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投資と無縁の40歳、メタバースの「土地」を130万円で買う 仮想空間の「バブル」

World Now
メタバース上でつくろうとしている、東京・渋谷の街のイメージ
メタバース上でつくろうとしている、東京・渋谷の街のイメージ(SHIBUYA109エンタテイメント提供)

まず、個人では、どんな人が土地を買うのだろうか。

近畿地方の農村に住んでいる40歳の「フォン」さん=活動名=に話を聞いた。

フォンさんは3月、投資や投機というものとは関係なく、メタバースにある土地を買ってみた。もっとも小さな1区画といい、値段は約130万円だった。限られた予算で、「ようやく見つけた」という。

8年前に長男が生まれたが、難病で亡くし、精神的に落ち込んで、外で働くことができなくなった。ちょうど、そのころネット空間で、ある「コミュニティー」に出会った。イラストレーターやデジタルクリエーターなど、「情熱とスキルがある人ばかりだった」とフォンさん。

ただ、コミュニティーの人たちの中には、リアルの世界ではうまくいかず、自分と同じように「生きづらさ」を感じている人も少なくなかった。そんな仲間たちが、メタバースのことを詳しく教えてくれた。

「そんな世界があるんや」

仮想空間のイメージ
仮想空間のイメージ(米メタ提供)

メタバースについての知識はゼロだったが、猛勉強した。そして、メタバース上での「イベント」を企画することにした。協力を募ると、アバターをつくる人、動画をつくって宣伝する人、音響を担当する人たちが集まり、それぞれの得意分野で力を貸してくれた。イベントは最大で1900人が集まる盛況だった。そんな体験をブログにつづった。

だれもが、それぞれの才能を開花させることができる――。今回買った「土地」をそんな場所にできないか、とフォンさんは考える。

田舎暮らしにあこがれて、農村に移り住み、そこで購入したリアルの土地に価値はほとんどないという。ならば5歳の娘に何が残せるかと考えた。「同じ残すならメタバースの土地を残したい」とフォンさんは語る。

■仮想世界の土地に「希少価値」は

完売まで、わずか1分44秒だったという。3月15日、予告された販売開始時刻を過ぎると、広大な15個の「土地」は、またたく間に売り切れた。

もっとも高額なもので7900万円相当。それでも世界から買い手が殺到し、1秒で売れた土地があったため、「こんなにすぐ売れるとは」と担当者も驚きの声をあげた。

この土地は、地球上のどこにもない。メタバースだけにあるものだ。ここで、その取引が熱を帯びている。

いったい、何が起きているのか?

これは「The Sandbox(ザ・サンドボックス)」というゲームだ。世界に4000万人超の利用者がいるとされ、土地は暗号資産(仮想通貨)で売り買いする。開発して街づくりをしたり、土地を貸して稼いだり、イベントを開いて入場料を得たりもできる。

「メタ」という新しい社名を発表するマーク・ザッカーバーグCEO
「メタ」という新しい社名を発表するマーク・ザッカーバーグCEO=同社のサイトから

土地は「ランド」という単位で区分けされる。不定期で売りに出され、上限に達すると、それ以上はつくらないという決まりで、この希少性が「価値」を生む仕掛けだ。

暗号資産の交換業者である「コインチェック」が土地を売り始めたのは、昨年4月のことだった。ザ・サンドボックスの運営会社から土地を買い取り、一般向けに売り出した。

初めは1ランドあたり3万~5万円相当だったが、数カ月経つと約20万円となり、いまは150万円で取引される。「(以前は)完売まで1カ月以上かかることもあった」(担当者)というが、昨年秋、フェイスブックが社名を「メタ」に変えると発表してから状況が一変した。

コインチェック執行役員の天羽健介さんは「まだ上がる余地はあるだろう」とみている。

大企業が土地取引に参入するようになって、さらに過熱している。

イタリアの高級ブランドのグッチや、ドイツのスポーツ用品大手アディダスが、相次いでメタバース内で土地を購入した。企業が買ったエリアは、にぎわいが期待され、また地価がはねあがる、という循環だ。さながら「駅前一等地」のようだ。

東京の流行の発信地、渋谷でファッションビル「109」を運営する会社、SHIBUYA109エンタテイメントも今年、土地を買った。マーケティング戦略事業部長の山本英一郎さんは「メタバース上の土地に、渋谷の街をつくりあげ、イベントの開催や広告関連ビジネスができる」と話す。

きっかけの一つはコロナ禍。109の来館者数は、19年度は過去最高の約970万人だったが、20年は380万人ほどに急減した。「国内外から渋谷を訪れることが厳しくなり、実店舗に頼らない事業を広げられないかと考え、目をつけたのがメタバースだった。リアルと同じ規模の事業に育てたい」と山本さんは意気込む。

VR関連の「オキュラス・ゴー」を発表する旧フェイスブック社(現メタ社)のマーク・ザッカーバーグCEO
VR関連の「オキュラス・ゴー」を発表する旧フェイスブック社(現メタ社)のマーク・ザッカーバーグCEO=サンノゼ、宮地ゆう撮影

なぜ、実在しない土地が取引の対象となるのか? それを可能にしたのが、「NFT(非代替性トークン)」と呼ばれる新しい技術だ。

「簡単にいうと、デジタルの資産にハンコを押して唯一無二の本物と証明する技術」とコインチェックの天羽さんが教えてくれた。アート作品や動画のデジタルコンテンツがコピーや改ざんされるのを防ぎ、リアルと同じく「所有」できる。

20年は世界で280億円ほどだったNFT取引が、21年は約4兆7000億円に成長した。天羽さんは「メタバースがもう一つの生活空間になって、リアル経済の規模を超えるかも」と話す。

その一方、高騰する土地取引に警鐘を鳴らす人もいる。

「希少性のないものに『希少価値がある』と言って、売っているようなものだ。いつか『バブル』がはじけるのではないか」というのは、メタバースに詳しい中央大学の岡嶋裕史教授。

「どこにでもつくれる仮想空間に、『駅前の一等地』のような概念はそぐわない。投機の対象として買う人や、本当の価値を理解しないまま買ってしまう人などが、ごった煮になっている。とても危険な状況だ」という。