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アンジェリーナ・ジョリーはなぜ涙を流したのか マリア・カラス役でトラウマに挑戦

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
伝説の歌姫マリア・カラスを演じた俳優のアンジェリーナ・ジョリーと監督のパブロ・ラライン
映画「マリア」で伝説の歌姫マリア・カラスを演じた俳優のアンジェリーナ・ジョリー(左)と監督のパブロ・ラライン=2024年11月13日、米ニューヨークのメトロポリタン・オペラハウス、Sasha Arutyunova/©The New York Times

米ニューヨークにあるメトロポリタン・オペラハウスで最近、特別公演が行われた。真珠で着飾った女性やタキシードを着た男性で劇場はあふれかえっていた。バーでは社交界の名士たちが政治のゴシップ話にふけり、銀行家たちはモルディブでの休暇の予定を話題にしていた。

そのとき、金色に輝くエレベーターのドアが開き、ひとりの魅力的な人物が姿を現した。

周囲の人たちは一斉にその方向を向いた。写真を撮ろうとあたふたと携帯電話を取り出す人もいる。そしてざわめきが起こった。「ほんとうに彼女?」「ここで何をしているのかな?」「実物は思ったより背が高いわね」「あのタトゥーをみてごらんなさい!」

その人物とは俳優のアンジェリーナ・ジョリー(49)である。ニューヨーク・タイムズ紙のクラシック音楽担当の記者である私(ハビエル・C・エルナンデス)が、プッチーニのオペラ「トスカ」の公演に彼女を招いたのだ。

ジョリーは、オペラ界の伝説の歌姫マリア・カラスを描いた映画「マリア」で主人公を演じた。これは、その映画の公開に合わせた取材なのである。

ジョリーほど目立つ人物は地球上にいないだろう。どこに行っても注意を引く。劇場のロビーで待ち合わせたとき、彼女は私が同席することでせっかくのオペラ鑑賞が台無しになるのではないかと、最後までためらっているようだった。彼女は、「私は今晩楽しみたいだけなの。すべてを満喫したいのよ」と語った。

俳優、監督、そして人道支援活動家でもあるジョリーは、ハリウッドで最も影響力のある人物のひとりであり、同時にもっとも詮索(せんさく)の対象となっている人物のひとりでもある。

すべての行動を大衆紙が追いかける。2016年の俳優ブラッド・ピットとの離婚はまだ法廷で争われている。ふたりの6人の子供たちは、メディアの話題の的だ。

にもかかわらず、彼女の存在は謎である。自分の言葉とイメージを注意深く作り上げているので、一緒に働いている人にも彼女は謎なのだ。

映画「マリア」で監督を務めるパブロ・ラライン(48)は「トスカ」の鑑賞に同席してくれたのだが、その彼もこう言った。「随分長い間ジョリーと一緒に仕事をしているけれど、彼女がどんな人間なのかいまだ見当がつかない」

ジョリーが演じるカラスは、20世紀で最も偉大な歌手のひとりである。そのカラスの中に、ジョリーは自分との共通項を見いだすのだと言う。

ラ・ディビーナ(神)とまで呼ばれたカラスもまた、批評家やファンからあがめられると同時に罵声を浴びせられていた。私生活を探られ、書き立てられた(海運王のアリストテレス・オナシスと長い間、愛人関係にあった)。

カラスもジョリーと同様、強烈でつかみどころのない人間だと評されていた。カラスが1977年に53歳で亡くなったとき、みとったのは家政婦と執事だけだった。

ジョリーが言うには、カラスの孤独感は自分の孤独感と同じだと言う。「孤独は悪いものではない。カラスも私も強い人間だと見られているけど、実際はとても傷つきやすく、人間味がある。ふたりとも、有名であることに必ずしも居心地の良さを感じていないのだと思う」

オペラ界の伝説の歌姫、マリア・カラス
オペラ界の伝説の歌姫、マリア・カラス

映画「マリア」は2024年11月27日から米国内の一部の映画館で上映が始まった。ネットフリックスでは、12月11日から公開されている。ジョリーの3年ぶりの銀幕への復帰である。この映画での彼女の演技はすでにアカデミー賞の候補だという前評判を生んでいる。

もっともジョリー本人は、カラスを忠実に再現し、オペラファンに喜んでもらう映画にするのが狙いだと説明する(ジョリーは、1999年の映画「17歳のカルテ」の精神疾患の患者役でアカデミー助演女優賞を受賞した)。

