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アメリカのトランプ大統領とイーロン・マスク氏による口論、新党結成にまで発展?

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DOGEからの退任会見の際、トランプ大統領(右)から記念の鍵を贈られ、握手するイーロン・マスク氏
DOGEからの退任会見の際、トランプ大統領(右)から記念の鍵を贈られ、握手するイーロン・マスク氏=2025年5月30日、ホワイトハウス、ロイター

6月、イーロン・マスクとドナルド・トランプ大統領がSNS上で激しい舌戦を繰り広げた。お互いに険しい言葉を投げつけ、双方の援護者からはトランプを「弾劾せよ」、南ア出身の移民であるマスクを「強制送還しろ」といったセリフまで飛び出した。7月に入ると、いがみ合いは「エプスタイン・ファイル」「新党結成」にまで及んだ。(堂本かおる=ニューヨーク在住ライター)

マスクが激昂した理由は、トランプ念願の予算削減法案、通称「ビッグ・ビューティフル法案」に電気自動車への補助金削減が含まれており、テスラ社が大きな痛手を被るであろうことだった。他方、トランプはマスクが選挙戦への莫大な寄付を止めるとしたことで“利用価値”がなくなったとみなした可能性がある。

理由はともあれ、大統領と世界一リッチな人物のヴァーチャルな殴り合いが世界中に公開され、嘲笑の的となった。かつ時代をリードするはずの最先端IT企業経営者であるイーロン・マスクの、まったく自制の効かない暴言と数々の奇行に世界は目を見張った。

子どもにXと名づける

イーロン・マスクは今年1月20日、トランプの大統領就任と同時に政府効率化省(DOGE)の責任者に任命された。これによりマスクは連邦政府職の経歴をまったく持たないにも関わらず、政府予算カットの大ナタを振るうこととなった。連邦職員の大量解雇は全米にパニックを引き起こし、人命支援を無視した国際開発局(USAID)全廃は世界中から非難された。

また、DOGE職員として主に20代の若いテック・チームを雇い、国民データにアクセスさせることも非難轟々となった。チームの最年少19歳のエドワード・コリスティンのオンライン・ニックネームが「Big Balls」(大きな睾丸)であることはSNSを駆け巡るミームにもなった。

マスク本人も首都ワシントンD.C.にあるDOGEのオフィスに詰め、同時にトランプの自宅でもあるフロリダ州のマールアゴーでのイベントにも頻繁に顔を出していた。この時期、マスクは文字通り24時間不眠不休でD.C.とフロリダを往復していたようだ。

やがてマスクは4人の女性との間にもうけた14人の子供のうち、5歳の息子X(本名は "X Æ A-Xii" )を頻繁にホワイトハウスに連れてくるようになった。幼いXはトランプに懐き、 大統領執務室で遊んでいたり、トランプと共に大統領専用ヘリコプター、マリーンワンに乗り込んだりする姿が報じられるようになった。しかし、Xの母親が「子供をメディアに晒(さら)さない」という親権争いの際の取り決めに反するとマスクに苦情を申し立て、その後、Xの姿は見られなくなった。

なお、マスクは他の子供の母親とも親権などで法的に揉め、すでに成人となっているトランスジェンダーの娘とは絶縁状態にある。さらに別の子供の母親が、マスクは「日本人のポップスター」との間にも子供をもうけている、マスクは子供を望む女性には誰にでも精子を提供すると語ったと報じられている。ただし日本人ポップスターが誰を指すのか、確認は取れていない。

3月:選挙応援の失敗

マスクはトランプの大統領就任イベントでナチスの敬礼に見えるジェスチャーを行った。瞬時にして世界中から批判されたが、マスクは「ナチスの敬礼ではない」と抗弁し、政府予算削減策に勤しんだ。その結果、国内外に反マスクの気配が高まり、テスラの売り上げが下降した。

2月には保守派の政治イベントのステージでチェーンソーを振りかざし、「これは官僚主義へのチェーンソーだ!」と叫んだ。

テスラの売り上げ不振は回復せず、トランプは3月半ばにホワイトハウス前庭にテスラを持ち込ませ、テレビ通販の司会者よろしく視聴者に向かってテスラを売り込んだ。この時期までがマスクとトランプの蜜月期だったと言える。

