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甲子園出場「KANO」を誇りに 野球のふるさと嘉義

虹色台湾
甲子園出場が決まり、台湾から船で「内地」の日本へ向かった嘉義農林の選手たち=1931年8月、嘉義農林野球部OB会提供

この記事が掲載されるのは、日本全国で高校野球の地方大会が行われているころだろう。各地の予選を勝ち上がったチームは、甲子園球場への切符を手にすることができる。

今から87年前、その夏の甲子園に台湾から出場して、決勝まで勝ち進んだチームがあった。「嘉義(かぎ)農林学校」。野球部のユニフォームには、略称で「KANO」と記されていた。

当時は日本が台湾を植民地統治していた時代だ。部員は、日本人、漢民族系の台湾人、先住民族の混成チームだった。残念ながら決勝戦で敗れたものの、海を越え、はるばる「内地」と呼ばれた日本にやって来たチームの活躍に、観衆は大声援を送ったという。

「KANO」で街づくり

学校のあった嘉義市は、台北から南へ200㌔あまりの西海岸に位置する人口約27万人の地方都市だ。台湾新幹線に乗れば1時間半足らずの距離。その街がいま、「KANO」を観光資源と位置づけて、街づくりを進めている。

きっかけは、嘉義農林の甲子園出場のドラマを描いた台湾映画「KANO 1931海の向こうの甲子園」が2014年に製作されたことだった。台湾で大ヒットし、3億台湾㌦(約10億円)以上の興行収入を記録した。野球部の日本人監督、近藤兵太郎役を俳優の永瀬正敏さんが演じて、日本でも上映されたため、ご存じの方が多いかもしれない。

街の中心部にある噴水広場には映画制作と同じ年、野球部のエースだった呉明捷投手の彫像が飾られた。地元出身の彫刻家、蒲浩明さんの作品で、台座には「野球のふるさと嘉義」と記されている。

嘉義市の噴水広場に設置された、甲子園でエースを務めた呉明捷投手の彫像=西本秀撮影

映画撮影に使われた日本家屋は、「檜意森活村」という公園に残され、台湾の「昭和時代」の暮らしを紹介する観光施設になっている。カフェも併設し、台湾のお茶を味わえる。

映画「KANO」の撮影が行われた日本家屋。日本統治時代の暮らしを紹介する観光施設になっている=西本秀撮影

嘉義農林はその後、再編されて、現在は嘉義大学となった。郊外にあるキャンパスには校史の展示室があり、KANOのユニフォームや当時の写真などを紹介している。現在の野球部の鍾宇政監督は、「甲子園出場は私たちにとっては名誉な歴史」と語る。

嘉義大のキャンパスに置かれた甲子園出場の歴史を記念するモニュメント。「天下の嘉農」と記されている=西本秀撮影
嘉義大の校史展示室。嘉義農林時代の野球部選手の写真やユニフォームなどを紹介している=西本秀撮影

嘉義大を見学するなら、農学部の学内農場でつくられたアイスクリームが濃厚でおいしいと評判だ。

1931年に甲子園に出場した選手たちは、すでに全員が亡くなってしまったが、その子どもの世代が野球を受け継いでいる。

藍文成さん(55)は台湾のプロ野球チーム、三商タイガーズの外野手を務め、現在は高校野球の指導をしている。父親は甲子園チームの捕手だった藍徳和。先住民族の生まれで、日本名「東和一」として出場した。文成さんが幼いころから、棒の先にぶら下げたボールを繰り返しバットで打つ練習を仕込まれたという。

劉思義さん(64)、劉秋農さん(61)兄弟の父親は、控えの投手だった劉蒼麟。父親は卒業後、嘉義農林の野球部の監督を務めた。2001年に亡くなった際は、本人の遺言で「KANO」のユニフォームを着せて、葬儀を行った。

嘉義農林の選手だった父親から野球を受け継いだ次世代。左から藍文成さん 劉思義さん、劉秋農さん=西本秀撮影

学内の宿舎で育った兄弟は、父親の影響で自然に野球を始めた。思義さんは地元の電力会社のチームで活躍。秋農さんは日本企業のヤマハにスカウトされ、1987年に都市対抗野球で優勝した際のエースを務めた。

嘉義農林野球部の練習は、近藤監督による厳しい特訓で知られ、父親はその経験を誇りに感じていたという。思義さんと秋農さんは、「父親から受け継いだ『KANO』の精神が、私たちにも生きている」と語る。

芸術のふるさと

嘉義の街を歩くと、野球に関連したモニュメントのほかに、よく見かけるものがある。街角に展示された絵画の写しだ。

いずれも嘉義出身の画家、陳澄波が郷土を描いた作品である。日本時代に東京美術学校(現・東京芸大)に留学して油絵を学び、当時の帝展にも入選した。だが、戦後の1947年に台湾で起きた、国民党政権による弾圧事件「2・28事件」で処刑された。

嘉義市内の街角に飾られた陳澄波の絵画=西本秀撮影

民主化が進むなかで名誉回復され、その悲劇や歴史を含めて、台湾を代表する画家のひとりに数えられている。「野球のふるさと」は、台湾の「芸術のふるさと」でもある。

今回の台湾メシ

嘉義市観光行政課の職員に紹介されてランチに出かけたのは、市役所そばの「劉里長鶏肉飯」(公明路197号)。鶏肉飯は嘉義の名物で、「火鶏(七面鳥)」の肉を使っているのが特徴だ。写真の「火鶏肉片飯」は50台湾ドル(約180円)。

火鶏(七面鳥)の肉を盛った「火鶏肉片飯」。漬物が添えられている=西本秀撮影
昼食を食べた、嘉義市役所そばの「劉里長鶏肉飯」=西本秀撮影