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世界の高級ブランドを引きつける日本素材 グッチやディオールも…カギは伝統と革新

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細尾の工場
細尾の工場=同社提供

花やチョウの繊細な描写が、銀を用いた多層構造の織りで表現されている。優雅で重厚な生地を使ったバッグの名は「Gucci Nishijin」。グッチは9月9日、竹の持ち手が特徴的な「バンブー1947」などブランドを代表するバッグ3種に、西陣織を使ったシリーズの新作9点を発表した。

グッチが西陣織の老舗、細尾との協業で発表したバッグ「Gucci Nishijin」
グッチが西陣織の老舗、細尾との協業で発表したバッグ「Gucci Nishijin」=グッチ提供

生地を作ったのは、京都市の生地メーカー・細尾。1688年に創業した西陣織の老舗だ。日本国内での限定販売だが毎回反響が大きく、2022年12月、2023年6月に次いで3回目の協業だ。

細尾側でこのプロジェクトを主導するのは、1978年生まれの12代目当主である細尾真孝社長。若い頃は「伝統産業はコンサバティブで、自分には合わない」と、ミュージシャンを志したり、中国・上海でファッションブランドを立ち上げたりしていた。だが、先代が2006年から海外への売り込みに挑戦したのを見て、「1200年の歴史がある西陣織の新たな一歩になるかもしれない」と2008年に入社した。

ただ、海外戦略はうまくはいっていなかった。西陣織は本来、着物の帯を作るためのもので、生地の幅は約32センチと決まっていた。「ソファを出しても継ぎ目だらけで全然売れず。和柄のクッションもそれほど評判にはならなかった」

転機は2009年。前年にフランスで開催された日仏国交150周年を記念した展覧会が好評で、米ニューヨークで巡回展が開催された。細尾は帯を2本出品した。展覧会が終了した直後、世界的な建築家ピーター・マリノ氏の事務所から「あの帯の技術を使ったテキスタイル(生地)を発注したい」と電話がかかってきた。

伝統の生地幅の「壁」 1年がかりで破る 

世界各国のディオールの店舗の内装を手がけるプロジェクトで、細尾の生地を壁紙や椅子の張り地に使いたいという。

障害になったのが、32センチの生地幅だった。そこで、世界基準である150センチの生地幅で作れる織機を自社で開発する日々が始まった。「元々ある機械を改造したり、パーツを自分たちで作ったり。もう完全にカスタムメイドだった」

1年がかりで手作りの織機が完成すると、ひたすらディオールのための生地を生産した。機械も1台ずつ増やし、徐々にシャネル、カルティエなど他のハイブランドからも声がかかるようになった。

細尾の工場。世界標準の150センチ幅の生地が作れる機械を自社で開発した
細尾の工場。世界標準の150センチ幅の生地が作れる機械を自社で開発した=同社提供

現在、細尾の生地の売り上げの7割を海外の依頼主からの発注が占める。こうした仕事は、生地の幅だけではなく柄にも変化をもたらしたという。

「今は和柄にとらわれず、グローバルな視点で生地を作るようになっている」。フィルムを緯(よこ)糸に織り込んだ光沢のある生地、片側からは透けて見えるが反対側からは見えないマジックミラーのような生地など、デザインも機能も様々だ。

「1200年の歴史の蓄積による技術を使いながら、モダンな柄も作れる。和柄にこだわらなくても、その技術や素材へのこだわりが、新たな西陣織の価値を作り出していると感じている」

細尾社長はさらに言う。「西陣織の主なお客様は天皇家、貴族、将軍、神社仏閣だった。つまり、時間と費用に糸目をつけず、最高の職人技を求める人たち。我々の製品にはラグジュアリーの本質が詰まっている」

そして西陣織は今、最高品質を求める欧米の人々の心に突き刺さっている。

実は、欧州のハイブランドの多くが日本の素材を使っている。多くのメーカーが契約により取引実績を明かせないというが、10年代半ば以降のミラノやパリのファッションウィークで、日本産の生地を見かけないほうが珍しくなった。

