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【成田悠輔×メタバース】一人の私が「1万人の私」になったとき、何が起きるのか

World Now
成田悠輔氏
成田悠輔氏=イラスト・まきむらゆうこ氏

――メタバースに注目が集まっています。仮想空間の可能性を、どうみていますか?

最初に、私はメタバースの要素技術の専門家でもなければ事業者でもない「1ユーザー・消費者」で、これはそこらのおっさんの雑感だとお断りしておきます。

仮想空間は、コンピューターやインターネットの可能性を、延長したり拡張したりするものだと捉えてます。もともとコンピューターやインターネットは、私たちの認知やコミュニケーションを助け、拡張するものですよね。

コンピューターは、デジタル信号やアナログ数値で記述しやすい対象を、大規模で高速に計算するところから始まった。手で解くのが難しい微分方程式を数値的に解いてミサイルの弾道を計算するみたいな問題が典型です。

そういう計算機がつながってインターネットを形成することで、計算するだけでなくコミュニケーションすることもできるようになった。扱える情報の幅も広がりました。自然言語や画像、音声、動画など、様々な情報をデジタル信号で表現し、数学的・プログラム的に処理する方法を人間は開発してきたわけです。

その自然な延長が仮想空間ですよね。これまで2次元に押し込まれていた画像や動画が、3次元に拡張する。コミュニケーションも、「いいね」やフォローのような離散的単位や動画や言葉のような少数のモーダリティーを超えて、もっと連続的で多次元的で肉体や空間を介したようなものに広がっていく。

そういう意味で、突如新しい非連続な変化が起きているのではなく、インターネットの長い進化の一つの結節点といえる。

「メタバース」のような「バズワード」(Buzz Word=意味を厳密に定義しないで、あいまいなまま広く使われる言葉)があると、非連続な大きな変化が起きているように感じます。

ですが、実態としては、技術変化は少しずつ連続的に起きていて、にもかかわらず私たちが認識しきれていないために、たまたま世間の注意が向くと、それがバズワードになって、突然、新しいものが生まれてきたかのように錯覚するのです。

インターネットによって、私たちのコミュニケーションの壁は、すでにかなり低くなりました。地球の裏側の他人と一緒にゲームもできるし、家にいながら会社のサーバーにアクセスして仕事もできる。ただ、伝えられる情報は言葉や音声や動画などに限られ、現実世界の体は一つだから1万個の場所に同時にいることはできなかった。

仮想空間はそれを変えていく。空間や身体のような3次元的広がりを持つ情報がネットにのるようになって、1人の人間にひもづく体・アバターは1万になりうる。1万の違う職場に通うことも、1万人と同時に付き合うことも、視野に入ってくる。

■「ネット産業への失望を、本当の産業革命に変えられるか」

仮想空間のイメージ仮想空間のイメージ
仮想空間のイメージ(米メタ提供)

――私たちの存在や、政治や経済がどういうものなのか、問いかけられる局面が来るように思えます。

仮想空間の経済的価値には期待がかかっていますね。インターネット産業が本当の産業革命になる手助けをできるかもしれないからです。

次の産業革命だと期待されてきたインターネット産業ですが、とくに2000年代半ば以降は、人類の経済的生産性を思ったほど伸ばせていないことが知られています。※

(※Robert J. Gordon(2017)The Rise and Fall of American Growth: The U.S. Standard of Living since the Civil War. Princeton University Press Chapter 17. Abhijit V. Banerjee and Esther Duflo(2019) Good Economics for Hard Times. PublicAffairs Chapter 5)

だれの目にも明らかな生産性の爆増をつくり出した18~19世紀の第1次・第2次産業革命などと比べると、インターネットは産業革命と言えるほどのものになっていないのです。

不思議ではないですよね。ネットで私たちがしていることと言えば、AVを見て、ツイッターで罵(ののし)り合い、インスタでマウントを取って、広告とPRまみれになること。ネット産業は作業やコミュニケーションの効率化を生んだが、同じくらい時間の「浪費」を生んでいるとも言えそうです。

