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デジタルノマドを日本へ誘致 狙うは「一人勝ち」より「アジアで連携」各地でイベント

World Now 更新日: 公開日:
福岡市のデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka 2024」のメインカンファレンス登壇者・来場者の集合写真。45カ国・地域から220人以上のデジタルノマドが参加した=2024年10月23日、福岡市、遊行提供
福岡市のデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka 2024」のメインカンファレンス登壇者・来場者の集合写真。45カ国・地域から220人以上のデジタルノマドが参加した=2024年10月23日、福岡市、遊行提供

世界中を旅しながら各地のコワーキングスペースやITを活用してリモートワークで生計を立てる「デジタルノマド」たち。彼らが長期滞在する地域には経済効果も見込めるとして、日本を含む各国がビザ制度を整備するなどして誘致に乗り出しています。そんななか、2024年は国内各地で誘致イベントが開かれ、アジア各国の「デジタルノマド・コミュニティー」のリーダーたちも集いました。デジタルノマド誘致の潮流と、ノマドたちが求めるものは何か、聞きました。(渡辺志帆)

「人流」をアジア各地域と協力して構築

福岡市は2024年10月、1カ月にわたるデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka 2024(コリブ フクオカ)」を開催した。事業を企画・運営した株式会社「遊行」代表取締役で、自身もデジタルノマドの大瀬良亮さんによると、期間中、45カ国・地域から220人以上のデジタルノマドが福岡市に集結し、リモートワークを行ったり、交流イベントに参加したりしたという。

メインイベントの「World Nomad Conference(ワールド・ノマド・カンファレンス)」では、デジタルノマドたちの間で最も人気の高い滞在先の一つ、タイ・チェンマイのデジタルノマド・コミュニティーの中心的人物を進行役に、日台韓のデジタルノマド協会の代表者が、各地の魅力や相互に行き来しやすい環境をつくる方策などを話し合った。

福岡市のデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka 2024」のメインカンファレンスに登壇した高島宗一郎・福岡市長(左から5人目)、片付けコンサルタント近藤麻理恵氏(左から3人目)、遊行代表・Colive Fukuoka 2024共同ホストの大瀬良亮氏(右から6人目)ら=2024年10月23日、福岡市、遊行提供
福岡市のデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka 2024」のメインカンファレンスに登壇した高島宗一郎・福岡市長(左から5人目)、片付けコンサルタント近藤麻理恵氏(左から3人目)、遊行代表・Colive Fukuoka 2024共同ホストの大瀬良亮氏(右から6人目)ら=2024年10月23日、福岡市、遊行提供

大瀬良さんたちが重視するのは、「『地球の裏側』からデジタルノマドを呼ぶのではなく、韓国や台湾といった近隣諸国・地域に滞在している人に来てもらう」こと。日本にどう人を呼ぶかばかりを考えるのではなく、アジア全体がつながり、情報とコミュニティーを共有し、協力しながら誘客していくことだという。

実際に、2024年は8月に台湾、9月に韓国・釜山、そして10月の福岡に続いて11月はフィリピン・シャルガオ島、12月はタイ・パンガン島で開催されたデジタルノマド関連イベントは、運営同士が協力しながら開催された。

大瀬良さんは、「2024年は、アジアにいさえすれば、仲間が集まる場所が半年分用意できた。今後も、こうやって横でつながりながら、デジタルノマドの皆さんが旅をしやすく、そして仕事のしやすい環境をサポートしていきたい」と話した。

福岡市のデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka 2024」で日本酒醸造所「いそのさわ酒造」への日帰りツアーに参加したデジタルノマドたち=2024年10月30日、福岡市、遊行提供
福岡市のデジタルノマド誘致プログラム「Colive Fukuoka 2024」で日本酒醸造所「いそのさわ酒造」への日帰りツアーに参加したデジタルノマドたち=2024年10月30日、福岡市、遊行提供

東京からではなく「西」から人を呼ぶ作戦

海外デジタルノマドの誘致は、福岡を中心に西日本地域で活発化している。注目エリアには、観光地として外国人にも人気の沖縄のほか、もともと国内からのワーケーション先として人気の高かった長崎県五島市、有数のサーフスポットがある宮崎県日向市、福岡県北九州市・山口県下関市の「関門海峡エリア」などが挙げられるという。

西日本では、2024年に過去最高を更新し、累計約3687万人を記録した訪日外国人(インバウンド)客を、「東京・大阪・京都」のいわゆる「ゴールデンルート」より西へ連れてくる「西のゴールデンルート」構築の動きも盛んだ。

