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ビヨンセが今なぜカントリーアルバム?人種や文化で分断されたアメリカ社会に一石

World Now 更新日: 公開日:
アメリカのラジオ番組主催「iHeartRadio Music Awards」でイノベーター賞を受賞したビヨンセ
アメリカのラジオ番組主催「iHeartRadio Music Awards」でイノベーター賞を受賞したビヨンセ=2024年4月1日、ロサンゼルス、ロイター

世界的なスーパースター、ビヨンセは、常に自身のアイデンティティーを模索し、新たなドアを開くチャレンジを行い、かつ人道支援を続けてきた文化・社会活動家でもある。そんなビヨンセが発表した新作は自身初のカントリーアルバム。その意図や思いとは何か、ビヨンセのルーツや人種差別に反対する活動からニューヨーク在住ライター、堂本かおるさんが読み解く。

3月29日、ビヨンセが東京・渋谷のタワーレコードで予告なしの緊急来日サイン会を行った。ニューアルバム「カウボーイ・カーター」の発売日に極秘来日したビヨンセは、当日に駆け付けた幸運なファン150人の目の前でアルバム・ジャケットにサインしたのみならず、一人ひとりと会話を交わし、握手やハグまで行った。

新作はビヨンセ初のカントリーアルバムとして、アメリカでは人種、文化、社会的にも大きな話題となっている。

カントリー音楽を歌ってブーイングされた過去

アルバムに先駆けて2月にリリースされたシングル「テキサス・ホールデム」はビルボードのカントリー・チャート初登場1位となった。黒人女性として初の快挙であり、以後8週連続で首位を維持している(4月9日現在)。

TikTokには、軽快な同曲に合わせてカウボーイハット、カウボーイブーツのいでたちで踊る若者の動画があふれ、大きなブームとなっている。

カントリー・ミュージックは伝統的に白人の音楽と位置付けられ、ゆえに数少ない黒人カントリー・ミュージシャンは白人リスナーの獲得に苦労をしてきた経緯がある。その垣根をビヨンセは軽々と越えてしまったように見える。

だが、世界に名だたるスーパースターのビヨンセでさえ人種による音楽ジャンルの越境は簡単ではなかった。

ビヨンセは2016年、傑作の誉れも高いアルバム「レモネード」に収録のカントリー曲「ダディ・レッスンズ」を、同年の「カントリー・ミュージック・アワード(CMA)」のステージで、同郷の女性カントリー・トリオ、ザ・チックス(元ディクシー・チックス。2003年にイラク戦争を行ったブッシュ大統領を批判し、カントリー・ファンからボイコットを受けた)と共に歌い、白人カントリー・ファンからブーイングを受けている。

ザ・チックスとカントリー曲「ダディ・レッスンズ」を披露したビヨンセ

カントリーのルーツは黒人音楽

実のところ、カントリーと伝統的なアメリカ黒人音楽であるブルースは同じルーツを持つ。

極めて簡略に言うと、奴隷制時代に黒人が白人のために演奏した(させられた)音楽がのちにカントリーと呼ばれるようになり、黒人が黒人自身のために演奏したものはブルースと呼ばれるようになった。

その後、現在に至るまでアメリカ社会の人種の分断、それに基づくレコード会社のマーケティングにより二者は異なる音楽ジャンルと認識されることとなったのだった。

テキサス州で生まれたビヨンセは、カントリー音楽やカウボーイ文化にもなじんで育っている。にもかかわらず、黒人であることからカントリーを歌って観客から拒否されたことにおののき、改めて音楽の歴史を学んだと言う。

それも含めて5年がかりで完成させたのが今回の「カウボーイ・カーター」だ。それでもオクラホマ州のカントリー専門ラジオ局KYKCは、リスナーからの「テキサス・ホールデム」オンエア・リクエストに対し、「カントリー専門局としてビヨンセをオンエアしません」と答え、SNS上での炎上を招いている。

このようにビヨンセのカントリーへの挑戦は、複数の文化を併せ持つ"黒人テキサスっ子"としての、アメリカ社会における人種分断への挑戦でもある。

少年射殺事件をきっかけに人種差別抗議運動を支援

2012年、フロリダ州にて17歳の黒人少年、トレイボン・マーティンが自称自警団の男に射殺される事件が起きた。BLM(ブラック・ライブス・マター)というフレーズが生まれるきっかけとなったこの事件は非常に大きな注目を集め、翌年の裁判はテレビ中継されるも犯人は無罪釈放となっている。

その直後にニューヨーク市で行われた抗議デモにビヨンセとJay-Zも参加し、被害者トレイボンの母親とも会っている。ただし「演説や写真撮影のために来たのではない」と、メディアの取材は受けなかった。 

この時期まで、ビヨンセは黒人問題へのメッセージをほとんど発しない、支援を行わないと批判を受けていたのだが、これ以降、Jay-Zと共にBLMへの強力な支援を続けることとなる。

