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結核が再び増加 歴史と現在を多角的に考察 世界的な大流行を招きかねないと警告

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ジョン・グリーンの『Everything is Tuberculosis(すべては結核である)』
ジョン・グリーンの『Everything is Tuberculosis(すべては結核である)』=関口聡撮影

かつては不治の病とされた結核は、医療の進歩によって治癒可能な病気となった。だが、過去の病気ではない。1940年代にストレプトマイシンのような抗結核薬が開発され、富裕国での感染者は激減したが、現在でも世界で年間120万人以上の命を奪っているとされる。特に貧困地域での蔓延(まんえん)は深刻だ。

本書の著者ジョン・グリーンは米インディアナポリス在住。ヤングアダルト小説作家として知られる一方、ビデオブロガーとしても活躍している。教育用の世界史シリーズ動画は、興味深い視点とわかりやすい解説で人気を博し、中高生にも親しまれている。

2作目のノンフィクションとなる本書『すべては結核である』は、富裕国では忘れられつつある結核をテーマにしている。結核は数千年前から存在する人類最古の致死的感染症の一つであり、歴史を通じて、政治・文化・戦争など多様な分野に影響を及ぼしてきた。著者は、医療だけでなく、こうした幅広い観点から、結核の歴史と現状を描き出し、現代社会が抱える問題を読者に問いかける。

たとえば、1819世紀のヨーロッパでは、原因が不明だった結核は詩人や富裕層がかかる「ロマンチックな病」と見なされていた。病状がゆるやかに進む過程で感性が研ぎ澄まされ、名作が生まれると考えられたのだ。大きな瞳や赤らんだ頰、青白い肌、痩せ細った身体は、女性の美の象徴とされた。遺伝病と誤解され、また、アフリカ系の人は感染しないとも信じられていた。しかし実際には、結核菌は人種や階層を問わず命を奪ってきた。

著者が結核に強い関心をもったのは、グローバルヘルス(国際保健)活動の一環として、2019年、シエラレオネの政府病院を訪れた際に、17歳の結核患者ヘンリー・ライダーと出会ったことがきっかけである。内戦後に貧困に陥った家庭で育ったヘンリーは、幼少期の栄養失調を背景に結核に感染。近所の病院ではX線検査を受けられず、発見が遅れた。ようやく始まった治療も医療システムを信じない父親の意向で中断され、彼の結核は薬剤耐性に進行してしまった。転院後も副作用の強い薬は効果を示さず、多剤耐性結核に必要な高価な薬は政府病院でさえ手に入らなかった。

貧困国で結核による死者が多い理由は、まさに富裕国との医療格差にある。「治療法がある場所には病気がなく、病気がある場所には治療法がない」のだ。それは人間の選択と制度の失敗がもたらした現実だ。著者は利益優先の医療品開発のあり方を批判し、結核のような貧困層を苦しめる病気を顧みないことが、結核菌の存続を許していると主張する。

21年以降、結核の新規感染者数は世界的に再び増加に転じ、富裕国でも同様の傾向がみられる。一方で、新薬開発の研究は行われていない。著者は、貧困国での患者増加と治療の遅れが、より強い耐性菌を生み出し、やがて世界的な大流行を招きかねないと警告する。

著者はゲイツ財団などと連携し、医療格差改善の支援活動を続けてきた。その結果、結核医療が改善された国もある。ヘンリーの住むシエラレオネもその一例だ。ところが今年に入り、各国で援助を担ってきた米国際開発局(USAID)がトランプ政権下で事実上の解体に追い込まれ、医療支援活動は世界的に大きな打撃を受けた。すでに数十万人の結核患者が検査や治療を受けられなくなっているとも報じられている。本書は、そうした最中に刊行されたことからも、強い注目を集めることになった。

結核という、自分には無縁に思える病気を知ることを通して、私たち一人ひとりはどのような選択をしていくのか。その大切さを問いかけてくれる一冊だ。

米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

8月17日付The New York Times紙より
『 』内の書名は邦題(出版社)

  1. On Power

    Mark R. Levin マーク・R・レヴィン

    保守系の論客が、権力が歴史に及ぼす影響を論じる。

  2. The Idaho Four

    James Patterson and Vicky Ward

    ジェイムズ・パタースン&ヴィッキー・ウォード

    2022年に米アイダホ大学で起きた4人の学生の殺人事件の詳細。

  3. The Body Keeps the Score

    Bessel van der Kolk

    『身体はトラウマを記録する―脳・心・体のつながりと回復のための手法』(紀伊国屋書店)

    ベッセル・ヴァン・デア・コーク

    トラウマが身体と心に刻む影響と回復のための道を探る。

  4. The Anxious Generation

    Jonathan Haidt ジョナサン・ハイト

    スマホ中心の生活が子どもたちのメンタルに与える影響を分析。

  5. Gwyneth

    Amy Odell エイミー・オデル

    女優で実業家のグウィネス・パルトロウの半生を描く。

  6. I Am Ozzy

    『アイ・アム・オジー オジー・オズボーン自伝』(シンコーミュージック・エンタテイメント)

    Ozzy Osbourne with Chris Ayres オジー・オズボーン、クリス・エアーズ

    7月に亡くなった「ヘビーメタルの帝王」が語る波乱の人生。

  7. Everything is Tuberculosis

    John Green ジョン・グリーン

    結核の歴史と現在の状況について多角的な視点から考察。

  8. On Tyranny

    Timothy Snyder

    『暴政:20世紀の歴史に学ぶ20のレッスン』(慶応義塾大学出版会)

    ティモシー・スナイダー

    20世紀から学ぶ、独裁への道を防ぐ20の教訓。

  9. Abundance

    Ezra Klein and Derek Thompson エズラ・クライン&デレク・トンプソン

    ジャーナリストが分析する米国の成長阻害の原因とその打開策。

  10. Black AF History

    Michael Harriot マイケル・ハリオット

    著名コラムニストが、アフリカ系米国人の視点から語る新しい歴史像。