だが、大瀬良さんたちが進めるデジタルノマド誘致戦略は、東京から入ってくる人を西日本へ呼ぶのではなく、台湾や韓国に滞在している外国人に、西日本・福岡から入国してもらい滞在してもらう点で発想が異なる。

最近は、福岡を拠点に五島市や関門海峡エリア、沖縄に足を延ばす「デジタルノマド周遊エリア」が構築されつつあるといい、「西から人流を呼ぶ」作戦がデジタルノマドで成功すれば、インバウンド客誘致の戦略にも影響を及ぼすかもしれないと大瀬良さんは期待している。

不動産内見ツアーで、天神・今泉エリアの空き物件を内見するデジタルノマドたち
不動産内見ツアーで、天神・今泉エリアの空き物件を内見するデジタルノマドたち=2024年10月28日、福岡市、遊行提供

福岡市の誘客事業では、昨年初めて「空き家内見ツアー」も実施した。

1カ所で1、2泊しかしないインバウンド客と違い、1カ所で2、3カ月を過ごすデジタルノマドたちは、高騰するホテルなどの宿泊施設よりも、マンスリーマンションやシェアハウスを賃貸契約する方が合理的だが、外国人が借りられる物件が少ないのが現状だ。また、高収入のデジタルノマドからは、不動産物件を投資用に購入したいという要望も一定数あるという。こうしたニーズを満たそうと、実際の物件を見て回り、不動産の基本的ルールを知るツアーは毎回満員の人気だった。

大瀬良さんによると、福岡市から不動産を買いたい、借りたい、運用したいというデジタルノマドたちのニーズをビジネスチャンスと捉えた動きも出ており、デジタルノマド向けの部屋探しのプラットフォームのビジネスアイデアや、不動産投資サービスも登場しているという。

日に日にその土地を好きになる

静岡県下田市でも市のデジタルノマド誘致モデル構築事業の一環で、「TADAIMA SHIMODA」と銘打った地域交流プログラムが2024年11月に1カ月にわたって行われた。国内外からのべ15カ国・地域から約100人が、市内のコワーキングスペースを備えたゲストハウスなどに滞在しながら、インバウンドやデジタルノマドの取り込みに向けて、地域の事業者と意見交換をしたり、高校生と料理をしたりするなど、住民・学生らも絡めた交流を行った。

滞在先の静岡県下田市からオンライン取材に応じた韓国のデジタルノマドのコミュニティーリーダー、イェジ・チョンさん=朝日新聞社
滞在先の静岡県下田市からオンライン取材に応じた韓国のデジタルノマドのコミュニティーリーダー、イェジ・チョンさん=朝日新聞社

期間中、下田市に滞在したデジタルノマドの中には、韓国・ソウル出身のイェジ・チョンさんもいた。イェジさんは、ソウルでコリビング兼コワーキングスペース3カ所を運営するなど、韓国のデジタルノマドのコミュニティービルダーとしても知られている。一年のうちソウルにいるのは半年ほどで、残りは世界各地で過ごしているという。

今回の誘致事業の企画・運営を行った「ELENTO」CEOで、自身も下田市在住でデジタルノマドの塚田絵玲奈さんと、世界的にデジタルノマドが集まることで知られるブルガリア南西部バンスコで2023年に出会い、デジタルノマド誘致に向けた受け入れ環境整備の専門家として招かれた。

冬はスキーリゾートとして知られるブルガリア南西部の小さな町バンスコは、夏の閑散期を活用してデジタルノマドが多く集まる町になっている=gettyimages
冬はスキーリゾートとして知られるブルガリア南西部の小さな町バンスコは、夏の閑散期を活用してデジタルノマドが多く集まる町になっている=gettyimages

イェジさんによると、下田市の第一印象は「普通の漁村」。ただ、地域住民や事業者と交流を重ねるうちに、徐々に印象が変わった。「町全体が私たちを温かく迎えてくれて、毎日毎日、下田の魅力を発見しています。滞在日数が足りません」と話した。

プログラムの一環で、市内でゲストハウスを運営する女性が、下田芸者の伝統を絶やさないよう兼業で踊りの練習をしている様子を見られたことを、「本当に特別な体験でした」と振り返った。

静岡県下田市の海外デジタルノマド交流プログラム「TADAIMA SHIMODA」で、下田芸者と遊ぶ体験をするデジタルノマドたち=2024年11月13日、静岡県下田市、塚田氏提供
静岡県下田市の海外デジタルノマド交流プログラム「TADAIMA SHIMODA」で、下田芸者と遊ぶ体験をするデジタルノマドたち=2024年11月13日、静岡県下田市、塚田氏提供

「芸者の公演は見たことがあったけれど、どんな人が、どんな準備をして、何を大事にしてやっているのか知ることができました。その女性とは、前夜のイベントでノマド受け入れについて意見交換を行ったのですが、そのあとのパーティーではクラブ音楽に合わせて一緒に踊ったんですよ。地域と住民のことを『正面』からだけでなく、横や後ろなどさまざまな角度から全体を見られたことで、体験がとても豊かになりました」と話した。

日本がより魅力的な目的地になるには?

