中国、トランプ政権にもパンダ外交?始まりは日中戦争対策 東南アジア、ロシアへ拡大

粉雪を蹴散らして転げ回る。竹をつかんでかみ砕きながら丸い体を弾ませる。カンフーのようだ。人なつこいオスのパオリー(宝力)と独立心旺盛なメスのチンパオ(青宝)。まだ3歳。中国が米国の首都ワシントンに送り込んだ新任「大使」は、とびきり生きがいい。スミソニアン国立動物園は40ものカメラを設置。動画は早くも人気だ。
2024年10月に米フェデックスのパンダ専用貨物機で到着。隔離や会員向け公開を経て、一般デビューは1月24日。ドナルド・トランプ大統領の就任式の4日後だ。パンダ大使のかけこみ赴任は、予測不能な「トラ」の影響から逃れるためだったのか。それとも、「トラ」懐柔の先兵か。
米中間の契約に従って、前任が中国へ「召還」されたのは2023年11月。ほぼ四半世紀ぶりに首都からパンダが消えた。その半年前、テネシー州メンフィスからは病気を理由に契約期限前に去っていた。衰弱したように見える姿の動画が広がり、中国内で「米国が我が『国宝』を虐待している」として大炎上したのだ。ジョージア州アトランタの4頭も、期限を迎える2024年秋に中国へ戻る予定だった(実際に帰国)。「米中間で50年続いたパンダ外交の終わりか?」(米紙ニューヨーク・タイムズ)。後任の見通しが不確かだったことから、そんな臆測も飛び交った。
しかし、パンダは米国に戻ってきた。
中国の習近平(シー・チンピン)国家主席は2023年10月、北京でカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事と会った。米国の州知事との会談は6年ぶりのこと。習氏は翌月、国際会議に出席するため同州を訪問し、現地の経済界との懇談で「(パンダは)長年にわたる中国と米国の人々の友好の使者。州民の願いに応えるために最善を尽くす用意がある」と語った。
米国のパンダは絶やさない。そんなメッセージである。
習氏の約束通り、中国は同州サンディエゴの動物園に2024年6月、つがいを送る。米国に21年ぶりに新たに到着したパンダだった。続いて、ワシントンへ――。
スミソニアン国立動物園は入園無料。繁殖研究を名目とするパンダの貸出料100万ドルの資金源について「連邦(政府)予算は使われていないし、過去にも使っていない」と表明している。今回も米系投資ファンド、カーライル・グループの創設者やボーイング、フェデックスなど篤志家や企業からの寄付で賄う。中国との長引く対立で、米国では資金源を明らかにせよという要請は強まっている。
大統領就任式の3日前。習、トランプ両氏は電話で会談した。習氏は両国を「偉大な国」と位置付け、「2隻の巨船を健全で持続可能な発展の航路に沿って前進させる」と述べた。トランプ氏も「良い会談だった」とSNSで発信。米中は「最も重要な二国間関係」と認めあう。立場が違えど、決定的な対立は避け、対話の糸口を維持したい。米国に戻ったパンダは、その関係の、そして「取引」の象徴と言える。
パンダと米国は、歴史的な縁がある。
世界で初めて生きたパンダを中国外に連れ出したのは、米国の探検家。絶滅が危惧された1980年代、内陸に入り込んで中国の専門家と共同で調査したのも、米国の動物学者だった。
もちろん、パンダ外交の節目にも米国がいる。
日中戦争中の1941年。蔣介石(チアン・チエシー)が率いる中華民国(当時)はニューヨークにパンダを贈った。日本との戦いを勝ち抜くため、かわいいパンダで印象を良くし、米国の庶民の共感を得ようとした。パンダ外交の起点だ。
第2次世界大戦後、担い手は中国共産党が建国した中華人民共和国に変わる。当初は東西冷戦下で、東側陣営の同志、旧ソ連や北朝鮮へ贈った。流れが変わったのは、72年。旧ソ連を共通の「敵」とみなすようになった米中両国は急接近する。ニクソン米大統領が電撃訪中し、関係改善に動く。友好特使として送り込まれたのが、ワシントンの初代パンダだ。米国に刺激され、台湾を捨て、中国との国交樹立を急いだ日本にも「国礼(首脳からの贈り物)」としてパンダが贈られた。フランス、イギリス、スペイン、西ドイツなど「西側」へ次々とパンダは渡る。
時は流れて、21世紀。経済大国として頭角を現した中国は、南方にも送り始めた。タイ(2頭とも死亡)、シンガポール、マレーシア、オーストラリアなど経済で密接に結びつく相手だ。2013年に発足した習政権は、欧州を中心に北極圏から中東の国まで対象を拡大。韓国に18年ぶり、ロシアにも長期飼育としては約半世紀ぶりに送った。
米国との対立がパンダをせき立てる。味方を広げる国際的な宣伝戦の重みは増している。中国にとって「国宝」パンダは、ソフトパワーの旗印だ。
パンダの所有権は、生まれた子を含めて中国が握る。インドやタイのゾウ、オーストラリアのコアラなど、それぞれの国を象徴する動物とは決定的に違う。国家の関与から逃れられない宿命のクマなのだ。
彼らの足跡をたどれば、中国の外交戦略とあわせて、受け入れた側の中国観が見えてくるのではないか。そう考えて、世界各地を歩いた。