それでもアンチ・マスク、アンチ・テスラの険しい空気は収まらず、全米各州とカナダで少なくとも10カ所のテスラ・ディーラー、充電スタンドなどが放火やスプレー・ペイントなどの被害を受けた。さらに多くのテスラ・ディーラー前で抗議デモが行われ、FBIが専任のタスクフォースを結成するに至った。

イーロン・マスク氏に抗議活動する人たち
イーロン・マスク氏に抗議活動する人たち=2025年3月29日、ニューヨーク、ZUMA Press Wire via Reuters Connect

2人の関係性にやや陰りが生じたのは3月末と思われる。マスクはウィスコンシン州での州最高裁判事の選挙応援イベントに駆け付けた。保守とリベラルの判事が対峙する、非常に注目された選挙だった。

マスクは事前に2000万ドル以上を選挙に費やし、当日は「チーズヘッド・ハット」をかぶってステージに飛び出した。同州はチーズの名産地であり、大きな三角形のチーズをかたどった帽子は同州の名物。さらにマスクは、リベラル判事に反対する嘆願書への署名で100万ドルが当たる懸賞を催し、懸賞の勝者3名に壇上で大きな小切手を渡した。これは違法ギリギリの行為だが、最終的に合法とみなされた。

しかし、マスクが応援した保守派の判事は落選し、マスクは以後、政治キャンペーンへの支出を削減すると発表した。

マスクは昨年11月の大統領選でほぼ同じ手法でトランプに貢献している。選挙の1カ月前にトランプの選挙キャンペーンのステージに躍り出て高くジャンプし、やはり違法すれすれの方法で有権者に大金をばらまいた。それも含め、マスクはトランプの選挙戦に約2億7500万ドルを費やしている。

マスクは判事選も自分が「顔」と「現金」を出せば勝てると思ったようだが、失敗した。トランプのマスクに対する失望は、この時からかすかに始まっていたようにも思える。

5月:ホワイトハウスから「退場」

5月24日、マスクはテスラとスペースXに専念する時が来たとポストした。

「24時間365日仕事に明け暮れ、会議室/サーバー/工場の部屋で寝泊まりする日々が戻ってきた。重要な技術の展開が控えているので、X/xAI とテスラ(そして来週のスターシップの打ち上げ)に全力で取り組まなければならない」

30日、マスクはトランプの執務室にてDOGEからの正式な引退表明を行った。特別政府職員は勤務が130日までと定められていることも理由だった。マスクは映画「ゴッドファーザー」のロゴを「DOGE Father」に置き換えた黒いTシャツ姿で現れ、トランプから記念品として、ホワイトハウスの絵が描かれた木箱に入った鍵を受け取った。

この日、マスクは右目に黒いアザがあり、それについて聞かれると「息子のXと遊んでいてパンチを受けた」と説明した。この日、トランプもマスクも儀礼的に振舞ったが、かつての親密さは見られなかった。

実は2日前に放映されたCBSによるインタビューで、トランプが成立を渇望している「ビッグ・ビューティフル法案」についてマスクは「失望した」と言い、さらに「法案は "ビッグ" と "ビューティフル" の両方にはなれないよね」と冗談を飛ばしていたのだった。

ちなみにマスク自身はDOGEによる予算削減額のゴールを当初は「少なくとも2兆ドル」としていたが、成果はわずか1800億ドルだった。しかもその額を検証した多くのメディアが金額の正確さを疑問視している。

DOGEからの退任会見で話すイーロン・マスク氏
DOGEからの退任会見で話すイーロン・マスク氏=2025年5月30日、ワシントン、ZUMA Press Wire via Reuters Connect

6月:「エプスタイン・ファイルにトランプの名前がある」

6月になると、マスクはXにて法案を激しく批判し始めた。

「悪いが、もう耐えられない。この巨額で法外な、豚肉まみれの議会支出法案は本当に忌まわしい」

「豚肉」とは特定の地域などに利益をもたらす限定プロジェクトに配分される政府資金を指す政治スラング。マスクは「pork」と略しているが、通常は「pork barrel」。

「上院議員に電話しろ、下院議員に電話しろ、アメリカを破産させるなんて許されない!この法案を廃案にしろ!」

さらにマスクはトランプの10年以上も前のツイート(現X)を掘り起こし、それに対する皮肉を連投。

大型法案に関するイーロン・マスクのX投稿

マスクからのこうした攻撃を受け、トランプはドイツのフリードリヒ・メルツ首相とともに大統領執務室で演説した際、マスクと「素晴らしい関係を築いてきた」が、「今後は分からない」と語った。さらにホワイトハウスでのインタビューで「法案は素晴らしい」「イーロンには非常に失望した」「イーロンをたくさん助けたというのに」と不満を口にした。

