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台湾の強打者ギリギラウ選手 原住民族の誇りをのせた満塁弾

World Now 更新日: 公開日:
満塁ホームランを放った味全ドラゴンズのギリギラウ選手
満塁ホームランを放った味全ドラゴンズのギリギラウ選手=田島知樹撮影

自分の名前で応援されながら、バットを構える。当たり前の光景に思える。でも、日本との国際試合で4番に座ったこともあるスラッガーにとっては、決して当たり前ではなかった。

台湾の台北市郊外、天母棒球場でナイトゲームが始まった。味全ドラゴンズの本拠地で応援が響く。

「ギリギラウ!」

初回、1点を先制してなお1死二塁。本塁打王の実績もあるドラゴンズの主砲が、ゆっくりと打席へ向かった。180センチ、104キロの大きな背中には、チームメートとは違い、漢字ではなくアルファベットで「GILJEGILJAW」とある。

自分の名前で応援されながら、バットを構える。当たり前の光景に思える。でも、数年前まで、普通ではなかった。ギリギラウ・コンクアン選手(31)のような原住民族にとっては――。

台湾には16の原住民族がいるとされる。総人口の2.6%ほどだが、それぞれ独自の文化を持つ。原住民族の歴史に詳しい北海道大助教の許仁碩さんによると、名前文化も多様だ。住居ごとの家屋名を持つ民族や、子どもが生まれると「~の父」に改名する民族がいる。元々は文字を持たなかったが、キリスト教宣教師が訪れて以来、アルファベットで表してきたという。

しかし戦前は日本から、戦後は国民党政権から、日本風、漢族風の名前を強要された。原住民族の人々は、漢名を名乗りつつ、伝統名の維持にも努めた。ただ、許さんは「長年の同化政策で、伝統名と、その基礎となる社会文化の喪失の危機に直面した」と話す。

民主化を経て1995年、ようやく戸籍に伝統名を記載できるようになった。しかし表記は漢字でなければならず、発音の近い当て字を使った。2001年にはアルファベット表記も可能になったが、あくまでも漢字と併記だった。

ギリギラウ選手はパイワン族だ。漢名は朱立人(チュー・リーレン)。伝統名を漢字で表すと吉力吉撈・鞏冠となる。大学在学中から注目を浴び、2014年から米マイナーリーグでプレーしてきた。当初の登録名は朱立人。でも、「自分ではない感覚がいつもあった」。自分らしく伝統名でプレーしたい。その姿を両親らに見せたい。2019年、台湾選手として米国球界では初めて、伝統名で登録した。

ベンチでインタビューに応じる味全ドラゴンズのギリギラウ選手
ベンチでインタビューに応じる味全ドラゴンズのギリギラウ選手=Ivy Wang撮影

「ギリギラウ・コンクアン」の初試合は今でも覚えている。シーズン前のオープン戦だった。伝統名がアナウンスされ、打席に入る。発音はちょっと違っていた。でも自分の名前が世界にとどろいたと感じた。パイワン族として誇らしかった。「最高の気分だった。その日はヒットも何本か打てたよ」

2021年に台湾に戻る。迷いなく、伝統名で登録した。少しずつだが、伝統名で登録する原住民族の選手も出てきていた。「私にとって名前は血のようなものだから」。プレーを通して、自分らしく伝統名で生きることのすばらしさを伝えたいと思っている。

サボアン・バニンチナンさん
サボアン・バニンチナンさん。台湾原住民族青年公共参与教会の理事長を務める=2025年5月13日、台北、田島知樹撮影

このギリギラウ選手の思いは、いまだ多くの原住民族が伝統名を名乗っていないことの裏返しでもある。法廷闘争の結果、2024年に法律が改正され、戸籍に伝統名をアルファベットだけで表記できるようになった。しかし、台湾原住民族青年公共参与協会の理事長で裁判の原告の一人でもあったサボアン・バニンチナンさん(38)によると、まだ漢名のみを使っている原住民族が多いという。

理由の一つが、差別だ。怠惰や大酒飲みといった偏見が根強く残る。ブヌン族のサボアンさんもよく体験するという。例えば、自分が原住民族であることを伝えると連絡が途絶えることがある。「さすがに直接は言わないんだけど、原住民族を避けたいんだと思う」

漢名を捨て、戸籍に伝統名のみを登録すれば悪目立ちするかもしれない。余計なトラブルが起きるかもしれない。手続きも面倒だ。「そう思うのも無理はない。もっと台湾社会は変わらないといけない」。サボアンさんは、原住民族の権利を守るため、法廷闘争を続けている。

味全ドラゴンズのギリギラウ選手を紹介するスコアボード
味全ドラゴンズのギリギラウ選手を紹介するスコアボード=田島知樹撮影

試合は終盤に差し掛かっていた。2対1のリードで迎えた七回裏。1点を加え、なお1死満塁でギリギラウ選手の打席が回ってきた。

「ギラウ!」「ギラウ!」。友人や親族が使う短縮名が、響き渡る。この日一番の熱気に包まれる。

追い込まれたあとの5球目。思い切り振り抜いた。白球は夜空に舞い上がる。左翼手は諦めてすぐに足を止める。会心の満塁ホームランだった。

ギリギラウ選手はゆっくりベースを回る。表情は変わらない。そして三塁を回ったところで、拳を高くかかげた。