この失望を、本当の産業革命に変えられるか。それに仮想世界が答えられるかもという期待があるのでしょう。ただ、それはいろいろなものが組み合わさって生まれる産業革命でしょう。仮想世界的な話が一つ、暗号資産(仮想通貨)の基盤技術であるブロックチェーンやウェブ3(ブロックチェーン技術によって実現する分散型ネットワーク)的な話がもう一つ、最後に機械学習や人工知能技術です。これらの技術が、どんどん重要な領域に入りつつあります。

自動運転、介護ロボット、あるいは医療診断や手術を機械化するとか、医療や教育や交通のような、公共性とインパクトの大きい領域にデータと機械学習の力がようやく入りつつあるわけです。

仮想世界・メタバースという新世界ではあらゆる存在がデジタルデータになる。そのデジタルデータの所在を管理したり取引したりするためにブロックチェーンやNFTが活躍する。そしてデータの量と質がこれまでの比でないくらい爆増していくので、データを食べて価値を出す機械学習・人工知能の付加価値も爆増していく。いくつかの流れが組み合わさることで、インターネットによる産業革命という悲願がいよいよ花開く可能性はあるのかなと思います。

■変わる差別や平等への感覚や価値観

――仮想空間では性別や年齢、人種にとらわれない「アバター(分身)」を手に入れられます。私たちの平等に対する感覚や価値観は変わるでしょうか?

経済やビジネスだけでなく、私たちの差別や平等に対する感覚や価値観も変わると思います。

仮想世界で少数民族や高齢者の外見になってみたところ、現実世界での少数民族や高齢者に対する差別が弱まったという研究があります。性別や年齢や人種にとらわれずアバターを着せ替えることで、差別される側の立場や気持ちの疑似体験をしやすくなるからというのがよくある説明です。

そんな他者の疑似体験や、差別やハラスメントの現場の仮想空間体験を社員研修に取り入れている企業もあります。※

(※Jeremy Bailenson(2018)Experience on Demand: What Virtual Reality Is, How It Works, and What It Can Do. W.W. Norton)

――教育などの分野で応用できそうですね。

その意味で、仮想空間の体験は差別の是正や平等に貢献できるかもしれないです。ただ、別の問題をつくり出してしまう可能性もありますね。もしかすると、私たちは、何らかのかたちで差別をしたり、序列をつくったりすること自体が好きな動物なのかもしれません。

そうすると、仮に外見に基づく差別がしにくくなっても、仮想世界に移行しても消えない差別用のシンボルとか、序列づけを行うための何らかのヒントを無理やりつくりだす可能性はあります。外見や肉体に基づく差別を消せる可能性がある一方で、新しい差別をつくりだす可能性があるのではないでしょうか。

■恋愛や性欲も仮想空間で過激に変わる

仮想空間のイメージ
仮想空間のイメージ(米メタ提供)

――VR睡眠だったり、仮想空間でも「恋愛感情」が生まれたり、といったことが話題になっていますが、私たちの基本的な欲望を変えていくのでしょうか?

睡眠に関してはよく分からないですが、恋愛や性欲も仮想空間で過激に変わっていくでしょうね。すでにこれまでのインターネットが根本的に変えています。

チャットボット(テキストなどによる自動会話プログラム)や2次元アイドル(ゲームやアニメで描かれるアイドル)に恋したり、現実の人間よりAVで性欲を満たす方がいいと感じる人たちが増えています。私もそっち系の人間で、現実の人間は汚いと感じます。

こういったことが、もっと過激に起きていくんだろうと思います。AVや性欲についてはすでに起きていて、最近のAVランキングを見るとVRゴーグルとイヤーフォンをつけて体験する「VR AV」が上位を席巻してますよね。初めて見ると没入感に衝撃を受けますし、現段階で「VR AV」の体験が現実のセックスを超えていると言えなくもない。男でも女でも高級風俗のような体験が格安で、性病・妊娠の危険もなくできるようになった今、人はなぜ生身のセックスをする動機を持てるのか。昭和な感覚がたくさん残っている私にさえ正直よくわからないです。

恋愛の概念も変わる可能性が高い。これまで私たちが恋愛と呼んできたものは「他の誰でもない私」が「何ものにも代えがたいあなた」に恋をするというアイデンティティーの唯一無二性や独自性が大事でした。

でも、仮想空間というのは、独自のアイデンティティーを消し去る方向に動くと思うのです。私たちは1万の異なる外見を持ちうるし、1万の異なる職業を持ちうるし、1万の異なる人格が並行して働き、遊ぶ世界が実現していく。

