特殊詐欺の犯罪者はどう資金洗浄するのか 極秘文書でたどり着いたカンボジアの企業

私たちは、詐欺師の世界に生きている。
妙になれなれしいメッセージが、見覚えのない電話番号から送られてくる。SNSには、息をのむような高額の報酬を約束する広告がある。出会い系アプリでは、実在するにはすばらし過ぎるような人物とよく出会う。
でも、それは私たちに限ったことではない。ほとんどの人たちは、詐欺のわなにはまってしまったという話を聞いたことがあるし、そうなった身内や同僚、隣人を知っている。失われたお金は戻ってこない。老後の資金をそっくり失った人だっているだろう。
携帯にあやしげな電話が山ほどかかってくる中で、私たちこのコラムの筆者2人は、これまでとはちょっと違う疑問を抱くようになった。詐欺師たちは毎年、巨額のカネをだまし取っている。この違法な資金を、いかにして見た目には正当な収入に変えているのだろうか? いい換えれば、どうやって資金を洗浄しているのだろうか。
そこで、私たちはカネの流れを追うことにした。
私たちは駐在している香港からカンボジアに飛んで、海辺の街シアヌークビルに入った。そこで目にしたのは、際限なく続く悪評高い詐欺のバカ騒ぎだった。彼らは、鉄条網を張りめぐらした建物や、未完成のビルの上層階に陣取っていた。私たちは、ビーチ沿いに並んだ中華料理店で詐欺師や資金の洗浄役と会った。
内情に詳しい人物を説得するには、いささか時間がかかった。しかし、最終的には6人ほどが取材に応じ、迷宮のような世界を案内してくれた。彼らが取引をしている匿名性の高い通信アプリ「テレグラム」のチャンネルを明かし、さらには彼らの隠語も教えてくれた。
最も重要だったのは、資金洗浄のマニュアルともいえる極秘文書を入手できたことだった。そこには、手口の詳細が描かれていた。
カネの流れをたどると、カンボジアの企業「Huione Group(フイワングループ)」に行きついた。名の知れた金融機関で、多くの関連会社を持っている。私たちは質問をぶつけてみたが、答えはなかった。
関連会社の中には、資金洗浄の基盤として必要なシステムを築いているところがあった。洗浄のあらゆる段階でもうかるようになっていた。
フイワンの関連会社の一つは、オンラインの市場サイトを運営している。詐欺師などの犯罪者は、ここで資金洗浄者を探し出す。この市場がどれぐらいの規模なのかを知ることはほぼ不可能だが、英国の分析会社「Elliptic(エリプティック)」(訳注=暗号資産に関連した安全対策などを提供している)は、この市場が2021年以降、268億ドル(1ドル=150円換算で4兆円強)もの暗号資産の取引に関与したと見ている。
この市場は何千ものテレグラムのチャットグループで成り立っており、匿名のユーザーが資金洗浄などの業務を請け負う広告をいくつも出している。公開グループからは広告掲載料を、非公開なら維持料を取って収益を上げている。
そのチャンネルの一つ「Demand and Supply(需要と供給)」には40万を超えるユーザーがおり、連日、何百件というメッセージを受け取っていた。私たちが2025年2月の末にフイワングループなどに質問状を送ったところ、テレグラムはこのチャンネルを削除したと回答した。しかし、これに代わる別のチャンネルがすぐに現れ、1週間以内に25万ものユーザーが利用するようになった。
この市場は、犯罪との関連やフイワングループとのつながりを全面的に否定している。しかし、テレグラムの顧客には、フイワングループは「戦略的なパートナーの一つであり、株主でもある」と明言している。
ひとたび詐欺師が資金洗浄者を見つけると、やりとりは公開から非公開の場に移り、そこで詳細を打ち合わせる。
私たちが入手した極秘文書と、こうした取引に詳しい2人の人物によると、フイワングループの別の会社「Huione International Pay」も注目される。最初から個々の事情にあわせて、いわばオーダーメイドの資金洗浄をするからだ。
この会社は、「仲介人(matchmaker)」として知られる役割を果たしている。犯罪者と、銀行もしくは暗号資産の口座の持ち主とをつなぐ役目だ。こうした口座に被害者のお金が振り込まれることになる。米国で資金を洗浄する場合、仲介人は取扱額の15%を受け取り、その一部を「money mule」(カネを運ぶラバ)と呼ばれる口座の持ち主に払うといった具合だ。
私たちの質問に対し、「Huione International Pay」も回答しなかった。
この世界の興味深い特徴の一つは、「保証制度」があることだ。
このオンライン市場では、犯罪者と資金洗浄者との間の送金を保証するのに、少額ながらもデポジット(保証金)を払う第三者預託制度(escrow=取引の安全を図るために信頼できる第三者を間に入れる)がある。なぜか。詐欺師たちが、お互いにだまし合うからだ。そんな連中に、この制度は「誠実さ」を守ることを強いている。
送金のほとんどは、暗号資産のテザーで行われている。
仲介人との取引が成立し、保証金が支払われると、「カネを運ぶラバ」は自分の口座情報を伝える。すると、詐欺師はその情報を被害者に流して振り込ませる。そのお金が戻ってくることは、まずない。
振込先の口座のほとんどは、数週間しか開設されていない。重要なのは、口座が詐欺師本人と直接つながっていないことだ。
だから、捜査当局や金融機関がその口座を見つけても、犯罪者までたどり着くのは容易ではない。「ラバ」は、逮捕されるかもしれない。詐欺師を捕まえるのは、それよりはるかに難しい。
「ラバ」は入金があると、すみやかに別の口座に振り込む。最初に移すのは、国外であることが多い。ときには、疑われないようにカネを小分けして送金することもある。
私たちが精査したある事例では、だまし取られたお金は米国からバハマに送られ、そこで暗号資産テザーに換えられていた。
最終的に「ラバ」はこうした「サービス」への報酬として入金額の一部を受け取り、残りを仲介人に渡す。そして、結局は詐欺師という犯罪者が、だまし取った「戦利品」の大半を手にすることになる。(抄訳、敬称略)
(Selam Gebrekidan and Joy Dong)©2025 The New York Times
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