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国境の住民が頭を痛める、「トランプ氏の壁」より深刻な問題

ニューヨークタイムズ 世界の話題
カリフォルニア州ブローリーのニュー川近くに積み上げられたごみの山=2019年2月4日、Emily Kask/©2019 The New York Times

メキシコとの国境に接する米カリフォルニア州カレクシコ。この人口4万人の住民は、国境を越えて流れるニュー川の汚染に長年苦しんできた。メキシコ側にある都市メヒカリは人口が急増し、産業も急成長している。そこから出される有害物質がこの川に捨てられ、カレクシコに流れ込んでいるのだ。

ニュー川の汚染源は人畜の排泄(はいせつ)物や工場廃棄物、生ごみなどだ。メキシコ側のメヒカリ渓谷を源流とするニュー川は国境を越え、周辺に強い刺激臭をまき散らして流れ込んでいる。しかも川の水だけの問題ではない。メキシコ側にある工場、違法な医薬品焼却場、タイヤ処分場から出されるばい煙が大気中に流れ込み、周辺地域ではぜんそくが広がっている。

首都ワシントンでは、南西部2千マイル(約3200キロメートル)の国境沿いに壁を建設する何十億ドルもの建設費を巡って議論が沸騰しているが、カレクシコなどインペリアル渓谷の農業地帯に暮らす多くの住民は、壁の建設費の少しでもいいから公衆衛生に費やして欲しいと思っている。メキシコの環境規制は法的にずさんで実効力もないため、環境汚染が常態化しているのだ。

「感染症の巣窟だよ」。カレクシコ西部のニュー川に隣接する高台に暮らすアルトゥーロ・サンティアゴ(50)はそう言った。「窓を開けると、おならのような臭いがする」

国境のメキシコ側の都市メヒカリは、ここ数十年、北米自由貿易協定(NAFTA)の恩恵もあって急速に都市化が進み、今や100万人を超える人々が暮らす。人びとは、ニュー川を排水溝のように使って、家庭の生ごみや工場から未処理で出される有害物質をそのまま投棄してきた。都市化が進んで汚染に拍車がかかっている。

川の浄化努力は行われた。それでも不気味な泡と大量のごみにまみれた暗緑色の水が国境フェンスをくぐり抜け、カリフォルニア州を北上してソルトン湖に流れ込む。

地元の水道管理委員会が出した2018年の報告書によると、ここ数年ニュー川には何千万ガロンもの生ごみが投棄されており、限度目標値とは桁違いの大量の糞便(ふんべん)系大腸菌が含まれていた、としている。

カリフォルニア州議会議員たちも、ニュー川は結核や脳炎、ポリオ、コレラ、肝炎、それに腸チフスを引き起こす病原体を運び込んでいるとの認識を示している。しかし、人口4万人のカレクシコには健康被害を防ぐ手立てがほとんどない。

カリフォルニア州カレクシコを流れるニュー川は汚染で泡立っていた=2019年1月24日、Emily Kask/©2019 The New York Times

カレクシコのシティーマネジャー補佐、ミゲル・フィゲロアはニュー川のことを「歴史的な環境正義の問題」(訳注=「環境正義」とは環境問題で“正義"の実現を目指す概念)と呼んだ。川の西側に隣接する住宅地は昔から低収入家庭が多く、そのほとんどは農業で生計を立てている。比較的貧しいうえに州都サクラメントに対する政治的影響力もない。そのため汚染問題に関心を持ってもらえない、と彼は嘆いている。

多くの人びとは川を塞ぎ、汚染物質を除去するために水を迂回(うかい)させるよう訴えている。

ニュー川の汚染問題は住民以外の間でも関心が高まっている。国境警備上の問題でもある、と言ったのは米税関・国境警備局の広報官デビッド・キムだった。「密航組織は今でもニュー川を利用して米国内に人を送り込んでいる」。一方でキムは、国境警備官が違法入国者を追いかけようとしても汚染がひどすぎて川に入れないのだ、と言うのだった。

