仲間から「キャンセル」された私 分断のアメリカで対話の場をつくる理由

――第2次トランプ政権になり、米国では、分断が埋まる気配は見えません。現状をどう見ていますか。
青(民主党の支持者)の側は、いま起きていることに大きな恐れや悲しみを感じ、そして、自分たちにとって忌まわしく感じる視点をもつ側とどうかかわれるのか、を考えようとしているように見えます。
でも、赤(共和党の支持者)の側は「青側の人たちは嫌いじゃないし、かかわりは持ちたい。でも私たちの抱える不安についてもっとわかってほしいのに、なかなか理解されない。(糾弾されるようで)発言することも怖く感じる」と思っているようです。
つまり、恐怖が増幅されている側と、話を聞いてもらいたいと思っている側に分断されているように見えます。
私たちのプログラムも、赤側の声を聴き、青側の不安を払しょくするよう意識しています。
話を聞いてもらうという経験をすれば、自分が拒否されたと感じず、怒りを鎮め、考え方が極端にふれることを防げると思っています。
そういう場さえあれば問題なく解決できる、というほどナイーブに考えてはいません。でも、こうした場では、一方的に言いっぱなしではなく、お互いに質問し、お互いの声を聴ける環境がある。これまでにない場を作れればと思っています。私たちだけで(分断の問題の)解決策にはなりませんが、でも解決の一助になりたいです。お互いの声を聴く場は絶対に必要です。
――Braver Angelsの活動は広がっています。6万人以上が参加し、1万5000人以上が会員になり、5000以上のイベントを開いてきたと聞きました。
私のような職員は約30人います。ニューヨークに本部があって数人いますが、首都ワシントンにも数人、ミネソタ州にも数人と全国にいます。ただ、大きな役割を担ってくれているのは、各地でボランティアとして活動し、リーダーを務めてくれている人たちです。
ボランティアには、司祭や牧師、メンタルヘルスの専門家ら地域のリーダーも多いです。各地域で分断の影響を目の当たりにし、参加し、次第に活動の担い手になってくれています。
――なぜ、社会に分断が生まれているのだと思いますか。
私自身は、グーグルの研究員などとしてインターネットの影響を調査した経験もあります。そこで見たのは、(SNSなどで同じ情報にばかり接して、ものの見方が狭くなる)フィルターバブルやエコチェンバーの影響の大きさです。これが問題の核心だと思っています。
団体としての見解ではなく、私の仮説ですが、私たちがインターネットやSNSをまだうまく使いこなせていないということなのではないかと思っています。過激な意見が提示されやすく、誰もがごく自然に、『私もそう思っていた!』と言いやすい環境ができ、フィルターバブルにこもりやすい状況になっています。
つまり、SNSとテクノロジーが主な要因ではありますが、スマートフォンが出てくる前から、家族や教会などといったコミュニティーと距離が生まれるようになっていました。多少の違いがあっても付き合わざるを得ないと思ってきた関係がなくなれば、ときに煩わしくもある調整をしなくてもよくなる一方で、物理的に人とつながりを持ちづらい状況も生むようになりました。
最近、若い人たちは教会に戻っているとも聞きますが、(アメリカの政治学者、ロバート・パットナム氏の書いた本「孤独なボウリング:米国コミュニティの崩壊と再生」のように)一人でボウリングをしている、といわれる状況です。
個人的には、Braver Angelsがつながりを感じられる場になっていければとも思っています。
――ご自身は、どうしてBraver Angelsに参加するようになったのですか。
私は、2018年にボランティアとして参加するようになりました。その後、数年たって、この職員の枠が空いたタイミングで、活動が本当に好きだったので、当時の仕事を辞め、この団体の職員になりました。
私自身、「政治的なホームレス」とも呼ばれる状況にあります。父は貧しい家庭の出身で、母は軍人の家で育ち、私自身はいわゆる中産階級の家庭に育ちました。
大学時代に民主党へ参加しました。でも、方向性が違うと思いはじめ、仕事のかたわら、社会民主主義をうたう労働者のための団体「米国民主社会主義者(DSA)」で活動するようになりました。しかし、その後、団体の文化が大きく変わり、労働者階級の課題に取り組む姿勢がみられなくなった。むしろ、民主党と同じで、アイデンティティ・ポリティクスなど急進的なものばかりに取り組むようになった。こんないわゆる「左派」にとてもがっかりさせられたのです。
キャンセルカルチャー(社会的に好ましくない発言や行動をしたとして個人や組織をSNSなどで糾弾し、社会から排除しようとする動きのこと)にあったことがあります。
DSAの大会で、労働組合の組織拡大をしていた男性を全国リーダーに選出しようとしたときのことです。男性が勧誘活動をしたのが(米国にある)警察官の労組だったことから、声が大きい新メンバーたちが、リーダーにするのは反対だと声を上げました。彼らは、警察は圧制を行う、資本家に近い権力側だとして批判的な立場をとっていたからです。それに対して、男性を擁護する立場をとったところ、私も攻撃されるようになりました。
また、(小説「ハリー・ポッター」作者の)J.K.ローリング氏がトランスジェンダーの性転換について慎重な姿勢を示したコメントの投稿を、SNSでシェアしたとき、本当にたくさんの友人を失いました。重要な論点を提示し、話し合いたかっただけなのに、(SNS上で)陰湿で、人を懲らしめてやろうというような反応をされました。その晩は、眠れませんでした。