その潮流は、昨年の売上高が861億ユーロ(約13兆8700億円)の世界最大のファッションコングロマリット、LVMHが日本産の素材に注目したことで決定的になった。

西陣織の老舗、細尾の工場=細尾提供

熟練の職人の手仕事による伝統工芸など、世界中の優れた製造産業の成長と活性化を目的として活動する傘下組織「LVMHメティエダール(芸術的な手仕事、の意)」が2022年12月、本国フランス以外で唯一の活動拠点を日本に開設したのだ。23年11月には細尾とパートナーシップを結んだ。

LVMHにはディオール、ルイ・ヴィトン、フェンディ、ロエベ、セリーヌといった名だたるブランドがそろい、そういった名門との協業を促す役割を担うという。

一方で、昨年来日したLVMHメティエダールのマッテオ・デ・ローサCEO(最高経営責任者)に「LVMHによる、優れたサプライヤーの『囲い込み』か?」と水を向けたところ、「違う」と即答。「素晴らしい素材を生み出す方々と、ラグジュアリー業界全体のため。競合他社を排除するつもりはない」と否定した。実際に、提携後もライバルグループ、ケリング傘下の筆頭ブランドであるグッチと細尾の協業は続いている。

LVMHメティエダールのマッテオ・デ・ローサCEO(左)と細尾の細尾真孝社長
LVMHメティエダールのマッテオ・デ・ローサCEO(左)と細尾の細尾真孝社長=LVMHメティエダール提供

現代のラグジュアリー業界では、持続可能性やトレーサビリティー(原料の調達から生産、消費、廃棄まで追跡可能にすること)への配慮は必須だ。日本企業への評価はこの面にもあるとみられる。

日本産への高まるニーズは、西陣織のような伝統素材にとどまらない。

目を引く新作デニム 生地は日本製

6月14日夕、ミラノ中心部のビル。ミラノ・メンズ・ファッションウィークの公式スケジュールで、桑田悟史が手がけるブランド「セッチュウ」の2025年春夏シーズンの新作が発表された。

昨年、若手デザイナーの世界的登竜門LVMHプライズのグランプリを獲得して注目を集める存在となった桑田は、数々の一流デザイナーを輩出した英国の名門セントラル・セント・マーチンズ美術大卒。ロンドンの老舗テーラー「ハンツマン」や、ジバンシィなどで経験を積んだ。

現在は、ミラノに住居とアトリエを構え、ミラノの有名ブティック「アントニア」、ニューヨークの高級百貨店「バーグドルフ・グッドマン」などが取引先だ。素材にはふだん、極めて上質なカシミヤやシルク、ウールなど主にイタリア産のオリジナル生地を使う。

ただ、発表された新作群で特に印象的だったのは、デニムのセットアップ。肩とひざの付近に切れ目が入ったデザインで、張りとしなやかさを併せ持つ生地が独特だった。「実は、あのデニム生地は日本産なのです」と桑田は明かした。

桑田悟史が手がけるブランド「セッチュウ」が2025年春夏シーズン向けに発表した新作。生地は日本産だ
桑田悟史が手がけるブランド「セッチュウ」が2025年春夏シーズン向けに発表した新作。生地は日本産だ=セッチュウ提供

沖縄で栽培され、砂糖を生産するために圧搾された後のサトウキビを繊維状にして乾燥させ、北海道で製造される和紙に練り込む。それを裁断してコットンと織り交ぜ、中国地方の伝統的な織機でデニム生地にするという複雑な工程で織られている。

セッチュウの服の特徴の一つは、様々な位置に施されたプリーツだ。ハンツマンで習得したアイロン技術を駆使しているが、特に紙デニムは、衣料用の糊(のり)などを用いなくても美しい折り目を付けることができる。通気性にも優れ、何より着心地がいいという。「僕が求める紙デニムは、パルプとデニムの織りの両方の技術が高い日本でしか作れない」