大気汚染も深刻化している。カレクシコ北部のブローリー小学校地区委員のギルバート・レボラールに聞くと、大気の汚染が深刻すぎて児童生徒も普段は外出できない、と言った。16年のカリフォルニア保健面接調査によると、インペリアル郡内の子どもたちの約20%がぜんそくにかかっている。この数字は州平均の倍だ。しかも国境にじかに接している町では、比率がさらに高くなるとみられる。

「ここは危機的状況にあるが、移民とは関係ない」とレボラールは言った。インペリアル郡の大気汚染規制地区分析員でもある彼は、「カネだけの問題ではない。メキシコ側の責任問題だ。メキシコの病院には、医療廃棄物を夜間に持ち出して焼却しているところもある」と言及した。

先述したニュー川に隣接した高台に暮らすサンティアゴは、同地に移り住んだ2000年以降、壊れたエアコンは4台に上った、と言った。大気に含まれている化学物質による腐食が原因ではないか。彼や近所の人たちはそう疑っている。だが、地元の大気汚染管理当局は市民のこうした疑問に気づいていなかったという。

カレクシコを流れるニュー川沿いに住むアルトゥーロ・サンティアゴ(右)と息子=2019年2月1日、Emily Kask/©2019 The New York Times

レベッカ・サパタとミゲル・サパタ夫妻は、住宅価格の安さにひかれて1990年代にニュー川近くに移ってきた。孫のケビン(15)がよく遊びに来るが、ひどいぜんそくになった、と言った。76歳のレベッカもアレルギーがひどく、毎週医者にかかっている、と明かした。

地元の保健所に尋ねると、アレルギーの原因を特定の環境要因に帰するのは困難だと言った。だが、大気汚染に対する住民の不安と疑念は拭えない。

20年近く前のことだが、米環境保護局は国境のメキシコ側に下水処理費として総額3100万ドルを供与した。川が米国側に流入する前の段階で水質を浄化する、というプロジェクトで、2007年に終了した。プロジェクトはNAFTAが創設した北米開発銀行(NADB)の資金援助で実施され、川のメキシコ側を導管で包み込んだ。米国側では導管は設置されなかった。

その後17年5月までの間に、カリフォルニア水質管理委員会は新たな警告を出していた。汚染問題の解決は進展したものの、メキシコ側の「汚水処理設備の劣化」で、水質に深刻な脅威をもたらしているという内容の決議を米国当局および国際機関に提出していた。同委員会によると、メヒカリで少なくとも半年にわたり最低月に1度、100万~1300万ガロン(1ガロン=約3.8リットル)の汚水が未処理のまま川に流されていたという。

国境沿いに暮らす多くの人たちは、プロジェクトが米国側で実施されなかったことに不満を募らせている。「米国の資金がメキシコに流れ込んでいるだけだ。どう考えても腑(ふ)に落ちない」とカレクシコのシティーマネジャー補佐フィゲロアは言った。

米国側のニュー川再開発はここ15年ほど遅々として進まない。地元、州、連邦レベルの20以上の関係機関がニュー川に対する責任を何がしか避けている。たぶん再開発の遅れの原因の一部は、例のお役所仕事にある。

「深刻な環境問題になっていて、人びとは大声で叫んでいる。そこに住む人びとや健康問題に影響も出ている。これは最優先課題だ」とカリフォルニア州議会でニュー川の汚染問題を取り上げている州下院議員のエドゥアルド・ガルシア(民主党)は言った。

ニュー川の水質浄化問題は、その後2度にわたって進展が見られた。16年、カリフォルニア州は汚水を1カ所に集めて処理するための初期技術開発費として140万ドルを計上した。18年にはソルトン湖の環境改善計画の一部として1千万ドルを汚水処理の初期技術開発プロジェクトに配分した。

しかし、浄化の約束から何十年も無為無策を見せつけられてきたカレクシコの住民は、こうした支援が実際に届くかどうか確信できないでいる。国であれ州であれ、政府には疑念を抱いている。 「彼らは金を盗むか、何もしないかのどちらかだ」とサンティアゴ。「連中は注意なんか払ってはくれない。関心がないのだ」と言うばかりだ。(抄訳)

(Jose A. Del Real)©2019 The New York Times

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