こんな体験に恐怖を覚えたとき、この活動を知り、ボランティアとして参加するようになったのです。自由に、恐れずに話せるという環境で、それこそ求めていた場所でした。
(民主党内の大統領候補だった)バーニー・サンダース氏の支持者の一部が、トランプ支持に転じたように、一般的な米国人のために現状を変えたいという気持ちになったのです。労働者階級の声に耳を傾けるという点で、サンダース氏の支持者とトランプ氏の支持者層は重なるんです。私は共和党支持だったことはないですし、トランプ氏に投票してはいない。それでも、トランプ氏の支持者の運動に共感を抱くようになりました。
――Braver Angelsのワークショップでは、オンラインと対面の両方がありますね。
オンラインは、より多くの人につながる手段です。地域に私たちの活動がなくてもオンラインで参加してもらい、気に入ってもらえれば、トレーニングを受けてもらい、自分の地域で対面のワークショップを開いていってもらえればと考えています。
――どんなトレーニングですか。
討論の議長役であれば、週末で見られる程度のビデオをいくつか見てもらう。その上で、オンラインで職員らが議論を壊そうとする参加者役を演じる模擬討論をやります。その参加者をちゃんと議論に参加するようにふるまわせなくてはいけない。それが、無事終われば、もう準備完了、となります。
――活動を進める上での課題は、どんな点ですか。
一つは、参加してもらうための信頼関係を築く難しさです。(誰かを対話に招こうとするとき)人によっては、笑いものにするために自分を呼んでいるのでは、と警戒します。本当に敬意をもって対応してくれるのですかと。
また、専門家や医者といわれるような人たちも、かつては専門家という肩書だけで信頼されました。でも、人々は今、専門家に頼らず、「自分たちで調べて」動き出します。こういった健康や医療にかかわる不安を抱える一般の人たちと真面目に向き合わなければ、医者や専門家はますます信頼されなくなり、話を聞いてもらえなくなる時代です。
信頼を取り戻すのは大変ですが、私たちの活動はこうした課題を抱える人たちに場を提供したいと思っています。
アメリカの高校や大学ではディベートの授業がありますが、勝ち負けがある場合が多いです。私たちのやり方では勝ち負けはなく、その認識を改めてもらうことも課題です。
また、この活動には批判もあります。(ときに)事実が間違っているものを話させることは、偽情報を広げることになるのでは、と指摘があります。
ただ、ファクトチェックは非常に難しく、時間がかかる。中立性を保とうと、私たちがファクトチェックすることはしません。そもそも誰が真実を語っていると思うか、それに合意できるかも問題となっているわけです。参加者には、間違っていると思うなら、それをその場で質問して、といっています。
――今後、力を入れることは。
私たちの団体で重視しているのは、相手を説得するのではなく、相手を理解することです。すでにいろんな団体と提携関係を結んでいますが、(トランプ氏の主張する)「メイク・アメリカ・グレイト・アゲイ
ン(MAGA)」を支持する人たちにも参加を呼び掛けています。
実は今年2月のオンライン討論には、子どもにワクチン接種することに反対する女性に参加してもらいました。彼女自身、討論の場で自分の主張をどう受け止めらえるか不安を抱えていたようでしたが、自由に話せ、受け止められたことに驚いていました。
――赤と青の分断といわれますが、赤の中でも、そして青の中でも分断が生まれているのではないでしょうか。
まさに、そうなんです。その問題についてもプログラムを作ろうとしています。異なる立場の人に良い人がいれば、「わりと良い」と思い直すのに、同じ立場をとっているはずの人に疑問を投げかけられると、裏切られたような気持ちになる傾向があります。これが、より問題を難しくしています。
青と赤の間の対話だけでなく、青だけで、または赤だけで異なる見解を持つ人たちを集めて、第三者をいれながら話し合っていけないか、と。人々が、それぞれに異なる見解を持っているという認識をもつことそのことが、時に熱しやすいこの問題の温度を下げることにつなげられると思っています。
――ご自身は、日本とも接点があるそうですね。
祖父が米軍で働いていたので、母は1948年、横浜生まれです。祖母から日本の話を聞いて関心を抱き、出身のミシガン州と滋賀県が姉妹県州の関係であることから、1999年、高校時代に滋賀県に数週間、留学しました。その後、2005年には愛知万博で働き、2007年から2009年まで滋賀県の高校で外国語指導助手(ALT)として働きました。
――この活動は日本でも有効そうです。
あらゆる文化は、それぞれ強みと弱さがあります。日本人の人たちが、お互いにぶつらかないように、主張ばかりにならず、集団的に物事を考える傾向があることは、アメリカ人が学ぶべき点だと思いました。ただ、日本の高校で教えたとき、教育の場で、生徒たちが異なる立場をとって議論するということに慣れていないんだなという印象も持ちました。
これは、伝統的な米国の対立型の議論の進め方ではないので、日本の人にとっても、とっつきやすいかもしれません。たとえば日本の高校のクラブ活動などで試してみたかったら、お声がけいただければやり方はお伝えしますよ!