私という人間にひも付いたアバターが、1万人と同時に恋愛するとか、1万人と同時にセックスをするということが可能になっていくわけです。その状態を想像して、恋愛という概念が意味を持ちつづけるかというと、怪しいのではないでしょうか。家族といったものも長い目で見ると、変更を余儀なくされるでしょう。

より広く、私たちの「ほかの何ものにも代えがたいアイデンティティー」に基づくものは、みんな大きな変化を余儀なくされるでしょう。恋人やパートナーにはじまって家族、ID(戸籍)、職業、肩書などなど。

ただ、これもすでに起きてきた変化の過激なバージョンでしかないとも言えますね。インターネットによって、複数の仕事を持ちやすくなったし、不倫や浮気もしやすくなった。所属やそれが、100人と不倫するとか、100の職場で働くといった事態になっていく。

――では、私たちのアイデンティティーは、どうなっていくのでしょうか?

アイデンティティーだと私たちが当たり前に感じているもののほとんどは、国家や企業、社会の制度に取り込まれる中で、自分たちに刷り込ませてきたものにすぎません。身分証明とか肩書とかが典型ですね。仮想世界によって国家や企業の仕組みが変われば、それを追いかけてアイデンティティーも変わっていくのです。

――「私」という存在を前提としている近代国家に対するインパクトや、その方向性はどうでしょうか?

無限に影響があるんじゃないでしょうか。たとえば、自分のアバターが、ほぼ自動運転アバターのようになって、勝手に活動して稼ぐようになったとします。それっぽいことは、すでに起きてます。Instagram(インスタグラム)やYouTubeの「仮想人インフルエンサー」やVTuberみたいな「人」たちがいますね。

生身の人間としては存在しないバーチャルアバターが、100万単位のフォロワーを持って何億円も稼いでるみたいなやつです。ああいうものが気軽に自動生成できるようになって、人間より大きな経済力や影響力を持つようになった状況を考える。すると、どうやって課税するのか、どんな法律が適用されるか。これは難しい問題です。

しかも、その仮想人のピクセルの数値をちょっと変えたり解像度を落としたりしたら、別の存在だとも言える。アイデンティティーやID(身分証明)があるのかないのかよくわからないわけです。

現実世界では、最終的には生身の人間をとっつかまえて死刑にできる、その人間を刑務所にぶち込めるという脅しがあるから、国家の徴税能力や法律が機能しています。しかし、仮想世界だけで完全に完結した仮想人が経済・社会活動を行うとなると、話は変わってくる。

彼らを拷問することは難しいし、せいぜいアカウントを削除するくらいしかできない。そういう状況になったとき、国家がいまのような実行力を持ち続けるのか?挑戦の一つの例でしょう。ただ、経済や国家を根本的に変えるにはまだ時間がかかるでしょうね。

■ベッドやマッサージ器が仮想世界への入り口になる?

メタバース上のアバターを操作するコントローラー
メタバース上のアバターを操作するコントローラー=五十嵐大介撮影

――仮想空間をご自分で体験されて、技術的な部分や操作性などの面で、感じたことはありますか。

いまのところ、VRゴーグルは大きく重くて処理速度は遅く、PCやスマホで仮想世界にアクセスする人の方が多いですよね。VRゴーグルがスマホをおきかえるのではなく、家や家具がVRデバイスになっていくかもしれない。ベッドやマッサージ器が仮想世界への入り口になるイメージです。

――デバイスとしてはスマートグラスが優位でしょうか?

これまた一消費者として勝手な感想を言いますと、二つの方向があるのではないでしょうか。

ひとつは、できるだけ軽く、小さく、身軽につけられるもの。スマートグラスやスマートコンタクトレンズのようなもの、それと連動したイヤホンや時計、体内に入れられるチップのような小さなデバイス・センサーの連合体です。それがスマホを置きかえて仮想世界への入り口になるという方向です。

もうひとつ「ある」と感じるのは、スマホを置きかえるのではなく、家とか家具を置きかえるという方向です。ベッドが仮想世界への入り口になるとか、自動マッサージ器のような機械に、寝っ転がってしまう。1回そこに入るには大きなハードルがあるけど、寝っ転がってしまうと出たくない種類の場所。ベッド、マッサージ器、酸素カプセルとか。あとは、風呂もありそうですね。

――お風呂ですか?

