その亡きがらは綿の毛布に包まれ、白いバラ、アジサイ、天使のフィギュア、そしてロウソクの明かりや線香に囲まれて横たわっていた。壁に取り付けられたスクリーンには、「彼」の写真が映し出されていた。
伴侶は71歳のキム・ソンエで、彼女は遺体の頭や顔をなでながら別れを惜しみ、泣きながら体を震わせた。隣の部屋では、制服を着た若い葬儀スタッフたちが火葬の準備をしていた。
手が込み、感動的なこの儀式は、ダルコンという名の白いプードルのために執り行われた。ダルコンはまだ目を開けたまま柳細工の籠(かご)に納まっていた。
「彼は、私に幸せを感染させるウイルスのような存在だった」とキムは言う。心臓病で亡くなるまでの13年間を共に暮らしてきた。「私たちは家族でした」
少し前まで、韓国には食肉用にイヌを繁殖させる伝統があった。それがよく世界的な話題になり、動物愛護団体の怒りを買っていた。
しかし、近年、韓国の人たちはペット、とりわけイヌをかわいがるようになった。独身だったり、子どもを持たなかったり、あるいはその両方を選択する韓国人が増える一方で、親密な関係を求めているのだ。韓国では現在、全世帯の5分の2以上が一人暮らしである。
新型コロナウイルスの大流行で、屋内に閉じ込められていた人たちがイヌやネコを保護施設や路上から迎え入れたので、ペットを飼う家庭も増えた。
韓国政府の統計によると、ペットを飼っている世帯は2010年に17.4%だったのが、今や4世帯のうち1世帯の割合になっている。ペットの大半はイヌである(米国のピュー研究所による2023年の調べだと、米国でペットを飼っている世帯は約62%で、これに比べると韓国はまだ少ない)。
「不信や孤独の時代に、イヌは無条件の愛とは何かを教えてくれる」。キムの娘で、41歳のキム・スヒョンは言う。彼女はイヌを2匹飼っているが、子どもを持つ予定はない。「人間の子は口答えしたり、反抗したりするかもしれないけど、イヌは、まるであなたが万物の中心であるかのように、あなたに従う」
キム・キョンスク(63)も、その見解に同感だ。ダルコンと同じ日に火葬された18歳のダックスフントのカンギを飼っていた彼女は、「私が外出する時、カンギはドアが閉まるまで見送ってくれた」と振り返り、「私が戻ってくると、彼はまるで私が海外での戦争から帰還したかのように狂喜乱舞した」。
ペット産業の隆盛は、この国の都市景観を変えた。ペット向けの病院や店はいたるところにあるが、産科クリニックはほぼ姿を消した。韓国の出生率は世界最低になった。公園や街角では、ベビーカーにイヌを乗せている光景が頻繁に見られる。オンラインショッピングのサイトでは、人間の赤ちゃん用よりイヌ用のベビーカーの方が売れているという。
政治的にはますます二極化が進む韓国だが、イヌに関しては別だ。国会議員は2024年1月、何世紀にもわたる慣行だった食用イヌの繁殖と処理を禁止する法律を可決した。
今や、イヌは家族の一員として惜しげもなく大金をかける対象なのだ。
シム・ナジョン(34)は中綿入りの38ドル相当の古いジャケットを着ているが、4年前に保護施設から引き取った珍島犬(訳注=韓国語では「チンドッケ」と発音する)のリアムには150ドル相当のジャケットを買ってやったと言っている。
「私にとって、リアムは子どものような存在です」とシム。結婚も出産も考えていないという彼女は、「私は母が私を愛してくれたようにリアムを愛している。私は冷蔵庫に残っている古くなった食品を食べ、一番新鮮な鶏の胸肉はリアム用にとっておいている」。
シムの母パク・ヨンソン(66)は、多くの若い女性が子どもを産まないという選択をすることを悲しく思っていると語った。それでも、彼女はリアムを「自分の孫息子」として受け入れるようになったとも話していた。
