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中国、トランプ政権にもパンダ外交?始まりは日中戦争対策 東南アジア、ロシアへ拡大

World Now 更新日: 公開日:
スミソニアン国立動物園で公開されたジャイアントパンダのオス
米ワシントンのスミソニアン国立動物園で新たに公開されたジャイアントパンダのオス=2025年1月24日、清宮涼撮影

繁殖研究という名目で各国に貸し出されるパンダ。送り込む側の中国政府は、自国のイメージをソフトに上書きする「外交官」の役回りも期待している。親しみやすさの演出を背負わされて、どれほど効果は上がっているのだろう。(吉岡桂子)

とびきり生きがいい新任「大使」

粉雪を蹴散らして転げ回る。竹をつかんでかみ砕きながら丸い体を弾ませる。カンフーのようだ。人なつこいオスのパオリー(宝力)と独立心旺盛なメスのチンパオ(青宝)。まだ3歳。中国が米国の首都ワシントンに送り込んだ新任「大使」は、とびきり生きがいい。スミソニアン国立動物園は40ものカメラを設置。動画は早くも人気だ。

2024年10月に米フェデックスのパンダ専用貨物機で到着。隔離や会員向け公開を経て、一般デビューは1月24日。ドナルド・トランプ大統領の就任式の4日後だ。パンダ大使のかけこみ赴任は、予測不能な「トラ」の影響から逃れるためだったのか。それとも、「トラ」懐柔の先兵か。

大統領就任式で敬礼するドナルド・トランプ氏
自身の大統領就任式で、国歌を歌いながら敬礼するドナルド・トランプ氏=2025年1月20日、首都ワシントン、ロイター

米中間の契約に従って、前任が中国へ「召還」されたのは2023年11月。ほぼ四半世紀ぶりに首都からパンダが消えた。その半年前、テネシー州メンフィスからは病気を理由に契約期限前に去っていた。衰弱したように見える姿の動画が広がり、中国内で「米国が我が『国宝』を虐待している」として大炎上したのだ。ジョージア州アトランタの4頭も、期限を迎える2024年秋に中国へ戻る予定だった(実際に帰国)。「米中間で50年続いたパンダ外交の終わりか?」(米紙ニューヨーク・タイムズ)。後任の見通しが不確かだったことから、そんな臆測も飛び交った。

しかし、パンダは米国に戻ってきた。

中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は2023年10月、北京でカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事と会った。米国の州知事との会談は6年ぶりのこと。習氏は翌月、国際会議に出席するため同州を訪問し、現地の経済界との懇談で「(パンダは)長年にわたる中国と米国の人々の友好の使者。州民の願いに応えるために最善を尽くす用意がある」と語った。

米国のパンダは絶やさない。そんなメッセージである。

習近平氏(左)とギャビン・ニューサム氏
習近平氏(左、朝日新聞社)とギャビン・ニューサム氏(Ted Soqui/Sipa USA via Reuters Connect)

習氏の約束通り、中国は同州サンディエゴの動物園に2024年6月、つがいを送る。米国に21年ぶりに新たに到着したパンダだった。続いて、ワシントンへ――。

スミソニアン国立動物園は入園無料。繁殖研究を名目とするパンダの貸出料100万ドルの資金源について「連邦(政府)予算は使われていないし、過去にも使っていない」と表明している。今回も米系投資ファンド、カーライル・グループの創設者やボーイング、フェデックスなど篤志家や企業からの寄付で賄う。中国との長引く対立で、米国では資金源を明らかにせよという要請は強まっている。

大統領就任式の3日前。習、トランプ両氏は電話で会談した。習氏は両国を「偉大な国」と位置付け、「2隻の巨船を健全で持続可能な発展の航路に沿って前進させる」と述べた。トランプ氏も「良い会談だった」とSNSで発信。米中は「最も重要な二国間関係」と認めあう。立場が違えど、決定的な対立は避け、対話の糸口を維持したい。米国に戻ったパンダは、その関係の、そして「取引」の象徴と言える。

米ワシントンのスミソニアン国立動物園で新たに公開されたパンダのメス
米ワシントンのスミソニアン国立動物園で新たに公開されたパンダのメス=2025年1月24日、清宮涼撮影

拡大するパンダ外交

パンダと米国は、歴史的な縁がある。

世界で初めて生きたパンダを中国外に連れ出したのは、米国の探検家。絶滅が危惧された1980年代、内陸に入り込んで中国の専門家と共同で調査したのも、米国の動物学者だった。

もちろん、パンダ外交の節目にも米国がいる。

日中戦争中の1941年。蔣介石(チアン・チエシー)が率いる中華民国(当時)はニューヨークにパンダを贈った。日本との戦いを勝ち抜くため、かわいいパンダで印象を良くし、米国の庶民の共感を得ようとした。パンダ外交の起点だ。

第2次世界大戦後、担い手は中国共産党が建国した中華人民共和国に変わる。当初は東西冷戦下で、東側陣営の同志、旧ソ連や北朝鮮へ贈った。流れが変わったのは、72年。旧ソ連を共通の「敵」とみなすようになった米中両国は急接近する。ニクソン米大統領が電撃訪中し、関係改善に動く。友好特使として送り込まれたのが、ワシントンの初代パンダだ。米国に刺激され、台湾を捨て、中国との国交樹立を急いだ日本にも「国礼(首脳からの贈り物)」としてパンダが贈られた。フランス、イギリス、スペイン、西ドイツなど「西側」へ次々とパンダは渡る。

時は流れて、21世紀。経済大国として頭角を現した中国は、南方にも送り始めた。タイ(2頭とも死亡)、シンガポール、マレーシア、オーストラリアなど経済で密接に結びつく相手だ。2013年に発足した習政権は、欧州を中心に北極圏から中東の国まで対象を拡大。韓国に18年ぶり、ロシアにも長期飼育としては約半世紀ぶりに送った。

パンダが飼育されている国々
パンダが飼育されている国々

米国との対立がパンダをせき立てる。味方を広げる国際的な宣伝戦の重みは増している。中国にとって「国宝」パンダは、ソフトパワーの旗印だ。

パンダの所有権は、生まれた子を含めて中国が握る。インドやタイのゾウ、オーストラリアのコアラなど、それぞれの国を象徴する動物とは決定的に違う。国家の関与から逃れられない宿命のクマなのだ。

彼らの足跡をたどれば、中国の外交戦略とあわせて、受け入れた側の中国観が見えてくるのではないか。そう考えて、世界各地を歩いた。