今こそ戦争の「悪」を問い直す 映画『死の天使 ヨーゼフ・メンゲレ』
アルゼンチンに逃れたメンゲレは裕福な実家からの経済的支援を受けつつ、ナチの残党やシンパらに囲まれ、一見優雅な生活を送っている。自身が手を染めた行為に対し、ひとかけらの後悔もなく、ナチ時代のゆがんだ思想を持ち続けている。ただ、追跡の手におびえ、心休まる時はない。国を転々としながら、次第に心理的に追いつめられ、老いていく。
傲慢(ごうまん)で猜疑心(さいぎしん)の塊のようなメンゲレを、『ヒトラーの贋札(にせさつ)』や『イングロリアス・バスターズ』にも出演したアウグスト・ディールが好演する。
監督は「会ってすぐ、彼ならこの『モンスター』を演じられると分かった。メンゲレは主役でスクリーンに出ずっぱりだから、観客はずっと彼を見る。メンゲレの視点で撮るため、彼が知っていることだけ、彼が会った人物だけが映る。そうすると、共感が生まれてしまう恐れがあった。彼(ディール)なら、その『落とし穴』に落ちず、観客がメンゲレへの慈悲を感じない演技をしてくれる確信があった」。犯罪映画などに使われるフィルム・ノワールの手法を採用したのも、共感を排除したいという理由だったという。
白黒で描かれる現在に対し、アウシュビッツの回想シーンなどは鮮やかなカラーで見せる構成だ。監督によれば、「メンゲレにとって、皮肉にも人生で最も輝かしい時期だったから」だ。回想には目を背けたくなるような「実験」も含まれる。「映画を見る人は20代そこそこの人も多く、彼らにはメンゲレとは誰なのかという知識がない。彼が、モンスターと呼ばれる理由を説明するには、そのようなシーンも大切だと考えた」という。映画には、メンゲレが特に関心を寄せ、比較のための実験に使ったという双子の存在も効果的に挿入されている。
ただ、映画が投げかけるのは、メンゲレという一人のモンスターの罪だけではない。監督は「メンゲレはシステムでもある」と指摘する。
システムに連なるのは、ナチの思想への共感や金銭欲しさに、メンゲレの逃亡を助け、彼のために働き、支えた人々だ。「多くの人々が何の代償も払わなかったという矛盾がある。第2次世界大戦でも本当に責任を問われたのはわずかな人だった。多くの犯罪者が逃げ切った。ソ連が崩壊した後も同じことが言える」
若者に限定するまでもなく、先の大戦を直接間接に知る世代は減っていく。だからこそ、監督は戦争とその後に起こったことを何度も問い直す必要性を強調する。
一つには「人間の記憶はとても短い」からだ。もう一つは、私たちが生きている時代に関わる。「戦争で得られるものには何の価値もありません。戦争は何も解決しません。第2次世界大戦を知っている人は、少なくともそれを分かっている。しかし今、私たちは大国の支配者が繰り返しこう言っている世界に生きています。『戦争は必要なものだ』『戦争は社会に良いことをもたらす』と。ロシアではこうしたプロパガンダが大量に流れているし、アメリカも同じ感覚を持っている。国を統治する者たちが、戦争は多くの苦しみと流血をもたらすにもかかわらず、問題を解決する手段として捉えている」
監督自身、プーチン政権を批判し、2022年にロシアからの亡命を余儀なくされた身だ。そしてこのインタビューから一月も経たないうちに、中東を巻き込む、新たな戦争が始まった。
「プロパガンダの罠(わな)に陥らないようにしてください。知識を用いて、利用可能な情報源を使って、そのプロパガンダを検証してください。そうしないと、私たちは絶え間ない混乱の中に置かれてしまう。それは、過去を忘れさせ、私たちの方向感覚を失わせたい人々が作り出すものです」
映画の中のメンゲレはまさに、プロパガンダをうのみにし、過去を忘れ、方向感覚を失った人間を象徴しているようだ。警句が一層重く響く。