2014年にミズーリ州ファーガソンで黒人青年マイケル・ブラウン(18)が警官に射殺され、2015年にメリーランド州ボルティモアにて黒人青年フレディ・グレイ(25)が警察の監視下にありながら亡くなるとBLM運動が一気に盛んになった。

抗議デモで多数の逮捕者が出た際、夫妻はその保釈金を拠出したと伝えられている。翌2016年、先の犠牲者、トレイボン・マーティンが21歳になるはずだった誕生日の2月5日に、夫妻はブラック・ライブス・マターに150万ドルの寄付を行っている。

寄付の2日後、ビヨンセはスーパーボウルのハーフタイムショーにてパフォーマンスを行った。メインのアーティストはロックバンドのコールドプレイだったが、共にゲストのビヨンセとブルーノ・マーズの共演はハーフタイムショー史に残る名演とされている。

ビヨンセはタイトな黒い革の衣装に、胸の前で「X」型に交差させたゴールドのハーネスといういでたち。全員女性のバックダンサーも黒革の衣装に、1960年代に活動したラジカルな黒人政党、ブラックパンサー党をイメージしたアフロヘア、黒いベレー帽。このダンサーたちがビヨンセを中心に激しく踊りながらX型のフォーメーションを取った。

黒人史を知る視聴者であれば、これも1960年代に活躍し、暗殺された黒人リーダー、マルコムXへのオマージュであると理解した。

歌われた曲「フォーメーション」の歌詞も、自身のルーツと黒人性を、普段のビヨンセとはかけ離れた直截(ちょくせつ)で大胆な歌詞「私は自分のニグロの鼻、ジャクソン5の鼻の穴付き、が好き」に加え、「すべて自分で稼いだマネー」と、黒人であり、女性である自身の成功を、あえての尊大さとユーモアを込めて表したものだ。

「軽いフェミニズム」という批判への答え

ビヨンセは2013年にリリースした5枚目のアルバム「ビヨンセ」からのシングル「フローレス」に、ナイジェリアの女性作家、チママンダ・ンゴジ・アディチのスピーチの一部を引用している。引用はアディチの許可を得ていたが、アディチは「ビヨンセのフェミニズムのタイプは私のものとは異なる」とコメントを発した。

引用部分は、女の子は男の子に脅威を抱かせないために自己を萎縮させるよう育てられるといった内容だったが、アディチはビヨンセの楽曲やパフォーマンスの多くの部分が、男性の存在を必要以上に意識した女性たちを体現していると解釈したのだった。

イギリスのベテラン・シンガーのアニー・レノックスも、ビヨンセは「軽いフェミニスト」と批判した。レノックスは「トワーキング(お尻を激しく振るダンス)はフェミニズムではない」と、女性シンガーたちのパフォーマンスが性的過ぎることを指摘した。

衣装や振り付けによりセクシュアリティーをパフォーマンスの重要な要素としてきたビヨンセは、この批判をどう受け止めたのか。2016年の次作「レモネード」がその回答ではないかと思われる。

アルバム「レモネード」に収録された「Sorry」

「レモネード」は、ビヨンセが女性であり、妻であり、母親であること、黒人であること、後述する”ルイジアナ・クレオール”であることなど、複数のアイデンティティーと、自身が持つ文化、そこにつながる社会現象を歌詞と映像に織り込んだコンセプト・アルバムとして非常に高い評価を得た。

ビデオ映像では多数の女性バックダンサーを率い、セリーナ・ウィリアムス、ゼンデイヤ、ウィニー・ハーロウ(白斑症のスーパーモデル)、クワベンジャネ・ウォレス(アカデミー賞史上最年少の12歳で助演女優賞にノミネート)など各界のパワフルな黒人女性たちがゲスト出演している。

ビヨンセはこうした映像を背景に、当時、夫Jay-Zの浮気に苦しみ、乗り越え、自身を再発見していく過程を痛々しいほど赤裸々に再現して見せたのだった。

社会活動家としての横顔と故郷テキサス愛

先に挙げたBLMへの寄付の他にも、ビヨンセは単独もしくは夫Jay-Zとの共同により多くのチャリティーを行っている。経済誌フォーブスはビヨンセの現在の資産を8億ドル(約1200億円)、夫のJay-Zは25億ドル(約3800億円)と見積もっており、夫妻は有り余る資産を社会貢献の志を持って使っているのだと言える。

2002年、当時21歳のビヨンセはデスティニーズ・チャイルドのケリー・ローランドと共同で、出身地テキサス州ヒューストンに若者のためのコミュニティー・センター"Knowles-Rowland Center for Youth"を設立。2005年、テキサス州が超大型のハリケーン・カトリーナによって甚大な被害を受けた際には、2人は被災者支援センター"The Survivor Foundation"を設立している。2007年、ビヨンセは子供の頃に通っていた教会に700万ドルを寄付し、教会はその資金によってホームレス支援センター"Knowles-Temenos Place Apartment"を建設。