最近のある週末パクとシム母娘は韓国中部にある仏教寺院の弥勒寺にピクニックに出かけた。他の6家族と一緒で、いずれもイヌを連れていた。いわゆるテンプルステイ(寺院の修行道場)は、一般の人びとが瞑想(めいそう)し、僧院の静寂を味わう方法の一つである。
現在は、イヌの同伴を勧める寺院もある。人間もイヌも、テンプルステイの参加者は誰もが灰色の法衣をはおり、数珠を持つ。
「私は、夫よりもイヌに愛着を感じる」とカン・ヒョンジ(31)は言う。2023年10月に結婚したという彼女は、夫と2匹の真っ白なポメラニアンと一緒に参加した。夫のキム・サンベク(32)は、恥ずかしそうな笑みを浮かべて首をすくめた。
弥勒寺の住職ソク・チョンガクは、飼い犬のファオムをなでつつ、人間とイヌはこの輪廻(りんね)転生の中で異なる「殻」をまとった魂にすぎず、次の転生では殻が入れ替わるかもしれないと説いた。寺院の芝生の庭を覆う大きなキャンバス屋根の下で住職の説教が続く間、リアムは自分の肉球をしきりになめていた。
寺を訪れた人たちは、ペット同伴可のレストランやリゾート、寺院を探す役に立つスマートフォンのアプリ「Banlife(バンライフ)」を使ってテンプルステイを予約した。
バンライフを運営するイ・ヘミは「私が2019年にこの事業を始めた時、ペットを連れて休暇を取る人なんてそう多くないだろうと考えられていた」と振り返る。「それが今では、人はイヌを散歩させるだけではなく、何でも一緒にする」
コ・ジアンは、ソウルで「Dogkingabout(ドッグキングアバウト)」という「イヌの総合ケアセンター」を経営している。デイケアの専門家やトレーナー、獣医師、トリマーらを擁する施設である。
「人びとは、かつてペットのイヌを単なる所有物や見せびらかすものとして扱い、また、行儀が悪ければ捨ててしまう対象としても扱った」とコは言う。「今は、家族の一員として遇している。攻撃的になったとしても新しいイヌに替えようとはしないで、問題は何なのか、どうすれば解決できるかを考える」
成長を続けるペット関連産業には弱点もある。2023年、動物愛護活動家らの主導で当局が「パピーミル」(訳注=営利目的の悪質なイヌの繁殖業者やその施設)に踏み込み、劣悪な環境で飼育されていた1400匹のイヌを助け出した。当局は、冷凍庫から数十匹のイヌの死骸を発見した。
この出来事は衝撃的だったが、イヌを救出し保護施設を見つけるという政府の役割もまた、動物愛護に対する国の姿勢の変化を反映している。国会では、議員が子犬の競売を禁止し、イヌの繁殖業者に対するその他の規制を強化する新法案を提出している。
ダルコンのもののような凝ったペット葬儀が始まったのは、2017年ごろからだ。ペットの葬儀会社「ペットフォレスト」がこの年、ペットロス症候群に苦しむ人たちを慰める方法として思いついたのだ。
「その後、ペットの葬儀は人間の葬儀とほとんど同じようなものになった」とペットフォレスト社長のイ・サンフンは言っている。
現在、韓国全土には認可されたペット葬儀場が74カ所ある。「遺族」が、ペットのためにひつぎや埋葬布を選ぶ。
火葬後、遺族は小さな骨つぼに入った遺灰を受け取るか、宝石のような石にしてもらって家に持ち帰る。あるいは納骨堂に預け、写真や手書きのメッセージ、ペット用のおもちゃやおやつ、花などを供えてペットの思い出に浸ることもできる。
ある遺族が残したメモによると、彼らの愛犬の白いマルチーズが2022年に「虹の橋を渡った」、つまり亡くなってから、遺灰のもとを7回も訪れたという。
「イヌは何歳で亡くなろうとも、遺族にとってはいつまでも子どものままなのだ」。ペット葬儀業者のキム・ウォンソブは、そう話していた。(抄訳、敬称略)
(Choe Sang-Hun)©2024 The New York Times
ニューヨーク・タイムズ紙が編集する週末版英字新聞の購読はこちらから