宇宙時代、国際舞台で真価を発揮する人材の条件とは? 「越境力」の本質を問う

立命館大学は2023年に研究組織「立命館大学宇宙地球探査研究センター(ESEC)」を設立。今年創設した「立命館宇宙マネジメントプログラム(RSMP)」は、新時代の宇宙ビジネス人材を育成するために誕生した。同プログラムの中核を担う「国際プロジェクト管理講座」では、バックグラウンドの異なる者同士がその違いを乗り越えて協働するために必要な力を実践的に養成していく。
今回、「国際的なプロジェクト・現場で活躍できる人材とは?」をテーマに、立命館アジア太平洋大学(APU)のカッティング美紀教授と、立命館大学OIC総合研究機構特別招聘研究教員でESECを本務とする土元哲平准教授、RSMP代表でESEC副センター長の湊宣明教授が対談した。
言語も文化も専門性も異なるメンバーが集う宇宙開発の現場。ミッション成功に向けて問われるのは、自らの「当たり前」を問い直し、新たな視点で世界と繋がる勇気だ。国際舞台で真価を発揮する人材の条件とは──。
(以下敬称略)
湊:本日のテーマは「国際的なプロジェクト・現場で活躍できる人材とは?」です。宇宙開発は今、国家主導の重厚長大なプロジェクトから、産学官連携や多国籍スタートアップとの協働の場へと進化しています。そこでは技術力だけでなく、異文化理解力やチーム協働力が問われています。まずはお二人のご専門とご経験について簡単にご紹介をお願いします。
カッティング:私の専門は教育設計や国際教育の実践研究です。在籍する約6200名の学生の約半分が留学生である立命館アジア太平洋大学(APU)で、多文化環境を生かした教育開発設計やリーダー育成、留学支援などを担当してきました。
土元:私は立命館大学に今年から着任しました。主に文化心理学・キャリア教育の視点から、学生のキャリアや人間発達をどう支援できるかという研究を進めてきました。ESECにおいては「人文社会科学における宇宙研究の興隆」をテーマに研究しています。
湊:異文化環境でのコミュニケーションにおいては、語学力だけでは補えない理解力や対話の姿勢が重要だと思います。学生たちにとって、最初に直面するハードルとは何でしょうか?
カッティング:110もの国と地域からAPUに集っている学生たちは、話し合いや議論の場でまず「相互理解がいかに難しいか」という課題に直面します。多文化間の話し合いでは、早口の外国語や多様なアクセントといった言葉の壁に加え、コミュニケーションスタイルの違いも大きく影響します。
例えば、明確に伝えずに察してもらおうとしたり、空気を読むことを大切にしたりするスタイルでは、相互理解が難しくなります。相手の話をしっかり聞く「アクティブリスニング」を大事にしながら、伝える力や問いかける力、そして何より好奇心と積極的に理解しようとする姿勢が非常に重要になります。
湊:APUのキャンパスでは、文化の違いが日常に現れていると感じます。学生たちはどのようにして壁を乗り越えていくのでしょうか?