2013年には自身のチャリティーNPO「BeyGOOD」を設立し、以後もテキサス州を度々襲うハリケーンの被災者や低所得者への支援、学生への奨学金支援などを続けており、ビヨンセの強い郷土愛の表れとなっている。同NPOはハイチのハリケーン被害(100万ドル)、コロナ禍のエッセンシャル・ワーカー支援(600万ドル)など、テキサス州以外へのチャリティーも展開している。

デスティニーズ・チャイルド時代のビヨンセ(中央)とメンバー
デスティニーズ・チャイルド時代のビヨンセ(中央)とメンバー=2005年9月8日、ニューヨーク、ロイター

2009年、ビヨンセは映画「キャデラック・レコーズ」で往年のR&Bシンガー、エタ・ジェームスを演じている。エタが麻薬中毒であったことからビヨンセは全米各地に展開する麻薬中毒者のリハビリ施設「The Phoenix House」のニューヨーク支部に赴き、演技のためのリサーチを行う。

そこで強い感銘を受けたビヨンセは、映画の出演料全額の400万ドル(約6億円)を同施設に寄付。後に、同支部に美容師学校を設立。これはビヨンセの母親がかつては美容室経営者だったことによる。

2024年、ビヨンセは自身のヘアケア製品ブランド「Cécred」 を立ち上げ、収益から全米5都市の美容師学校の学生への奨学金、ヘアサロン開店基金を出すと発表。ビヨンセは他に黒人中小企業支援のプログラムにも貢献している。

残された謎、様々なルーツを併せ持つビヨンセの願い

ビヨンセは黒人として、女性として、テキサスっ子としてのアンデンティティーをそれぞれに強く表してきたアーティストだが、「ルイジアナ・クレオール」であることも訴えている。

17〜18世紀に現ルイジアナ州を含む北米の一部がフランス領となり、その時期に欧州系とアフリカ系の人々が混じって人種と文化の混合が起こった。その系譜にあるグループを「ルイジアナ・クレオール」と呼ぶ。

ビヨンセの母親、ティナ・ノウルズも生まれはテキサス州だが、ルイジアナ・クレオールの血を引く。ティナは結婚によって失った自身のクレオール姓"Beyoncé"を、自分とそっくりな長女にファーストネームとして授けたのだった。

ビヨンセ(中央)と母親のティナ(右)、妹のソランジュ(左)
ビヨンセ(中央)と母親のティナ(右)、妹のソランジュ(左)=2006年9月29日、シカゴ、ロイター

そのビヨンセは先に挙げた曲「フォーメーション」では「私の父はアラバマ出身、母はルイジアナ系」、最新のカントリー名曲のカバー「ジョリーン」では「私は今だってルイジアナのクレオール・ド派手ビッチよ(文句ある?)」と歌っている。

この民族背景が関係しているのかは定かでないが、ビヨンセは長年にわたって髪をブロンドにし、肌の色を実際以上に薄く仕上げた写真をしばしば発表し、その都度、物議を醸している。

古くは2008年のロレアルの広告、2012年のアルバム「4」プロモーション写真、続いて2021年のティファニーの広告。最新では昨年11月に行われた自身のドキュメンタリー映画「Renaissance: A Film By Beyoncé」のプレミアに、プラチナ・ブロンドのストレートヘアと極めて薄い肌の色のメイクで登場した際の写真

この件についてビヨンセは説明も釈明もせず、長年、真意は謎のままだ。

今回の「カウボーイ・カーター」のタイトルやジャケット写真についても謎は多い。自身は女性であるにもかかわらず「カウボーイ」としたことや、夫の姓である「カーター」を今回も作品のタイトルに用いたこと(以前、ツアーの名称を「ミセス・カーター・ショー・ワールドツアー」としたことがある。現在のアメリカ社会で「ミセス」が使われることは稀)。

また、アメリカ南部や中西部でカウボーイ・カウガール文化を持つ人は、一般的にはニューヨークやロサンゼルスなど東西都市部とは対極をなす保守のステレオタイプなイメージがつきまとう。

現テキサス州知事のグレッグ・アボットが移民排除を始めとする超保守的な政策を次々と行っている今はなおさらだ。そこへあえてのカウボーイ・ファッション。ビヨンセが持つ星条旗が下半分しか写っておらず、50州を表す星が省かれているのも謎だ。

それらの答え(の幾つか)は、もしかするとアルバム・ジャケットの発表時にビヨンセ自身がしたためたメッセージにあるのかもしれない。ビヨンセは黒人女性として初のカントリー・チャート首位となったことをファンに感謝しつつ、以下のように語っている。

My hope is that years from now, the mention of an artist’s race, as it relates to releasing genres of music, will be irrelevant.ビヨンセのインスタグラム公式アカウントより

「今から何年か後には、リリースされる音楽のジャンルとアーティストの人種のひも付けが意味をなさなくなることを願っています」

(敬称略)