このインタビューを見たマスクはすぐさまXにて反撃した。

「なんだよ。石油・ガス補助金には手を付けない(非常に不公平だ!)くせに、電気自動車(EV)と太陽光発電へのインセンティブ削減は法案に残すんだろ。あの忌まわしい豚肉の山は法案から外すべきだ。(中略)大きくて醜い(ビッグ・アグリー)法案か、スリムで美しい法案か、どちらかだ」「この大きくて醜い法案は財政赤字を2.5兆ドルまで増やすだろう」

自ら「ビッグ・ビューティフル」のフレーズを思いつき、いたく気に入り、頻繁に繰り返しているトランプにとって、マスクの「大きくて醜い」は相当に腹立たしいものだったと思われる。

さらにマスクは「オレがいなければトランプは選挙に負けていただろう」「なんて恩知らずなんだ」とすらポスト。

トランプは「奴は発狂した!」と応酬。

留めとして、マスクは「エプスタイン・ファイルにトランプの名前が記載されている。書類が公開されない本当の理由だ」と、未成年へのセックス・トラフィッキングなどにより有罪判決を受け、留置場で自殺したジェフリー・エプスタインとトランプのつながりを持ち出した。

この後も2人はSNSとニュース番組で非難の応酬を続けたが、翌週の11日、マスクが唐突に謝罪をポストした。

「先週、トランプ大統領についてのいくつかのポストについて後悔している。行き過ぎだった」

新党「アメリカ党」を結成

マスクはケタミン、エクスタシー、幻覚キノコ、アデロールなど薬物の常習で知られている。ビッグ・ビューティフル法案によってテスラ/スペースXの経営に支障が出ることへの不安と怒りが、薬物摂取により見境のない言動となってしまったのではないだろうか。ピューリッツァー賞受賞歴のある著名な風刺画家のアン・テルネスは、麻薬によって廃人となったマスクが麻薬の注射器に囲まれているイラストを描いている。麻薬の中身は「エゴ」「権力」「データ」となっている。

そのマスクもいったん冷静さを取り戻すと、トランプとのいさかいによってスペースXと連邦政府の契約を取り消されることを恐れたのかもしれない。

一方、トランプも来年は中間選挙、2028年には再度の大統領選を迎える。憲法違反であることを無視してでも自身が3期目に出るかはともかく、選挙戦においてマスクの莫大な個人資金は捨てがたいはずだ。

しかしマスクの謝罪以後、トランプはマスクへの強い批判こそ口にしていないものの、マスクと和解する気はないように見える。トランプは一度敵対した相手は利用価値がない限り許さないことで知られる。

いずれにせよマスクはスペースXとテスラに完全復帰した。6月18日、テキサス州にあるスペースXのテスト施設でスターシップ36のテスト発射が行われた。だが、発射前に先頭部が大爆発を起こした。人的被害はなかったが近隣の建物の窓が揺れたなどの報告があり、自然環境への影響も心配されている。それでもマスクは事故を「ただのカスリ傷」と言い放った。

その数日後には同じくテキサス州のオースティンでテスラ車を使っての無人タクシー「ロボタクシー」の試験運用を開始。ただし現在は助手席に「安全モニター」と呼ばれる人員が乗車し、招待客だけを乗せている。テスラ社は今後、ロボタクシーを各都市で2000台まで増やすとしている。

アメリカという大国の大統領が、ある種の天才ではあるかもしれないが、人間性が極度に不安定な人物を独断で政権の中枢に入れ、これほどまでの混乱を巻き起こした。やがて2人は喧嘩別れし、1人は自営業者に戻った。しかし、2人に解雇された大量の人々の人生は変わり、USAID廃止によって命を亡くした無数の人々はもはや戻ってはこない。

ビッグ・ビューティフル法案は可決され、アメリカ独立記念日である7月4日に「One Big Beautiful Bill Act」としてトランプが署名した。

その翌日、マスクは新たな政党「アメリカ党」を結成し、2026年の中間選挙でアメリカを揺さぶるのだと豪語した。(敬称略)