カッティング:APUは本当に多文化環境です。1年生全員が多文化協働力を学ぶ授業もありますが、授業の外でも学生団体やサークル、寮生活など様々な形で多様な背景を持つ他者と活動しています。その中で勘違いや誤解、衝突を経験しますが、一緒に話し合い助け合う中で、学生たちは状況に応じた異文化対応力を身につけていきます。
私たちの調査では、「積極的に国際交流をする学生ほどグローバルコンピテンス(グローバル社会で活躍するために必要な能力)の伸びが高い」という結果も出ています。乗り越えられない経験をすることもありますが、そのような難しさ、葛藤こそが、じゃあどうすれば良いのだろうか、という自己探求につながり、次の経験の糧になっていきます。このような学びのサイクルが起きる体験の場が重要になります。
湊:土元先生にお伺いします。ご専門の「越境的学習」について、その定義と教育的意義を教えてください。
土元:私は人生における越境的学習を「転機」として捉えています。転機とは、学習者が自らの「当たり前」の習慣や常識といった文化的な枠組みを一度揺らがせて、他者や周囲の世界に対する認識を拡張し、「私と世界」との関わり方を新たに獲得していくプロセスです。内面的な変化だけでなく、外的な世界との結びつきも共に変わっていく点が本質的に重要です。
湊:なるほど。国際的なプロジェクトでは「正しさ」が一つではないことに直面しますよね。現場での学びが人の成長にどう影響するのか、印象的な例を教えてください。
土元:心理学では、フィールド(現場)を「なんらかの心理的な現象が生起する環境の全体」とみなしています。新しい「現場」に出会う例として、「親になる」という経験が挙げられます。親になることは新しい社会的な役割を得る状況であり、その役割と関係する周囲の社会や世界との関わりを通して、自分自身の生き方の「主観的布置」が変わるものです。
布置とは、単に自分が変わるという意味ではなく、「自分からみた世界のデザインのあり様」です。「いくつもの世界の見方が可能である」ことを理解することが、国際的なプロジェクトにおいて全く世界観が異なる他者と関わる上で重要です。
湊:「立命館宇宙マネジメントプログラム(RSMP)」の「国際プロジェクト管理講座」では、宇宙飛行士の訓練において最も重視されるチームとして行動するスキル「Space Flight Resource Management(SFRM)」に基づき、学生がリーダー役とフォロワー役を交互に担いながらチームとしてミッションに挑戦します。こうした体験が自己理解や他者受容につながると感じています。
土元:リーダー役とフォロワー役を交互に担うミッションは、自己の主観的布置が変わるという点で興味深いです。普段「フォロワーとしての私」として外的世界と関わることが多い人でも、そこでは「リーダーとしての私」という新しい自己の視点が立ち上がることになります。周囲の環境との関わり方が変わり、それが逆照射的に自己の変革につながっていくのだと思います。
湊:リーダーと入れ替わることで立場上の気づきが生まれますね。リーダー経験のない学生にリーダーを任せると、うまくいかないことがあります。なぜうまくいかないのかを考え始めたときに、リーダーがなすべきことが見えてくる。フォロワーでも同じで、リーダーの仕事をさせてあげることで、全体としてチームがうまくいくような関係性が築けるといいですね。
湊:「国際プロジェクト管理講座」では、宇宙探査ミッションのような不確実性の高い国際協働の場を想定し、言語・文化・専門の壁を越えて「共通の目的を果たす」ための行動原理を学びます。このような実践型講座が、学生にどういった変化や気づきを生むとお考えでしょうか?
カッティング:グループの中では関係性を壊したくないという思いから、「コンフリクト」や「摩擦」に触れないケースもありますが、チームとして成長し力を発揮するには、そういった摩擦がチームの成長のために必要なプロセスだと認識することが大切です。
お互いの力を出し合うためには、コンフリクトから学ぶことの重要性を伝えつつ、アクティブリスニングの姿勢を基盤に対話を続けることが必要です。コンフリクトが起きると、相手のやり方に対して即座に判断してしまいがちですが、自分の見方が限定的であることを自覚し、相手の文化レンズを理解しようとする努力が大切です。
土元:失敗経験は、未来に「期待」していた範囲に物事が収まらないという意味で、よくないことだと思われがちですが、その根底には、そもそもプロジェクトが「コントロール可能」であるという前提があります。現実には、あらゆるプロジェクトが複雑性・不確実性をはらんでおり、コントロールできない部分の方が圧倒的に多いのです。
ある目的に向かって進んでいく時間の流れの中での、人生径路の複線性を大切にする人間観を有した文化心理学の質的研究法「複線径路等至性アプローチ」では、人生のプロセスは「単線」ではなく「複線」であると考えます。葛藤を経験したとき、人は主に二つの径路を選びます。一つは葛藤を見なかったことにする「破壊的」な径路、もう一つは葛藤を自身の中で抱え続け、問い続けながら解決策を探っていく道です。
後者は簡単には解決策にたどり着かないかもしれませんが、そのプロセスは深い学びをもたらします。手探りで様々に実践をしていく中で、洞察的で審美的な解に出会えれば、「時間を前に進める」「身体が前に進む」「新しい全体性と出会える」ような感覚を得られます。これが「転機」という過程です。
湊:「審美的」というのは、どういう意味でしょうか?
