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資源保護か先住民の権利かロブスターめぐり対立 カナダ政府は弱腰、暗躍する犯罪組織

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
先住民ミクマク族の漁師が水揚げしたロブスター
カナダのノバスコシア州ヤーマウス沿岸で、先住民ミクマク族の漁師が水揚げしたロブスター=2024年9月23日、Carolina Andrade/©The New York Times

カナダ・ノバスコシア州南部沿岸の静かな漁村では、夜の闇が破壊行為にとっては理想的な隠れみのだ。

切り裂かれたブイ、盗まれたロブスターの木箱、原因不明の火事。こうした事件は、ロブスター漁師たちが30年以上にわたって繰り広げてきた波止場の一帯の野蛮な行為の、ほんの一部に過ぎない。

ロブスター漁師たちは対立の構図をわかりやすく、こう説明する。海の恵みを1個のパイにたとえよう。パイの分け前をどう分配するのが最も公平なのか。ロブスター産業を商業的に成立させたカナダの白人と、歴史的に排除されてきた先住民たちとの間で。

カナダ政府は水産業を監督する立場だが、政治的な緊張をはらむ問題の調停に消極的であり、反目しあう双方の漁師たちから距離を置いている。

この紛争の影響で、漁業で成り立つ地域社会に深刻な断絶が広がった。当局者によると、この複雑な状況にロブスター漁の違法な操業や取引によって利益を得ている犯罪者が絡んでいるという。

紛争は先住民の権利、経済的な公平・公正、資源の保全、カナダのロブスター産業の将来をめぐる困難な課題を浮き彫りにした。

警告の銃弾

ノバスコシア州南西部沿岸の町クレアの住民ジェフリー・ジョベール(30)の家を貫いた銃弾の音は、嵐にかき消された。

家業のロブスター加工業に従事するジェフリー・ジョベール
カナダ・ノバスコシア州で、家業のロブスター加工業に従事するジェフリー・ジョベール=2024年11月23日、Carolina Andrade/©The New York Times

ジョベールはこの被害に気づいて起床した。2024年11月のことだった。近くのセントメアリー湾はロブスターがとくに多く生息する海域になっている。

銃弾はひじ掛け椅子の真上の壁に食い込んで止まっており、「警告の銃撃だ」とジョベールは言った。

銃弾が撃ち込まれたジェフリー・ジョベールの自宅には、壁に穴が残っている
銃弾が撃ち込まれたジェフリー・ジョベールの自宅には、壁に穴が残っている=2024年11月23日、Carolina Andrade/©The New York Times

ジョベールは生きたロブスターを梱包(こんぽう)して輸出用に出荷する家業に従事している。
2024年、犯罪者とつながっていると思われるロブスター業者と取引をすることをたびたび求められたが、要求を無視し続けたために自分が狙われたと考えている。

彼を脅迫する複数のメッセージが手元に届いた後、先住民ではない2人の男が彼に会いにきたという。

警察は恐喝や迷惑行為を含むジョベールの事件に関係する複数の容疑で2人を告発した。

当局者によると、ジョベールに関する事案は、似たような手口で地域社会を揺るがしてきた暴力の一部に過ぎない。2024年6月に起きた歴史ある製材所の火事、その1カ月後の警察車両炎上といった未解決の放火事件、そして他の漁師たちの家への銃撃などだ。

放火にあった歴史的な製材所の焼け跡には、焦げた機械の一部が残っていた
カナダ・ノバスコシア州クレアで、放火にあった歴史的な製材所の焼け跡には、焦げた機械の一部が残っていた=2024年9月26日、Carolina Andrade/©The New York Times

王立カナダ騎馬警察隊(RCMP)によると、10人未満の地元民を中核とする犯罪組織が一連の暴力の黒幕だという。

当局者によると、犯罪組織の手口は、先住民の漁師が夏に捕獲するロブスターを買い取ることに集中している。夏はロブスターの繁殖期なので捕獲は違法だが、先住民の漁師には歴史的な条約(訳注=北米大陸の先住民と、カナダの君主である英国王との間で18~20世紀に締結された条約。カナダが広大な土地を獲得するのと引き換えに、先住民に対して条約地における各種権利を保障した)に基づく権利があり、特別な許可が与えられている。

ただ、捕獲したものを販売することは厳しく禁じられている。

ロブスターはやがて、州内各地のレストランや商店に行き着く。犯罪グループへの協力を拒むロブスター漁師は標的になってきた、と当局者は述べた。

2020年にRCMPのクレア地区指揮官になったジェフ・ルブラン巡査部長は、「こぢんまりとして古風な趣のある村を想像していたが、大都市のような問題に直面している」と話した。

ロブスター紛争は、シペクネカティック・ファーストネーション(訳注=先住民ミクマク族の共同体で、ノバスコシア州ハンツ郡で19世紀から続く。ファーストネーションズはミクマク族を含む先住民グループで、イヌイット、メティスとともにカナダの3大先住民グループとされる)出身の先住民のロブスター漁師たちを巻き込んでいる。先住民たちは年間を通じてロブスターを捕獲・販売することは先祖伝来の権利だと主張し、商業漁業をクレアで実施していた。

シペクネカティックのグループは、夏季のロブスター捕獲に対して規制を続けるカナダ政府に対し、訴訟も起こしている。その1人でロブスター漁師のシェリー・ポールは「私たちはここにいる権利がある」と述べた。

しかし、地元住民によると、ロブスター取引業者を装う犯罪者たちが、先住民漁師の一部と取引を始めたという。

海洋漁業組合が数社の会社に対して起こした訴訟の資料によると、組合が私立探偵たちの支援を受けながらロブスターの違法な出荷を追跡したところ、その大半が夜間に地元の業者へ配送されていた。

