非正規移民に対するトランプ政権の強引捜査、浮き彫りにした移民大国アメリカの矛盾
一部の抗議者による車への放火や店舗の略奪シーンが大きく報じられているが、金曜からわずか数日の間に、それらと並行してさまざまなことが起き、それぞれの出来事がそれぞれにアメリカ全土を揺るがしている。
6月6日、カリフォルニア州のホーム・デポ(ホームセンターの大手チェーン)の駐車場や、ファッション・ディストリクトと呼ばれる衣服産業地域などでICEによる移民捜査と拘束が行われた。その様子がテレビ局のニュースで放映されると数時間後にLAダウンタウンに人々が集まり、ICEによる移民拘束を止めるよう声を上げ始めた。これが一連の抗議行動の始まりとなった。
翌7日、トランプ大統領はカリフォルニア州知事ギャビン・ニューサムの同意なしに州兵2000人の配備を命令した。これに対しニューサムは、LAのような都市ではこうした事態は過去にもあり、市や州による沈静化に成功しているとし、連邦の介入は事態を悪化させるだけであると抗議した。LA市長カレン・バスとLAPD(ロスアンゼルス警察)総監ジム・マクドネルも市の沈静化を図る努力を行った。
8日、9日もカリフォルニア州での抗議運度は続き、国防長官ピート・ヘグセスによる海兵隊700人の配備が発表される。ニューサム知事と同州司法長官ロブ・ボンタが、州兵と海兵隊の配備は州への越権行為であるとして政権を提訴。カリフォルニア州選出の元下院議長ナンシー・ペロシは、2021年1月6日にトランプ支持者が米国議事堂に突入したクーデター未遂事件では、トランプは州兵隊の召集を拒否していると発言した。
ICE抗議デモはLAのみに留まらず、同州のサンフランシスコ、ニューヨーク市、ダラス、オースティン(共にテキサス州)、シカゴ(イリノイ州)、アトランタ(ジョージア州)などにも拡散。「Fuck ICE」のプラカードが見られる一方、数千人が平和的にマーチし、警官隊が静かに見守る都市もあった。
9日、トランプは記者団に対し、ICEのトム・ホーマン国境管理責任者がニューサムを逮捕してくれれば「素晴らしい」と発言した。ICEを統括する国土安全保障省の長官クリスティ・ノームも「カリフォルニア州民が再度、ニューサムをリーダーに選ばないように」と述べた(ニューサムは来年に任期上限を迎え、再度の立候補はない)。
10日。メキシコのクラウディア・シャインバウム大統領が、米国が「移民を犯罪化している」と非難し、メキシコ移民は法を遵守する国民であり、米国経済にとって不可欠だと指摘した。これは初日より多くの抗議者がメキシコ旗を振る映像が大量に流れ、メキシコ旗が今回の抗議運動のシンボルとなり、保守派から「アメリカで外国の旗を振るな」の批判が出ているためと思われる。
10日夜。ニューサムは「岐路に立つ民主主義」と題したテレビ演説を行った。同州ですでに220人が逮捕されているとし、平和的な抗議活動を呼び掛けた。同時にトランプは非正規移民のうち犯罪者を拘束するという公約をはるかに超えて、皿洗いや庭師といった人々を逮捕している、LA市内にICEの車が横行しているために子供たちが自分の卒業式への出席を恐れる事態となっている(アメリカでは5、6月が卒業式シーズン)などと訴えた。
ニューサムはさらに、トランプが判事を解雇し、省庁のデータベースを削除し、メディア規制も行うなど、三権分立を無視して民主主義を壊滅させようとしていると主張した。その上で、これはカリフォルニアに限らず、他州にも波及するとも警告した。
また、6月14日の軍事パレードを「過去の失敗した独裁者」のように「誕生日を祝うための下品なパフォーマンス」と激しく非難した。ニューサムは演説の最後を「彼に屈してはならない」と締めた。