土元:「これだ」と思えるものに初めて出会った時の美しさの感覚です。人によって違う感覚ですが、違うからこそ重要なものです。例えば、素敵だなと思える庭園や絵画、自分の感覚にぴったりの言葉と出会ったときに感じるものです。あるいは、人が葛藤を抱えモヤモヤしている中で、ある時「こうしたらいいんだ」という洞察が得られたときに生まれる感覚です。
カッティング:どれくらい他者への関心があるかで、美しさの感じ方も変わってきますね。他者に対する好奇心や眼差し、オープンマインドによって、楽しさや面白さ、美しさが浮かび上がってくるのではないでしょうか。
湊:宇宙開発の現場でも、異なる専門・文化・年齢のメンバーが混在するチームが当たり前になっています。RSMPでは「異質な価値観を衝突ではなく"協働"に変える」力を磨くことを重視していますが、多様性が高まるとチームのマネジメントも難しくなります。この点についてご意見をお聞かせください。
カッティング:多様性はイノベーションやクリエイティビティを生み出しますが、それが機能するには時間がかかります。実践的な対話を通じて相手を理解しようとする姿勢と、意見交換ができる心理的安全な場が大事です。その中でこそ成長が促され、多様なチームが機能していくインクルーシブな力が育まれていきます。
土元:価値観の衝突や対立を回避することも時には重要ですが、より深い相互理解のためには、その対立の背後にある「価値」について深いレベルで交流することが重要です。
出自や言語、生きてきた環境が異なる他者の「価値」を表面的な行動や発言から理解することは簡単ではありません。その人の「全体性」を理解するためには、価値を言語化し、徹底的に対話することが重要になります。
湊:失敗から学び、将来に生かしていくことが成長や発達には重要だと感じました。宇宙機の設計では「フェイルセーフ」という考え方があり、何かが失敗しても安全な状態を保てるように設計されています。プロジェクトでも失敗や葛藤は発生するものだという前提で、セーフティネットやバックアップを考えておく必要があるのかもしれませんね。
湊:宇宙マネジメントプログラムをはじめ、大学在学中に育まれた「越境する力」は、社会に出てからどのように生かされるのでしょうか?
カッティング:越境していく力があれば、グローバル企業やNGO、自治体など様々な場で活躍できます。何よりも自分自身が異なるもの同士の架け橋になる力があることで、既存の環境の中でも多様性をもたらし、多様な人材がそれぞれの力を発揮できる場を構築することができます。
自分と異なる価値観や行動様式を理解し、尊重する「異文化感受性の理論」では、違いに優劣をつける「二極化」から、違いを最小化して共通項を見つける段階へと進んでいきます。さらにその先には、「違い」に橋をかけ、お互いの違いを取り入れることで、より有意義な場を作り出せるようになります。そうした感受性を持つことで、お互いを大事にできる人材になれるのではないでしょうか。
湊:交渉学でも、難しい議題からではなく、合意に近いところから始めて小さな合意を積み重ね、モメンタムを作り出してから難しい議題に挑むというアプローチがありますね。まず近いものから探していくという方法は合理的だと思います。
土元:越境する力は、人のライフキャリア全体を通して生きていく上で重要なことです。社会で様々な人と交流する中で、価値のレベルで了解し合う必要が生じることもあります。そのとき極めて重要になるのが、自分自身の価値をどう言語化するかということです。
これは非常に難しく、日常生活ではあまり踏み込まないことも多いのですが、既存の言葉ではなく「新しい言葉」で自分の経験を言語化し直す力が必要です。哲学者・臨床心理学者のジェンドリンは、「重要だけれどもいまだ言葉になっていない」エッジ(ふち)にある自分の感覚を新しい言葉で言語化できれば、「身体が前に進む」と言っています。
大人は言語や文化的な枠組みに制約を受けがちですが、詩人や芸術家が使うような想像力・創造力を使ってまずは自分の「身体」に戻り、そこから言語化するプロセスが、人生に関わる問いを解決するためのカギになります。
湊:日本はハイコンテクストカルチャーと言われ、明確に言語化せずに空気を読むことを重視する文化がありますが、国際的な教育の現場ではどのようなアプローチをされていますか?