カラスを演じるために、ジョリーは7カ月に及ぶ声楽のレッスンを受けた。プッチーニ、ベルディ、ドニゼッティ、ベリーニのアリアを学び、YouTubeでカラスの映像を見て、笑い方や姿勢や手の動かし方、そして話し方の独特な癖をマスターした。

映画の中では、ジョリーの歌声はカラスの声と様々な割合でミックスされているので、ジョリーの声をそのまま聞くことはほとんどない。しかし、ジョリーはだいぶ自信がついたので、大勢のエキストラの前で、自分の声で歌ったことがある。それは、あの神聖なるミラノのスカラ座の舞台で4時間にわたって撮影されたドニゼッティのオペラ「アンナ・ボレーナ」の終幕・狂乱の場の撮影だった。

メトロポリタン・オペラハウスの特別公演の夜、ジョリーは一般の観客とは距離を保っていた。劇場の大階段を下りるときは、女神が地上に降臨したようだった。そしてララインの隣、19番のボックス席に着席した。

「ここには美しい本物がある。すべてが詩的な雰囲気を漂わせている」と彼女は言った。

ララインはチリ・サンティアゴの出身で、オペラを聞きながら育った。母親がカラスの崇拝者で、自動車を運転するときはいつもカラスのカセットをかけていた。

「私の頭の中にカラスの壮大なパフォーマンスの幻影が生まれた。カラスは私にとって神話的な存在だから」

ララインは、20世紀の著名な女性たちの内面を描く3部作を手掛けた。その最後をだれにするかを考えていたときに、カラスのことがひらめいた。

最初の作品「ジャッキー」(2016)では、ナタリー・ポートマンがジョン・F・ケネディ大統領の妻ジャクリーン・ケネディを演じた(彼女はのちにカラスからオナシスを奪って結婚する)。2番目の作品「スペンサー」(2021、訳注=スペンサーは英国の元皇太子妃ダイアナの旧姓)では、クリステン・スチュワートがダイアナを演じている。

ララインは、カラスを演じる俳優には単にカラスをまねるだけでなく、「我々のマリア」を演じきれる資質を求めた。それでジョリーに連絡した。ジョリーは、ララインのふたつの作品を見てから連絡してきた。ララインいわく、「真実と美と感情ともろさと、そしてはかなさを備えていれば、主役が生まれる。主役がいれば映画ができる」。

脚本家のスティーブン・ナイトと共同作業する中で、ララインはカラスの最後の日々に焦点を当てることにした。

映画では、カラスはカムバックを果たそうと格闘するのだが、のどを痛めてしまっているという現実に直面する。オナシス(ハルク・ビルギナーが演じている)との緊張した恋愛関係、鎮静剤への依存、困難な子ども時代も描かれる(カラスはニューヨークでギリシャ移民の家庭に生まれるが、1937年、13歳のときに母と姉と一緒にギリシャに移住した)。

ララインが映画のために選んだ曲は、自身が好きで、しかもカラスの現実の人生のドラマとつながっていると感じた曲である。「この映画は、自分が舞台で演じた悲劇を体現してしまった人物を描いている」

たとえば、ベルディの「オテロ」から選んだ「アベ・マリア」は、映画冒頭に流れる祈りの曲である。そして、「トスカ」の「ビシ・ダルテ(歌に生き)」が、カラスの最期の時に重ねて流れる。

ララインは「オペラとは神の恩恵なのだ」と語った。

ジョリーは、カラスを演じるにはオペラの歌唱を学ぶことが必須条件だと聞いたとき、パニックになった(ララインは彼女に「ごまかすわけにはいかないよ」と告げた)。ジョリーはかつてボーイフレンドに「君の声はひどい。ほかに才能があってよかったね」と言われたことがあり、長年そのトラウマに苦しんでいた。

「ひどい言い方だった。それも言われたのは一度きりじゃない。それで私は歌うことをやめた」

ジョリーはララインに「そのときの感情や痛みが大きくて、心が自由になれない」とも語った。

ララインが連れてきた声楽のコーチ、エリック・ベトロはジョリーに呼吸や姿勢から練習を始めさせ、音域と共鳴の幅を広げるのを助けた。ジョリーは自分の声は低いと思い込んでいたのだが、実は、カラスと同様、ソプラノだと判明した。

最初のレッスンのとき、ジョリーは泣き出した。感情の上でも、肉体的にも、あまりにも大きな課題に圧倒されたのである。

ジョリーは振り返る。「自分の声と息を発見するには、自分を守っているあらゆるものを捨て去り、自分の心を開き直す必要があった」

まずは、プッチーニのアリア「私のお父さん」を、カラスの録音をお手本にすこしずつ学んでいった。カラスが指導した上級特別クラスの録音を聞き、声楽のテクニックをすこしずつ身に付けていった。イタリア語も学んだ。

数カ月後、声楽コーチのベトロは驚くべきことに気づいた。ジョリーの口が、カラスの口のように動き始めたのだ。ジョリーは歌手として魅力的な存在感を獲得したのだった。

ベトロはジョリーに「これはうまくいくよ」と請け合った。「彼女の目、手、そして声を通して感情が伝わってきたから」

映画の制作が始まって間もないころ、ギリシャでの劇場でのシーンで、ジョリーは初めてカメラの前で歌うことを求められた。映画「マリア」のオープニング・シーンだった。ジョリーはカメラをまっすぐ見て、「アベ・マリア」を歌った。

彼女の希望で、そのとき現場にいたのはララインと、映画を手伝っていた彼女の息子2人、マドックスとパックスなどごく少人数だった。

イヤホンを通してジョリーはカラスの録音を聞きながら歌った。声楽コーチを務めたソプラノ歌手のロリ・スティンソンは、カメラに映らない所でジェスチャーと口まねで歌詞を伝えていた。ララインはカメラの後ろにいて、カラスとジョリーの「合唱」を聞いていた。

ジョリーは最初の撮影で意気消沈してしまった。その後、6回撮り直した。

ララインは証言する。「何か驚くべきこと、人間の持つ真実に触れるようなことが起きていたのです。人が生まれ変わる場面に私は立ち会っていた」

◆   ◆   ◆

午後10時ごろ、「トスカ」の幕が下りた。ジョリーはほほ笑み、立ち上がって拍手を送った。

ジョリーとララインは楽屋を訪れ、メトロポリタン・オペラハウスの音楽監督であるヤニック・ネゼセガンと、主役を演じた著名なソプラノ歌手リセ・ダビドセンにあいさつした。

ネゼ・セガンはララインに指揮棒を贈り、今日のオペラ界の真のスターのひとりであるダビドセンは、「映画で実際に歌っているなんて!」と言って、ジョリーをほめたたえた。ジョリーはほほ笑み、ダビドセンの手を握って、こういった。「あなたの歌は卓絶していた。私はあなたのようには歌えない」

オペラ「トスカ」で主役を演じたソプラノ歌手リセ・ダビドセンと楽屋で歓談するアンジェリーナ・ジョリー
オペラ「トスカ」で主役を演じたソプラノ歌手リセ・ダビドセン(左)と楽屋で歓談するアンジェリーナ・ジョリー=2024年11月13日、米ニューヨークのメトロポリタン・オペラハウス、Sasha Arutyunova/©The New York Times

出口に向かう途中、ジョリーは劇場に飾ってあるカラスの肖像画の前で立ち止まった。カラスがメトロポリタン・オペラハウスで歌ったのはわずか21回に過ぎない。最後にここで「トスカ」を歌ったのは1965年のことだった。ジョリーは「ちょっとひとりにして」と言って、肖像画に見入っていた。

「カラスの手をうまく描いている。すごくいい」

メトロポリタン・オペラハウスに飾られているマリア・カラスの肖像画に見入るアンジェリーナ・ジョリー
メトロポリタン・オペラハウスに飾られているマリア・カラスの肖像画に見入るアンジェリーナ・ジョリー=2024年11月13日、米ニューヨーク、Sasha Arutyunova/©The New York Times

予定外だったのだが、ジョリーは舞台に立ってみた。しばらくセットを見て、からっぽになった観客席を照らすまぶしいライトを見つめ、それから出口に向かった。「とっても感動的だった」

劇場の外で、ジョリーの黒のシボレーの近くに、ひとりのパパラッチが待ち構え、「アンジェリーナ、笑ってよ。笑って」と呼びかけた。ジョリーは笑みを返した。そして車に乗り込み、マンハッタンの夜に消えていった。(抄訳、敬称略)

(Javier C. Hernández)©2024 The New York Times

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