天敵から身を守れ 植物同士で交わされる「会話」 最新の研究でわかってきたこと

約40年前、2本の科学論文が発表された。
一つ目は、ヤナギの葉が虫に食べられると、隣のまだ食べられていないヤナギの木が、虫が食べたくなくなるように葉の質を悪くして防衛力を高めていたという内容だ。
もう一つは、サトウカエデで、被害を受けた個体とは違う近くの個体で虫が嫌いな防衛物質の量が多くなった、というものだった。
ダメージを受けた個体は、普段とは違うにおい(揮発性有機化合物、BVOCs)を発し、その「緊急信号」を受けた個体は、被害を少なくするために何らかの対応をとっていた。
一般的には眉つばととらえられたこともあり、研究はしばらく足踏みする。だが、2000年代に入って新たな報告が続いた。
2006年の米国西海岸に群生する低木「セージブラシ」を使った研究では、一つの木の葉に傷をつけると、傷をつけていない隣の木の葉で、虫による被害が減った。だが、傷をつけても袋をかぶせて、においが届かないようにすると、隣の木の被害は減らなかった。
その後、40種以上の植物で同様の結果が報告されている。
セージブラシの実験では、植物が血縁関係を認識していることも分かった。
ダメージを受けた血縁が近い個体からのにおいには、高い防衛反応を示して被害を減らしたが、遠縁の個体からのにおいには反応が低く、近縁に比べて被害は減らなかったという。
コミュニケーションは、植物と昆虫の間でも取られている。
モンシロチョウやコナガの幼虫に食べられたキャベツは、幼虫の種類によって違うにおいを発し、それぞれの天敵であるハチ(寄生バチ)を呼び寄せる。
龍谷大学の塩尻かおり教授(植物・昆虫生態学)は「被害を受けた時に出すにおいは、虫に食べられた時と病気の時で違うし、どの虫に食べられたかによっても違う」と言う。
なぜ、植物はコミュニケーションを取るのだろうか。
防衛には多くのエネルギーを使う。被害を受けた後に反応して防衛すると、常に防衛しているのに比べて使うエネルギーが少なくてすむ。「防衛に使うエネルギーが減ると、自分の成長も良くなるし、次世代も残しやすくなる」
植物の「会話」は、さまざまな植物が集まっている森林でも起きている。
ブナの森での実験では、虫に食われる被害を受けたブナからの距離が近いブナほど食害が少なく、遠くなるにつれて多くなることがわかった。ある実験では、コミュニケーションの取れる範囲は7メートル程度だった。
龍谷大学の別役重之准教授は、植物の免疫反応の可視化に成功した。植物が病気やけがをした際に、どのように防衛したり、会話したりしているかについて、目で見られるようになり、より理解しやすくなってきた。
植物は痛みを感じるのか。「かじられたというのは感じるし、暑さも感じる。痛いかどうかは分からないが、何かは感じているはずだ」と塩尻教授は説明する。
塩尻教授はさらに、においを介した地上でのコミュニケーションと、根や菌類を介した地下でのコミュニケーションの関係についての研究にも取り組み始めた。
トマトの苗を使って、傷つけた個体からのシグナルが無傷の個体にどう伝わり、どう反応するかを調べた。
その結果、空気中と地中のどちらからもシグナルは伝わり、受け取った側は被害を減らすなどの反応をしていた。
「実験をしていると、被害を受けても文句も言わず静かにたたずんでいるように見える植物が、実はとてもおしゃべりなことが分かる。植物と人間がコミュニケーションを取れる日はそう遠くないのかもしれません」