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「愛犬の毛で編み物」紹介本が話題に セーターやスカーフに変身、アレルギーには注意

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
ケンドール・クロリウスは、自宅で紡いだイヌの毛を使って編み物をしている
ケンドール・クロリウスは、米ニューヨーク州シャトークワの自宅で紡いだイヌの毛を使って編み物をしている=2024年12月21日、Andrea Wenglowskyj/©The New York Times

柔らかなタンブルウィード(回転草)。

それが毎日、この記事の筆者である私のアパートに漂っているように見える。私の8歳になるゴールデンレトリバー「ヨフィ」のほこりまみれでフワフワの亜麻色の綿毛がその正体だ。

そして、春と秋の年2回、ヨフィが毛の生え替わりを迎える時は、気をつけよう。かき集めたり、掃除機で吸い取ったりする綿毛がさらに増えるからだ。

さて、1年のうちで編み物が一番盛んになるこの冬の時期、不快感を招きかねない問題がまた浮上している。掃除機をかける代わりに、この綿毛で編み物をしてみようか?

作家のケンドール・クロリウス(70)は、この風変わりな手芸を著書「Knitting With Dog Hair(イヌの毛で編み物をする)」のなかですべて説明している。

イヌの毛をかき集めて紡ぎ、染め、「chiengora(シアンゴラ)」(訳注=「イヌの毛糸」のことで、フランス語のイヌ「chien=シアン」と動物繊維の一種を指す「angora(アンゴラ)」の一部を合成した言葉)として知られる毛糸にして編みあげる方法を、ユーモラスかつ真面目に教えてくれる指南本だ。

この本は2024年12月初め、W・W・ノートン社傘下のリブライト社から出版30周年の記念として改訂版が出された(クロリウスは人気ウェブサイトも運営している)。

イヌの毛で編んだセーター姿のクロリウス
イヌの毛で編んだセーター姿のクロリウス。彼女の著作「Knitting With Dog Hair」は2024年12月、出版30周年の記念として改訂版が出された=Andrea Wenglowskyj/©The New York Times

クロリウスの友人で、2022年に亡くなった本のプロデューサー、ジム・チャールトンが1980年代初めにこの企画を進めた。

クロリウスはチャールトンにベストを編み、彼の妻でクロリウスとは大学時代からの親友だったバーバラ・ビンスワンガーにはセーターを編んで贈った。彼らの愛犬、グレートピレニーズ犬の「オリー」の毛を使ったものだ。それをきっかけに、チャールトンは企画書をつくり、約10年にわたって出版社への売り込みを続けた。

1988年、米出版社セント・マーティンズ・プレスに新しく着任したばかりの上級編集者ロバート・ワイルは、この企画に飛びついた。

しかし、同社の編集者会議は少なくとも3度、その出版企画をボツにした。その後、1990年代に入ってからのクリスマス前夜のパーティーで、ワイルは目を輝かせながらセント・マーティンズの会長をついに説得。会長は、やはり上級編集者である妻からも背中を押され、本を出版することにした。

イヌが毛を抜かれていると考える人がいたら、その誤解は捨ててほしい。大半の毛は抜け落ちたか、ブラッシングで取れたものだ。切り取られた毛は、うまく紡げる場合もあるけれど、紡げないケースもあるので、ほとんどの紡ぎ手は使わない方が良いと助言している。

「私たちはクルエラ・ド・ヴィル(訳注=英作家ドディー・スミスの小説「ダルメシアン 100と1ぴきの犬の物語」や同書を原作としたディズニーの「101匹わんちゃん」に登場する悪役。ダルメシアンの子犬で毛皮のコートをつくろうとする)じゃあない」とワイル。

彼は、ピュリツァー賞受賞の書籍を3点、編集した経歴があり、イヌを愛し、ユーモアのセンスにもあふれる著名なノンフィクションの編集者だ。「これはイヌに敬意を表する行為なんだ」

何十年もたった今も、クロリウスは家族や友人たちのためにイヌの毛で編み物を続けている。彼女は、セーター用としてお気に入りの犬種を、たちどころに挙げられる。サモエド、ハスキー、グレートピレニーズ、ゴールデンレトリバーなどだ(ネコの毛も使えるが、紡ぐのが少し難しい。細くて短いので、他の繊維と混ぜて使われることが多い)。

「紡げない素材なんてない」。クロリウスは、米ニューヨーク州シャトークワの自宅からインタビューに答え、「ただメキシカン・ヘアレス犬(訳注=被毛がない犬種)だけはダメだけど」と言い添えた。

クロリウスが編み物用に自宅で紡いだイヌの毛
クロリウスが編み物用に自宅で紡いだイヌの毛=2024年12月21日、Andrea Wenglowskyj/©The New York Times

この手芸は、繊維アート業界の人や、何千年にもわたって毛の多いイヌ(今では絶滅した)を飼育していた米西海岸沿岸部の先住民サリッシュにとって、けして目新しいものではなかった。

しかし、クロリウスの著作によって多くの門下生による活動が盛んになった。「シアンゴラ・ハンド・スピナーズ(シアンゴラの手紡ぎ)」というフェイスブックのグループには1300人以上が参加し、このアイデアは一般の人たちにも知られるようになった。