カッティング:まず自分自身がハイコンテクストであり、明確に伝えない傾向にある場合、それを認識することが大切です。国際的な場で、自分の意図を明確に伝えず、察してもらおうとすると、相互理解が難しくなるからです。特に難しいのは、文化背景の異なる人と接する際に、自分も相手もハイコンテクストである時です。お互いの文化背景がかなり違うのに、相手の空気を読もうとすると、誤解が生じやすくなります。
学生には、自分のルールや大切にしていることを相手に分かるように伝える練習をしてもらいます。「こういうことですか?」と確認し合う作業を大事にし、言語の壁を乗り越えるためのワークも取り入れ、相互理解のために明文化する練習をしています。
湊:我々のトレーニングでも、指示が理解されたかを確認することがとても大切だと言われています。チームマネジメントにおいても重要な要素ですね。
湊:RSMPの講座は、それ自体が「越境」への入り口となります。立命館大学と立命館アジア太平洋大学(APU)の学生が混ざり合い、さらに様々な学部の学生が参加するという時点で、すでに多様性に満ちた環境が生まれています。
カッティング:宇宙マネジメントという言葉を聞くと、自分のテーマ外だと思う学生もいるかもしれません。しかし、多文化でのチーム力や協働しながら学び成長する力という本質的な部分は、様々な領域に汎用的に応用できるものです。学生が参加する中で共通点を見出せるプログラムになっていると感じます。
土元:自分が乗り越えられるか乗り越えられないか、ギリギリの限界にあるような壁に挑むことが越境に繋がります。今の自分と次に来る自分の間にある領域をつかむことが大事です。また、自分自身が「変わろう」と思って宇宙マネジメントプログラムのような新しいプログラムに参加すること自体も、「転機」になると思います。
湊:自分の周辺の慣れ親しんだコンフォートゾーンと、全く対応できないパニックゾーンの間に、ストレッチゾーン・ラーニングゾーンがありますよね。このプログラムは、簡単ではないけれど無理なく成長できる、ちょうどいい難易度に設定しています。
最後に、国際的な環境でチーム活動を行うことに関心を持つ若者たちにメッセージをお願いします。
カッティング:相手を知ろうとする関心や共感が大切です。もどかしさを感じながらも、自分が見ている世界の外にたくさんの世界が広がっていることを楽しんでほしいと思います。
土元:自分の知らない自分と出会うこと、異質な他者と出会うことが大事です。楽しみながら越境し、それが転機につながることを願っています。
湊:本対談を通じて、私たちが目指すべき「国際的なプロジェクト・現場で活躍できる人材」とは、自らの限界を認識しつつ、他者と対話し、越境し続ける"探究者"なのだとあらためて感じました。「国際プロジェクト管理講座」を通じて、実践に根ざした"異文化越境教育"を提供し続けていきたいと思います。宇宙というフロンティアを目指すすべての人にとっての力になれば幸いです。
将来の宇宙市場拡大と国際化を見据えて、宇宙分野でのビジネス展開に不可欠なマネジメント知識と技能を習得するプログラムです。「宇宙マネジメント基礎講座」、「国際プロジェクト管理講座」、「宇宙システム運用講座」の三つの講座で構成され、宇宙に関する理工学の基礎知識、宇宙法、宇宙ビジネス、プロジェクト管理などから実践的な運用シミュレーションまで、幅広くカバーします。「宇宙マネジメント基礎講座」においては、オンデマンド講座の開講も行います。宇宙に関心のある方であれば、所属や属性を問わず、どなたでも受講可能です。
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