ニューサムは2028大統領選における、民主党からの有力な立候補者の一人とみなされている。
移民問題で最も考えなければならないのは「人の心」だろう。非正規移民は違法だ、法に則って国外退去が適正だという正論だけでは移民大国アメリカは運営できない。
アメリカにはアフリカから誘拐してきた無償労働者、すなわち奴隷の労働力によって栄えた歴史がある。奴隷制が廃止されると次は移民の労働力に頼った。
アメリカは必要最低限の移民だけをいかにうまく使うかに腐心してきたが、豊かな労働市場、広大な国土、メキシコとの長大な国境線の存在があり、世界中に数多くある豊かではない国からの移民が殺到した。
アメリカは非正規移民を表向きは批判しながらも、その安い賃金と真面目な労働姿勢を好み、彼らの立場をあえて宙ぶらりんのままとしてきた。トランプ自身も経営するゴルフ・リゾートに非正規移民を雇っていた時期がある。
今、どれほどのアメリカ人が農場でブロッコリーやトマトを一生摘み続ける仕事に就くだろうか。非正規移民なしではアメリカの経済は立ちいかないのだ。であれば、彼らにアメリカの滞在資格と適正な賃金、生活向上の機会を提供するべきだ。
いずれにせよ、移民は暮らし始めた土地に根を張り、生活を築く。アメリカでは出生地法に基づき、ここで生まれた子供は親が非正規移民であっても米国市民となる。子供たちはアメリカで公教育を受け、アメリカを支える納税者、有権者となり、アメリカ文化の担い手ともなる。さらに言えば、大統領になる資格をも持つ。
今、全米各地の抗議運動の映像を見ると、デモ参加者だけでなく、政治家や警官などにも非白人が少なからず見られる。本人は米国籍者であっても、その家族や親族、友人などに移民や非正規移民が含まれている人は多い。こうした人々の親や祖父母をある日突然拘束し、強制送還すると、彼らは精神的にどれほどのダメージを受け、"祖国"であるアメリカへの不信感を募らせるだろうか。
人は誰であれ、不安、恐怖、ストレスが極限に達すると爆発する。それが今回の出来事の理由だ。国の健全な発展を望むリーダーであれば、適正な移民法の施行を行いつつ、人心を荒立てない方法を取り、国の荒廃を防ごうとする。
バイデン前大統領を含む歴代の大統領たちも非正規移民の強制送還を行い、そこには多くの悲劇もあったが、移民の罪状確認も行わずに外国の凶悪犯専用の刑務所に送ることなどしなかった。送還された移民の顔写真を拡大印刷し、ホワイトハウスの前庭に展示することもしなかった。ICEを統括する国土安全保障省の長官がフルメイクとロングヘアでICEの装備をまとい、マシンガンを抱えるという”コスプレ”も行わせなかった。
アメリカの移民問題はアメリカの地理的、経済的、文化歴史的な背景により、完全な解決策は今のところは見つけられずにいる。だからこそ現時点での最適解を模索する努力が大統領に求められる。
しかしトランプとその政権は移民と米国市民の両方を威嚇、不安と恐怖を煽(あお)るのみだ。
6月14日、米国陸軍創立250周年記念のパレードが開催された。この日は奇しくもトランプの79歳の誕生日であったことから、トランプは兵士6600人、戦車を含む車両150台に加え、50機を超える軍用機が参加する盛大なパレードを企画した。
トランプはパレードを妨害する者は「厳しく罰せられる」と述べた。
その日、全米各地で「No Kings」(王などいない)と銘打った反トランプ・デモが行われた。主催団体のウエブサイトには、以下のメッセージが掲げられた。
「彼らは裁判所を無視し、アメリカ人を国外追放し、街から人々を失踪させ、公民権を侵害し、公共サービスを削減した。腐敗は行き過ぎだ。王座も、王冠も、王様も存在しない」(敬称略)