いったんそこに入ってしまうと、出てくることが難しい生活空間を利用する方向ですね。「人をダメにするソファ」との連携とか、そんなこともあるかもしれません。

二つの方向性は、仮想空間SFの中でも典型的に描かれています。モバイルデバイス型で広がるのは、「レディ・プレイヤー1」(スティーブン・スピルバーグ監督によるハリウッド映画)や「竜とそばかすの姫」のような世界観です。家の中にジムやカラオケのような小さな場所があって、手軽なデバイスをつけて仮想世界に飛び込むというイメージです。後者の人をダメにする方向は、映画「マトリックス」が描いた世界観で、カプセルのなかに完全に没入して廃人化するようなイメージ。前者は快活なユートピア型で後者が陰鬱(いんうつ)なディストピア型ですが、両方が競争しあっていくのではないかと思います。

■メタバースビジネスの覇者は?

VR関連の「オキュラス・ゴー」を発表する旧フェイスブック社(現メタ社)のマーク・ザッカーバーグCEO
VR関連の「オキュラス・ゴー」を発表する旧フェイスブック社(現メタ社)のマーク・ザッカーバーグCEO=サンノゼ、宮地ゆう撮影

――こうした競争をリードするのは、やはりGAFAM(グーグル、アップル、旧フェイスブック=メタ、アマゾン、マイクロソフト)などの巨大IT企業でしょうか?

GAFAM的な現在のIT独占企業は、お金と計算・通信インフラには強いですが、デバイスやコンテンツ・クリエーターには強くないですよね。むしろコンテンツより広告・インフラという文化なので、新世界というコンテンツを創造するのとは相性が悪そうです。

むしろFortnite(フォートナイト)を運営している「Epic Games」やソニー、スクエニ(スクウェア・エニックス)、任天堂のようなゲーム企業や、ディズニーのようなエンタメ企業などの方が、実は可能性が高いのかもしれません。

――運営者は、私たちの感情や神経に近いようなデータを把握できるようになります。危険性や規制について、どう考えますか?

危険はあると思いますが、それはいつものことですよね。スマホやスマートウォッチだって同じです。危険性は常にあるけど、やってみないと何が起こるか分からないからやってみるのが人間というものだと思います。新しい技術や慣習ができれば、常に危険性はある。危険性が顕在化したら、順番に対処することを繰り返していくだけじゃないでしょうか。

――現状でも、プライバシー侵害を規制できていないんじゃないかという議論があります。議論が追いつかなくなりませんか?

規制はだいたい後追いだと思います。データ規制だけじゃなく、独占禁止法の規制だって遅れるわけです。

1980年代、アメリカ政府がIBMをどう規制するか話し合っていたら、あっという間にマイクロソフトが出てきました。90年代に入り、マイクロソフトをどう規制するかと言っていたら、GAFAが出てきました。規制というのは大きなものになればなるほど遅れるし、遅れざるをえないと思う。そして遅れていいんじゃないですか。

こういう領域は、政治家や官僚が主導するより、市場とユーザーに任せていけるところまでいって、何かやばすぎることが起きたら政治と行政が出てきて自浄作用が働くかたちで進んだ方が人間にとってよい結果になると思います。

■現実世界は「実家的な空間」に

仮想空間のイメージ
仮想空間のイメージ(米メタ提供)

――仮想空間に適応できなくなる人も、一定程度出てくるかと思います。

はい。でも取り残されている人がいるからこそ、こういう新しい技術が価値を持つとも言えるのです。それを使い切れていなくて、昔ながらの古いやり方を続けている人がいるから差分をつくりだせる。

インターネット広告が価値を持つようになった大きな理由のひとつは、テレビ広告や新聞広告みたいに、よく効果も分からず独占広告会社にふっかけられるだけの広告を出し続けていた人たちがいたから、それとの比較で相対的にコスパのいいものとして力を持ってきた。

――仮想世界が充実していくと、現実世界はどうなっていきますか。「つまらないもの」になるでしょうか?

現実世界は「クソゲー(つまらないