中国の経済発展に乗って富を築いた大物実業家たちが、香港に所有する豪邸を次々に手放している。
山腹に立つフランク・ゲーリー(訳注=米国を本拠とするカナダ出身の建築家)設計の、ガラスとスチール製のねじれた高層ビルにあるマンション2戸。タレット(小塔)とスイミングプールを備えたヨーロッパ風の邸宅が3軒。4戸棟続きの白亜の大邸宅。
そのうち、2戸を除いてすべての物件がすでにそれぞれ数千万ドルで売却された。信じられないかもしれないが、そのどれもが以前の価格の3分の1から半額以上の値引きという破格の値段で買いたたかれた。
香港の住宅市場は長い間、「冗談がキツイ」といった雰囲気を漂わせてきた。不動産価格は過去20年近くにわたって高騰し続け、香港は世界で最も住宅に手が届きにくい都市のひとつになった。貧困層はアパートを区切った、俗に「棺おけの家」と称されるほど狭い部屋を借りていた。
それが今では、建設業者から裕福な投機筋に至るまで、住宅市場の不公平を助長した人びとの多くが自慢の住宅を急いで売却せざるを得ない状況に追い込まれている。彼らの富は中国の不動産市場のとてつもない上昇とともに膨れ上がったが、その崩壊と余波で多くの人たちが資金不足に陥っているのだ。
なかでも最も注目すべきは、かつての不動産大手「チャイナ・エバーグランデ(中国恒大集団)」の創業者トップ、許家印だ。同社が破綻(はたん)した後、債権者たちは彼が所有する複数のヨーロッパ風邸宅を差し押さえた。その総額は、1億9千万ドルを超える。
世界的な不動産会社ナイト・フランクによると、そのうちの1軒は今年、5800万ドルで売却されたが、これは中国恒大集団と許が関係する企業が2009年に支払った1億3千万ドルの半分にも満たない額だった。
香港の裁判所は2024年、中国恒大集団に清算を命じた。そのため、債権者である外国人投資家らは売却可能な資産を回収すべく物件探しを始めた。中国当局は2023年、許を拘束し、彼と中国恒大集団を詐欺容疑で訴追した。
「誰もが資金を求めている」と香港の不動産会社JLLの会長ジョセフ・タンは語った。景気の減速が続き、不動産市場全体が逼迫(ひっぱく)し、借り入れコストが急上昇しているため、企業は逆境にさらされている。「売れるのは住宅用の物件だけ。価格を十分に下げれば買い手がつくから」とタンは言うのだ。
上海に拠点を置く資産調査会社が発行した「胡潤百富中国百富榜(中国長者リスト)」によると、中国の富裕層は多額の資産を失っており、過去3年間で432人の男女が億万長者の地位を剝奪された。
かつては経済力の象徴だった有名なガラス張りの高層ビル群は、今では香港の問題を視覚的に思い起こさせるものとなっている。
香港は相変わらず国際金融の中心地としての地位を取り戻そうとしており、また、何年も続いた厳しいパンデミック対策の間、同地への渡航が不可能になったことによる打撃の後遺症から立ち直ろうとしている。加えて、香港の政変により、欧米企業にとっての法的リスクが高まっている。
潮目が変わったときに窮地に立たされたのは高級住宅の所有者たちだけではなかった。世界的に著名な金融機関や法律事務所、企業などが入居していた香港の代表的なオフィスビルの所有者たちは、撤退した企業に代わる新たなテナントの誘致に躍起になっている。
かつては小さな店がひしめくにぎやかなショッピングエリアだった場所はいまだ観光客の減少に悩まされており、一部は店の正面に板を打ちつけてふさがれたままになっている。不動産会社CBREによると、商業用物件の17%近くが空室になっている。
こうした変化は金融システムにも波及している。かつて香港の不動産業界にとって信頼できる貸し手だった銀行は2024年、事業用不動産の債務不履行が急増し、苦闘している。
格付け会社S&Pグローバルのアナリストは、不動産業界は「1997年のアジア通貨危機以来最悪の不況に見舞われている」と報告書で述べ、最も深刻な痛みを感じているのは金融機関だと指摘している。これに対応して、金融機関は融資先である地主や開発業者に、より多くの手数料を請求するようになっている。
金利の上昇とドル高は、回復をさらに困難にしている。香港ドルは米ドルに固定されており、米連邦準備制度理事会(FRB)は米国のインフレに対抗するために4年間、金利を高く維持してきた。FRBが2024年に金利を引き下げると、香港の金融当局もこれに追随し、9月に金利を5.25%に引き下げた。しかし、それでも2007年以来の最高値である。
香港の通貨の命運は米中央銀行次第かもしれないが、香港経済は、成長が鈍化し物価が下落している中国本土と密接に結びついているのだ。香港の不動産業界は中国の苦しみを我がこととしている。
「全体的にみて、中国経済は常に香港と密接な関係にあり、不動産市場は常に高い相関関係にある」。CBREのエグゼクティブディレクター、ハンナ・ジョンは指摘する。
「中国経済が低迷すると、香港の経済もそれに追随する」と彼女は言っている。
ジョンによると、高級不動産の販売は、いわゆる「困窮した売り手」によって主に行われており、なかには中国経済に大きく影響を受けている人もいるという。こうしたケースの多くは、債権を持つ銀行や債権者に住宅を差し押さえられている。
そうした不動産のほとんどは、かつて好景気に沸いた中国からの資金で香港が潤っていた時代に購入されたものだ。
建築家ゲーリーが設計した高級マンション「オーパス香港」には12戸あるが、最近売却した2人はかつて中国屈指の富豪だった不動産開発業者のチェン・ホンティエンとチェン・チャンウエイだ。ちなみに、この2人に血縁関係はない。
地元のニュースによると、チェン・ホンティエンのマンションは債権者が差し押さえた多数の物件のうちのひとつだった。そのなかには、2015年のオーパス物件の直後に購入した9千平方フィート(約836平方メートル)の邸宅もあった。
チェン・ホンティエンは2016年、地元紙のサウスチャイナ・モーニングポストの取材に、自分のオーパスのマンションは「少し狭すぎる」と語っていた。彼はまた、香港で高級住宅が売りに出されるのは「極めて珍しい」とも言っていた。
もはや、そうした状況ではない。
オーパスから曲がりくねった道を車で少し行ったところに、かつて中国恒大集団の許と関係があった三つの邸宅が集まっているブラックスリンクがある。それらの邸宅は1棟が1億9千万ドル以上で売りに出されており、これまでに1棟が売却された。他の2棟の価格は、2023年に初めて売りに出されて以来、値が下がり続けている。
近くのプランテーションロードでは、最近4棟の邸宅が計1億4100万ドルで売れたが、売り主が購入した時の半額に近かった。
不動産の専門家は、さらに多くの物件が取引されると見込んでいる。
香港では今年、それぞれ5千万ドル以上の値がついた不動産が20件近くも市場に出ている。(抄訳、敬称略)
(Alexandra Stevenson)©2024 The New York Times
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