねると、「私の言葉は日本では必要ない」と、ある母親が答えたという。
その言葉が心に引っかかった石原さんは、「この人たちが堂々と母語を話せる場所があったらいいんじゃないか。それなら、多言語で絵本の読み聞かせをすれば良いのでは 」と考え、「多言語絵本の会RAINBOW」を設立した。
同会の読み聞かせでは、外国人と日本人が同じ絵本を交互に読む。子どもたちは自分が理解できる言語で物語を理解し、異なる言語は音を楽しんでいる。外国語の読み手には、「にほんごの会 くれよん」に参加した保護者など、日本で暮らす外国人に協力を募った。
石原さんは「『あなたの言葉で、おはよう、こんにちはってなんていうの?』と聞くことから始めて、どんどん言語の数が増えました。自分の国を紹介するのはうれしいんですよね。だからみなさん協力してくれて、断られたことは一度もないです」と話す。
このほかに、音声や画像とともに日本語と外国語の両方を併記した物語が表示される「多言語電子絵本」の制作や、同じメロディーを使って多言語で歌われている楽曲のカラオケ化にも取り組む。多言語電子絵本はいま、28カ国語に対応する。国際理解のための授業も小中学校で展開し、子どもたちと外国人が交流する機会を設けている。
石原さん自身はもともと、電子絵本などのITや外国語に明るかったわけではない。それでも、持ち前の行動力で周囲の協力を得ながら活動を続けてきた。授賞式では、石原さんが今後挑戦したい新たなアイデアも披露。「いろいろな言語を話す人たちが、その国や言葉を超えてつながれるものを、これからもつくっていきたい」と笑顔で語った。
越後妻有里山協働機構はもともと、アートを通して地域を元気にしようと2000年に始まった「大地の芸術祭」を継続的に運営するために設立された。廃校を活用した拠点作りや、地域住民・アーティストとさまざまな機関との連携を通して、地域文化の基盤を築いてきた。
多彩な活動を続ける中で、芸術祭の一環として2024年からは新たに「大地の運動会」を始めた。日本で暮らす難民や障がいのある人たち、経済的に困窮する家庭の子どもたちなど、約400人が参加。巨大なおにぎりの模型を転がす「おにぎりコロコロ」や借り物競走、大縄跳びといった競技を楽しむ。
代表の北川フラムさんは「運動会は体を動かす体育が中心ですが、応援合戦やパレードでは音楽、みんなで道具を作るときには美術の出番になります。五感を全開にしていろいろな人と関われることが魅力です」と語る。
こうした大規模なイベントを開催できた背景には、これまでの活動で育まれたネットワークの存在が大きい。同機構では、大地の芸術祭から生まれたプロジェクトとして、担い手のいない水田を、会員から資金を募って耕作する「まつだい棚田バンク」を運営。地元住民や企業、個人、アーティストらが農業を通して交流する。女子サッカーチーム「FC越後妻有」も運営し、農業の担い手として移住した選手たちが地域住民と農業やサッカー、芸術祭運営を通じて交流している。
授賞式で、北川さんは「少子化と社会の効率化が進む中で、暮らしの中で手間をかけ、資源を無駄にしないこと、他者への優しさや支援が必要な人々への共感を大切にしてきましたが、さまざまな社会状況の中で、その大切さを今ほど感じるときはないと思います」として、「賞を励みにしたい」と話した。
多文化リソースセンターやまなし代表理事の加藤順彦さんは、企業の駐在員としてブラジルで34年暮らした。日系人は豊かなコミュニティーを育み、ブラジル国民から信頼を寄せられていた。「ブラジルは、国旗にも記されている『秩序と進歩』を体現した国だと感銘を受けました」と、加藤さんは振り返る。
一方で、日系2世、3世が家族を連れて日本に移り住むと、日本語の難しさが壁になり、生活に苦労する様子がブラジルでも報道されていた。「日系人への言語や生活のサポートがもっと必要ではないか」と、ずっと気になっていたという。
加藤さんは2007年に勤務先を早期退職して帰国。日本で暮らす外国人を対象にした日本語教室を開き、スペイン語やポルトガル語の法廷通訳を務めるなどした。その中で、外国人がぶつかる日本語の壁を解決するには、幼少期から日本語に触れられるようにサポートすることが必要だと考えた。
2015年、0歳から2歳の外国籍の子どもを預かる小規模保育園「みんなのいばしょ」を山梨県中央市で開設。2019年には姉妹園「イノヴェ学園」を同県南アルプス市に設けた。両園とも、外国にルーツを持つバイリンガルの職員が常駐して通訳を担い、現在は計24人の子どもたちを受け入れている。
文部科学省 によると(※)、小中高校などの公立学校で日本語の指導が必要な児童生徒(日本国籍含む)は増えており、2023年度に6万9000人を超えた。このうち中学生の進学率は90.3%と、公立学校に通う全ての中学生の進学率(99.0%)を下回る。こうした現状を踏まえて、加藤さんが次にめざすのは、3歳児から5歳児を預かる小規模保育園の開設だ。これまでの小規模保育園は原則0歳児から2歳児に限定されていたが、2025年に成立した改正児童福祉法により、3歳児から5歳児も預かれるようになった。
(※文部科学省「令和5年度 日本語指導が必要な児童生徒の受入状況等に関する調査」報道発表資料から)
加藤さんは、授賞式でこの点に触れ、「高校に行けない子どもたちがいまだに存在するのは、教育先進国の日本が世界に誇れることではありません。子どもたちの日本語学習に遅れが出ることがないよう、3歳児から5歳児向けの小規模保育園の設立に向けて、残りの人生をかけて奮闘していきたい」と意欲を語った。
監修:朝日新聞GLOBE+編集長 玉川透
取材・文:澤木香織
写真:国際交流基金(JF)提供、三塚駿平撮影