デジタルノマドのオピニオンリーダーたちは、日本がよりデジタルノマドに選ばれるには何が必要と考えているのか。

イェジさんは、デジタルノマド誘致を目指す日本や下田市などの自治体への助言として、①十分な長期滞在施設があること、②仲間・友達づくりがより容易にできて、地域に溶け込もうとするデジタルノマドたちが住民から心から歓迎されていると感じられること、さらに、③デジタルノマド自身が成長できるような、哲学的、文化的あるいは、地域ならではの学びの機会があることを挙げた。

静岡県下田市の海外デジタルノマド交流プログラム「TADAIMA SHIMODA」で各国の料理作りを通じて地元の高校生と交流したデジタルノマドたち=2024年11月15日、静岡県下田市、塚田氏提供
静岡県下田市の海外デジタルノマド交流プログラム「TADAIMA SHIMODA」で各国の料理作りを通じて地元の高校生と交流したデジタルノマドたち=2024年11月15日、静岡県下田市、塚田氏提供

インドネシアのバリや、ブルガリアのバンスコなどがデジタルノマドから高く評価されるのは、自然の豊かさや物価の安さだけではなく、デジタルノマド同士の交流が活発なコミュニティーがあることも強力な誘因になっていることも指摘した。

大瀬良さんは、ハード面では、宿泊施設が長時間座ってパソコン作業をしても疲れにくい、すわり心地のいい椅子やインテリアを備えること、また海外のホテルなどでは当たり前になっている高速インターネット回線の無線(Wi-Fi)を備えることを挙げた。

静岡県下田市の海外デジタルノマド交流プログラム「TADAIMA SHIMODA」に参加し、市内のコワーキングスペースとゲストハウスなどの複合施設「風まち下田」で仕事をするデジタルノマドたち=2024年11月6日、静岡県下田市、塚田氏提供
静岡県下田市の海外デジタルノマド交流プログラム「TADAIMA SHIMODA」に参加し、市内のコワーキングスペースとゲストハウスなどの複合施設「風まち下田」で仕事をするデジタルノマドたち=2024年11月6日、静岡県下田市、塚田氏提供

日本が創設した「デジタルノマドビザ」の課題

日本政府が2024年4月にデジタルノマド誘致を目指して導入した、ビザ制度については、課題も浮かび上がった。

大瀬良さんによれば、制度ができた当初、「いよいよ日本もデジタルノマドを歓迎する準備が整った」と欧米のノマドたちの間でも前向きに受け止められたが、実際にデジタルノマドビザを利用した例はまだ知らないという。

たとえば、観光ビザ(*)で入国した海外からのデジタルノマドが、日本国内でデジタルノマドビザに切り替えようと申請してみたが、いつビザが発行されるかが分からず、結局韓国に出国したという例があったという。また、オンライン申請ができず、あるノマドは自国の日本総領事館に片道2時間をかけて出向いて申請を試みたが、必要書類がそろっていても、「ここでは受け付けられない」と返された例があったという。

大瀬良さんは「申請条件そのものも厳しいが、そのハードルを乗り越えて申請しても、申請が通るか分からないし、ビザがいつ発行されるかも分からない。総領事館側も受け付け準備が整っていなかったのだと思いますし、ビザに関しても、まだまだ発展途上。日本がよりオープンになったという広報効果は一定程度あったかもしれませんが、日本の高度人材受け入れや観光消費の起爆剤、という状況にはありません。このビザを日本の何に生かしていくのか、起業や投資のチャンスがある高度人材を多く含むインバウンド層に向けて、どう制度を改善していくのか、今後の日本政府の動き次第だと思います」と話した。

韓国出身のイェジさんによると、デジタルノマドの友人の一人が日本での申請を検討したが、滞在が認められる期間が6カ月間と比較的短く、また、日本国内では延長の申請ができないと知り、断念して代わりに韓国のワーケーションビザを取得したという。

イェジさんは、「各国政府がデジタルノマド誘致のために採るすべてのステップをありがたく思います」としつつ、「滞在可能期間が、観光ビザが認める3カ月より3カ月間長いだけだと、1カ所に最低1カ月は滞在したいと考えるデジタルノマドのニーズと合っていないし、求められる年収も高いです。東京や京都だけでなく、日本には下田のような魅力ある小さな地方都市がたくさんあります。そういった地方都市にも行ってほしいと日本が考えるなら、1年くらいほしいです」と話した。