ネット情報を食品になぞらえると……「成分表」から学ぶ 対抗する「語り」の研究も

情報を食品になぞらえて「成分表」を示そう。慶応大の山本龍彦教授(憲法学)らは「情報的健康」と呼ぶ共同研究を進めている。
ネット空間で自分の興味を引く情報が届くのは、過去のネットの検索や閲覧をIT企業側が把握し、その受け手にとって関心の高い情報を優先的に届ける仕組みがあるからだ。「アルゴリズム」と呼ばれる。
日本のネットサービスの多くでは、たとえば、公式に発表されたことも、匿名のブログ記事も、同じ形式で画面上に現れる。情報の正確さや信頼性とは関係なく、たくさん閲覧されるほど広告費も稼げる仕組みで、注目を引く内容がつくられるようになる。「アテンション(注目)エコノミー」といわれ、陰謀論が広がる原因にもなっている。
こんな状況を山本教授は「濃い味付けがおいしくて、ついつい食べていたら、原料がわからないジャンクフードだった、というのと似た構造だ」とたとえる。
情報の成分表としては、専門的な機関が出したものか、出所不明のものか、発信者は過去に疑義のついた情報を出したと評価されていないか、などを示すことを想定している。個人がスマホで見るときに確認できるようにし、受け手の意識を高めたいという。IT企業には、アルゴリズムなどの開示を求める。
3月下旬、神奈川県で山本教授と東京大の鳥海不二夫教授(計算社会科学)が主宰した、研究者や企業関係者らの合宿があった。鳥海教授が情報的健康を具体化する例を示した。
X(旧ツイッター)では、誤解を招く可能性がある投稿に対して、別のXの利用者が、投稿の背景にかかわる情報を提供できる「コミュニティノート」をつけられる仕組みができた。鳥海教授は、同じアカウントの過去の投稿でついたコミュニティノートの累計数をアカウント名の隣に表示し、Xの利用者が読める仕組みを構想している。
「累計数を見れば、そのアカウントが誤解を与える投稿をどれだけしてきたかわかる。その上でどう読むか、リツイートするか、利用者自身が判断できる」(鳥海教授)。ただ、「情報の正誤や、表現の自由にかかる領域にはふみこまない」。
同時に、この考え方を、利用者がメディアを読み解く力をつける教育にも生かしてもらおうと、政策づくりで総務省や鳥取県と連携を始めている。
匿名でも投稿できるSNSは、攻撃性が増しやすく、偽情報が流れることもある。そんなとき、別の視点から効果的に発信することを「カウンターナラティブ(対抗する語り)」と呼ぶ。一橋大の市原麻衣子教授(国際政治学)らは、「語り」の作り方を学び、将来的に発信できるようにするための試みを進めている。
市原教授は大学を超えて研修を主宰。昨年9月の研修は4日間で全国から学生や市民ら約10人が参加した。米大統領選、パレスチナ自治区ガザ、在日クルド人といったテーマでカウンターナラティブづくりを学んだ。
研修では台湾で偽情報対策などをするダブルシンク・ラボのポーユー・チェン氏が講義した。台湾は、中国からとみられる一方的な主張や偽情報が広がり、カウンターナラティブづくりの知見があるという。それによると、ネットでどんなことが語られているかを分析。これらの情報の受け手を想定し、対抗する「語り」を考えていく。
研修後には、学んだことを定着させる狙いで月1回、オンライン会議を続けている。3月のオンライン会議では、クルド人に関するSNSの投稿について意見交換したグループが報告した。埼玉県川口市に多く住むクルド人をめぐっては近年、否定的な投稿が広がる。
グループは、投稿の背景には「治安が悪化して社会が脅かされるのではといった心配や、将来への漠然とした不安がある」と分析。対抗して、地域の清掃に参加する姿などを発信して親近感を覚えてもらえると印象が変わるのでは、と提言した。
市原教授は「日本では、自分の意見を伝えることが苦手な人が多い。それが公共空間にすき間を生み、強い言葉に流されやすくなる。恐れや怒りといった感情に前向きなメッセージをどう届けるかは高いハードルだが、トレーニングを続けていきたい」と話す。