トランプ政権下で高まる懸念 移民を送還、人手不足を埋めるのは子どもか

米南部アーカンソー州のスプリングデール市は、世界的な食肉加工企業、タイソン・フーズなどの本社がある。街の目抜き通りから車で約10分。古ぼけた銃の販売店や自動車部品店を過ぎ、遮断機もない鉄道の踏切を渡ると、静かな住宅地に行き着く。そこに、カラフルな鶏のオブジェと、NPO「ベンセレーモス」の看板がある2階建ての木造住宅があった。
2023年秋、6人の労働者がここを訪ねてきた。近隣の町の養鶏場から来たという。スペイン語で「我々は勝つ」という意味のこのNPOは、鶏肉産業で働く労働者の権利を守る活動をしている。
出迎えた代表のマガリー・リコッリさん(42)の目には、6人のうち2人はあどけなさが残り、明らかに未成年と映った。ジーンズにTシャツ、キャップという作業着姿のままだった。
リコッリさんが尋ねると、2人は中米グアテマラの先住民で、親元を離れて米国に不法に入国し、年齢は14歳と16歳だとわかった。よほど疲れていたのか、事務所で眠り込んでしまった。
「自分たちはチキン・キャッチャーだ」という彼らは、タイソン・フーズと契約している養鶏場で働いていた。広い養鶏場内は、地面が見えないほどの数の鶏が放し飼いされている。屋根で覆われ、中は暗い。暗い場所では鶏はおとなしくて捕まえやすいからだといい、わずかな光を頼りに、次々と鶏の両脚を素手でつかんで、食肉処理・加工工場に送るためのケージに放り込むのが仕事だという。
粉じんが舞い、消毒薬にもさらされる危険な仕事場で、1回(1日)の勤務につき、6人1組で計5万~7万5000羽の鶏を捕まえなければならない。勤務時間でなく捕まえた数で報酬を計算する契約で、1000羽ごとに6人に支払われるのは計約8ドル(約1200円)。
この日のノルマは6万羽だった。休憩なしに15時間働いたが達成できず、給与が支払われなかったため、相談に来たのだった。リコッリさんは業者と交渉し、過去の未払い分を含めて計7000ドル(約102万円)を支払わせた。
2024年秋には、タイソン・フーズの複数の食肉処理・加工工場でも、児童労働の疑いで、米労働省が調査を始めた。匿名の情報提供があったためだ。タイソン・フーズは、疑惑を否定している。
米国では、1938年にできた連邦法の公正労働基準法で、農業を除き、14歳未満の就労や18歳未満の危険な労働を禁止する。14歳と15歳が加工施設で働くことや、夜間の労働も禁じている。リコッリさんも同社に状況を調べるよう求めたが、拒否されたという。
「会社は子どもを直接雇っていないというが、サプライチェーン(取引先)で児童労働が存在している。説明責任を果たすべきだ」
リコッリさんのもとには、タイソン・フーズとは別の会社の工場でも、南米から来た10代の子どもたちが働いていたとの情報が寄せられた。ナイフで肉を切り分けるのが仕事だが、トイレ休憩もままならず、おむつをはいて働く者もいるという。
「子どもたちは、母国にいる親への仕送りや越境するために業者にした借金の返済がある。学校にも通っていないが、仕事を失うことを恐れ、声を上げない」
労働省によると、2013年に1393人だった米国の児童労働の数は、2023年に5792人、2024年に4030人と大きく増えた。同省は「危険な環境での子どもの雇用が、憂慮すべき増加を示している」とする。
最近の失業率が4%前後と歴史的な低水準のなか、白人の大人たちが敬遠するきつい仕事の人手不足を、移民労働者、そして子どもたちで埋めるという構図だ。
2023年には、ウィスコンシン州の製材所で16歳の少年が機械に挟まれて死亡。ミシシッピ州の食肉処理工場でも、機械の清掃中に16歳の少年が巻き込まれて亡くなった。ウィスコンシン州で亡くなった少年は白人だった。
白人の子が、建設業などの家業を手伝わされたり、アルコールを出す飲食店などで働いたりすることもあるという。
米経済政策研究所(ワシントン)によると、2021年以降、共和党が強いアイオワやオハイオ、 ケンタッキーなどを中心に約30州で、児童労働の規制を緩和する州法案が提出された。労働時間を長くしたり、危険な仕事への就労を認めたりする内容になっている。
アーカンソー州でも、知事のサラ・サンダース氏(共和党)が2023年、16歳未満の子どもが働く際に必要だった労働局の許可を不要とする州法案に署名。サンダース氏は第1次トランプ政権でホワイトハウス報道官を務めた人物だ。
カンザス州立大学准教授(憲法)で、著書「米国の児童労働」をまとめたジョン・フライターさん(65)によると、米国の保守派は伝統的に「子どもが働くかどうかは、政府に規制されることではなく、親が決めること」と主張する。
親の権利を重視し、児童労働の規制を緩和する動きは、保守系市民運動の「ティーパーティー」や、政府による市場や社会への関与を極力減らす「リバタリアン(自由至上主義者)」の存在感が高まってきた2010年ごろから強まってきた。
ただ、その本当の狙いは、より安い労働力にあるとの批判がある。
保守派シンクタンクのヘリテージ財団による第2次トランプ政権への提言集「プロジェクト2025」でも、人手不足の解消に向けて、10代でも危険な仕事ができるよう連邦の法規制を変えるように求めている。
米国では、憲法の規定で連邦法が州法より優先される。フライターさんは「保守派はそれをわかっていて、連邦政府の厳しい規制に異議を唱える訴訟を起こそうとしているのではないか。保守的な連邦最高裁判所が、主張を受け入れる可能性があるからだ」とも指摘する。
トランプ氏のおひざ元フロリダ州でも今年2月、緩和法案が出された。16、17歳が翌日に授業がある場合、午後11時~午前6時半に働くことを禁じる規定をなくし、学校に通わず家で学ぶ「ホームスクーリング」の14、15歳にも就労を認める内容だ。
そこに、トランプ政権による不法移民の強制送還の動きが加わる。同州知事のロン・デサンティス氏は「かつて10代の若者がリゾート地で働いていたのに、なぜ外国人を、それも不法に入国させる必要があるのか」と発言した。
これに対し、市民団体「児童労働連合(CLC)」(ワシントン)のディレクター、リード・マキさん(67)は「大人の仕事を10代にさせるなんて」と嘆いた。
一方、米上院では民主党のコリー・ブッカー氏、共和党のジョシュ・ホーリー氏が、連邦政府との契約から児童労働に加担する企業を締め出す法案を出した。公正労働基準法を改正し、罰則を強める内容が盛り込まれている。