米イリノイ州エバンストンに拠点を置く人気の紡ぎ手で、編み手でもあるジーニー・サンクは、ウェブサイトでイヌの毛を使った特注アイテムを販売している。スカーフは150ドルから400ドル、セーターなら1200ドルから1500ドルだ。

何年分もの受注が納品待ちになっており、現在は4年前に受注したサモエド犬の毛を使ったブランケットを仕上げている。そのため、新たな注文は受け付けていない。

作業は、商品ごとにそれぞれ異なる。クリーニング(洗浄)、カーディングと呼ばれる毛のもつれのほぐし、場合によっては他の繊維とのブレンド、紡ぎ、編みといった工程がある。帽子は6週間かかる。大きなブランケットだと1年以上を要することもある。

イヌの毛の寄贈は受け取れないので、流出したオイルを吸収するフェルトのヘアマットなどをつくる団体「Matter of Trust(マター・オブ・トラスト)」(訳注=米カリフォルニア州サンフランシスコのNPO法人で、髪の毛を資源として利用する活動を提唱している)に寄贈することを勧めている。

「これまでの人生で『ウワッ』と思ったのは3度しかない」とサンクは言う。「レナード・バーンスタイン(訳注=米国の指揮者で、作曲家、ピアニスト)に出会った時と1980年の五輪で旧ソ連を破ったジャック・オキャラハン(訳注=米国のアイスホッケー選手)に会った時、それとケンドール・クロリウスからメールをもらった時だけ」

6歳で編み物を始めたクロリウスは、劇場の舞台監督やマーケティング担当の重役、CEO(最高経営責任者)のためのリーダーシップ研修にかかわる仕事をしてきた。

1980年代、誕生日に夫から、ニューヨークの自宅近所にあった繊維アートの店での手紡ぎレッスンをプレゼントされ、イヌの毛を紡ぐことに夢中になった。

「彼女は、ちょっとしたスーパースターだから」と、カリフォルニア州ロスアルトスの高校教師ジーン・ユーは言う。2匹のグレートピレニーズを飼っており、週1回30分間のブラッシングをし、その毛を紙袋にためている。

コロナ禍で学校が閉鎖された2020年、本格的に手紡ぎを始め、箸(はし)とインラインスケートのホイールで最初の紡錘(ぼうすい)を自作した。

「毎年スカーフ2枚と帽子1個をつくるのに十分な量の毛が集まる」とユーは言っていた。

ビバリー・ウィルポンはニューヨークの一番街にある「エッサベーグル」店で毎週集まる編み物グループ「Knit & Knosh(ニット・アンド・ノッシュ)」の幹事役をしている。

イヌの毛に対する彼女の反応は、「笑っちゃう以外、何かある?」だった。

ウィルポンはふだん、メリノウールやアルパカ、絹、そしてその混紡を使い、シアンゴラは彼女の好みではないと言っていた。

しかし、彼女はこうも付け加えた。「イヌの毛でイヌのセーターを編むのは、すばらしいかもしれない」

ウィルポンはまた、イヌに対するアレルギーがある人はイヌの毛で編まれたセーターに接すると問題が起きるかもしれないと心配していた(クロリウスは著書の中で、注意深く洗浄すれば毛からアレルギーの原因となるたんぱく質を除去する一助になる可能性があると書いている。だが、米メイヨークリニックの医学教授で、米アレルギー・ぜんそく・免疫学会の会長だった医師ジェームズ・T・C・リーの見解を引用して、どのイヌも真に低アレルギー性とは言えない、とも述べている)。

ウィルポンや編み物グループの他のメンバーは、クロリウスの本のことを知らなかったので、編み針を脇に置いて、じっくりその本の新版に目を通した。

編み物愛好家たちは、販売促進用にイヌの毛でつくられた3本のしおりをまじまじとみた。より糸の房がぶら下がっていた。それはクロリウスが紡いだもので、60の犬種の毛を素材にしている。現在W・W・ノートン社の出版部門で編集者の任にあるワイルが主導し、全社的な取り組みで集めたものだった。

編み物グループの一人は、イヌの毛には十分な伸縮性が無いように思えるので、ゆったりしたものを編むのが良いかもしれないと言った。ザラザラし過ぎると感じた人もいたが、質感は犬種や個体によっても違う。

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスに住むバヌ・チェディエクは、柔軟な姿勢を示した。「私はイヌの毛で編み物をしたことがないので、他の編み手と同じように、実際に触って感覚を確かめる必要がある」。チェディエクは、Zoomでグループと一緒に編み物をしながら、そう答えた。

ニューヨーク在住のバーバラ・チャンコは、もっと残念そうな様子だった。いつもは子羊のウールや綿かリネンの混紡を使って編み物をしている。

「私はテネシーと名付けたグレートピレニーズとボーダーコリーの雑種犬を飼っていた。テネシーの毛を編んで遊び道具を作りたかった。すてきな思い出になっただろうに」

彼女はそう話した後、深緑色のアクリル糸で編んでいた寄付用のスカーフづくりに戻った。

筆者は今、ヨフィのフワフワの毛が漂っているのを見るたびに、「すてきなスカーフになるかも。もしかしたらね」と思ってしまう。(抄訳、敬称略)

(Rosalie R. Radomsky)©2025 The New York Times

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