組合は、政府の担当者が違法な取引に対して必要な対策を十分に実施してこなかったとも主張している。

ルブランは「この組織的犯罪集団は、海産物の取引と販売を手がけることで組織を潤す可能性と機会に着目した。大きな額の利益を得ることができるから」と話した。

一方、カナダ漁業海洋省スポークスパーソンのデビー・ブオット・マセソンは、無許可の操業に対する取り締まりは最優先事項になっていると説明し、「法の執行活動は必ずしも目に見えるものではない」と述べた。

クレアで船舶用油圧機器業を営む機械工ジャン・クロード・コモは、地域社会の緊張感が息苦しい状態になったとし、「誰かが殺されてしまう。それがまだ発生していないことが驚きだ」と話した。

古くからの問題、新しい顔ぶれ

ノバスコシア州は人口が100万人余りで、カナダ国内で最大の海産物産地だ。年間輸出額は約26億カナダドル(約18億米ドル)で、その大部分をロブスターが占めている。

1700年代、カナダ東海岸の先住民ミクマク族が、彼らの狩猟・漁業権を保障する条約を英国植民地政府と結んだ。この権利は、季節に応じて移動して暮らすミクマク族にとって、冬に内陸で狩猟をし、夏には海岸で漁業に携わることを意味する。

カナダ政府は長年にわたってこうした漁業の権利を認めず、ロブスターの夏季の禁漁を含む新規則を次々と制定した。

しかし、1990年代、漁業の違法操業で訴追されたミクマク族の漁師が上告した結果、カナダ最高裁で夏季の禁漁が見直された。

カナダ最高裁は1999年、条約で定めた権利に基づき、先住民が夏季に漁業に携わり、「穏当な生計」を立てることを認める裁定をした。しかし、最高裁は「穏当な生計」の意味を定義せず、実際の対応は連邦政府に任された。

ところが政府がそこで実行した施策は、先住民のグループに夏のロブスターの捕獲を許可する免許を与えただけで、商業で販売できるロブスターは法的に認められる漁期の11月から5月に捕獲されるものに限定した。

政府による小出しの対応は、夏季にロブスターを販売して生計を立てる先祖伝来の権利を主張する先住民の漁師たちの怒りを買った。一方で、先住民以外の人たちは夏季の漁のせいでロブスター数が減少し、生計に損害を被っているとして不満を募らせた。

先住民の漁業権を研究してきた歴史家ケン・コーツは「カナダ政府はそもそも最初から、いわば及び腰で先住民たちに対応していた」と指摘。「政府は先住民のグループであるファーストネーションズに対して圧力をかけることに、これまで非常に慎重だった」とも話した。

シペクネカティック・ファーストネーションは2020年にクレアで商業漁業を開始した。カナダの建国前に結ばれた条約を掲げて、年間を通じてロブスターを捕獲して販売する権利を主張した。

すると大混乱が起きた。商業漁業者たちが、シペクネカティックによって捕獲されたロブスターを海に投げ戻した。捕獲したロブスターを保管するいけすには火が放たれた。先住民の漁師たちは白人の漁師を、人種差別主義者だと非難した。

しかし、クレアでは漁師の一部やロブスター産業に携わる人びとが、私立探偵によって集めた証拠は先住民の漁が標準的な規則や手続きを守っていないことを強く示していると主張する。

政府漁業海洋省の元高官で漁業コンサルタントのモーリー・ナイトは、「あの活動がすべて適法なものだと、私は信じることはできない」と述べ、「適法だと言うのなら、なぜ暗闇のなかで作業をするのか」と指摘した。

シペクネカティックの代表であるミッシェル・グラスゴーと保留地の代理人弁護士らは文書での質問に対し、回答を拒否した。

「商業漁業者は自分たちの生計の糧が禁漁期に海から持ち去られるのを傍観することしかできない。これに対してカナダ政府は何も手を打たない」と海洋漁民組合の漁業アドバイザーのルース・イニスは嘆いた。

湾内のごたごた

ノバスコシア州南端の港町ヤーマウスのアカディア・ファーストネーション出身でミクマク族の漁師であるデビッド・ピクトーは、最高裁の判決後、白人と先住民の漁師の間で争いごとが毎日のように起きたことを覚えている。

彼は、自分の部族が夏季にロブスター漁で生計を立てる権利があると信じている。しかし、セントメアリー湾で続発したような騒動を避けることも望んでいる。

「あの湾内でどれほどのごたごたが起きているのかを知っているから、私たちはあそこにかかわりを持たないようにしている」と話した。

カナダ・ノバスコシア州ヤーマウスから出漁するミクマク族漁師のデビッド・ピクトー
カナダ・ノバスコシア州ヤーマウスから出漁するミクマク族漁師のデビッド・ピクトー=2024年9月22日、Carolina Andrade/©The New York Times

その代わりに2019年、彼は自分の居留地に小型の塩水タンク小屋を建てた。この居留地に住む少数の先住民漁師から夏季のロブスターを買い取って販売している。

タンク小屋の外に立ち、ピクトーはロブスターの違法な販売で自分が告発される可能性があることはわかっているが、気にしていないと言った。

「私たちが求めていることは、条約に基づく権利を自分たちが望むように行使することだ」とピクトーは語る。「私はもう何年も前から何も取り繕っていない。そんなのは、もううんざりだから」(抄訳、敬称略)

(Vjosa Isai)©2025 The New York Times

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