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「暮しの手帖」は不戦の誓いから始まった 企業に忖度しない商品テストの意義は

LifeStyle 更新日: 公開日:
北川史織編集長=2024年9月20日、東京都千代田区、天野みすず撮影

日本で欧米のような「消費者」が育まれたのは、戦後だった。欧米並みに「商品テスト」が普及し、消費者の暮らしを支えるようになる。とりわけ影響力が大きかったのは、生活情報雑誌「暮しの手帖」だ。商品テストがどのようにして生まれ、どのような変遷をたどったのか、9代目の編集長・北川史織さん(48)に聞いた。

1948年に大橋鎮子氏と花森安治氏が「美しい暮しの手帖」として創刊し、1953年に「暮しの手帖」に名称を変更。最盛期の1970年代には100万部近くの発行を誇った。

「もう二度と戦争を起こさないために、一人ひとりが暮らしを大切にする世の中にしたい」と始まった雑誌は、1954年に始めた徹底的な商品テストで知られるようになる。

公式に最初の商品テストとしているのが、1954年の「ソックス」のテストだった。1960年には、7種のベビーカーをテストした。

1世紀56号(1960年刊)では、ベビーカーを100キロの距離を押して歩いた=暮しの手帖社提供

商品テストの初期は、「Made in Japan」の評価は低かった。1960年に国産と外国産の石油ストーブの商品テストをした結果は「国産に良いものなし」で、英国アラジンのストーブが最も高い評価を得た。2年後に2回目、6年後に3回目のテストが実施され、3回目にようやく国産ストーブが性能面でもアラジンと遜色のない評価を受けたという。

「商品テストは作り手への警告」

「商品テストがなかったらはたして日本の石油ストーブが、これだけよくなっただろうか。生産者に、いいものだけを作ってもらうための、もっとも有効な方法なのである」と1969年、初代編集長の花森氏は「商品テスト入門」という記事に書いた。また「商品テストは、消費者のためにあるのではない」としている。

9代目となる現在の編集長、北川史織さん(48)は言う。「粗悪なものが世の中にあふれているなか、消費者に良い商品を選び取れというのは酷な話。正すべきは、作り手の方であるという考え方。作り手に対する警告、勧告というのが商品テストの本当の目的でした」

1968年の食器洗浄機のテストは、「愚劣」と手厳しい評価だった。「食洗機が万能であるかのように宣伝していたのですが、実際は洗い残しがあった。豊かになるにつれ、広告のイメージ戦略に消費者が影響されるようになった。

1世紀98号(1968年刊)では、食器洗浄機を手厳しく批評した=暮しの手帖社提供

花森氏は戦時中、大政翼賛会宣伝部にいたので、広告の力をよく分かっていた。だからこそ、役に立たない物を宣伝して消費者に売ることを批判したのだと思います」と北川さんは解説する。

創刊から原則、広告を掲載しておらず、メーカーに忖度(そんたく)しないことも商品テストが長い間支持され、続いた理由だという。

時代とともに、「Made in Japan」の品質や性能は向上し、商品がすぐに壊れることもなくなった。商品テストは2007年、ホームベーカリーの検証で終了した。

新商品やモデルチェンジのサイクルが速くなったため、長期にわたって商品テストをしている間に新しい商品やモデルが発売されてしまうと、雑誌が出るころには改良されている可能性もあり、批評として成り立たなくなったのだという。

反戦の姿勢、ウクライナ侵攻時には反発意見も

創刊当時から人々の暮らしも大きく変わり、多様化している。「家族と言ってもいろんな形があり、ひとり暮らしの人にも家庭はあります。単純に『これを選ぶべきだ』とは言いにくい。自分の暮らしに合うものを、消費者自らが選び取る目が必要だと感じている」と北川さん。環境負荷を減らし、社会の役に立ちたいという意識が消費者に根付いているとも感じている。

「コロナ禍は自分の暮らしを見つめ直す機会になった。自分が使いこなせる、身の丈に合った物に囲まれて暮らすのが幸せだと思いますし、捨てることまで考えて物を買うようにもなっているのでは」

読者の反応にも変化を感じるという。「花森は、戦争に振り回され、『国にだまされた』という経験から、権力に対する懐疑心を持っていた。大きな権力が暮らしを壊してしまうことへのアンチテーゼが『暮しの手帖』です」。いまでも夏になると、反戦を訴える特集を組む。

今年は花森氏が1968年に発表した「武器をすてよう」という原稿を再掲載した。そうした反戦の姿勢に対して、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった2022年ごろから、「お花畑の発想ではないか」「武器は持たなければいけない」などの意見が寄せられるようになった。「大きな変化です。経済を含めて日本の国力が落ちたと感じる人が増え、それだけ不安な世の中なのだと捉えています」

広告のない「暮しの手帖」は、読者の購読で支えられているが、「続けてほしいから定期購読します」とメッセージを送ってくる読者も多いという。「自分たちもその選択のお陰で生き残っています」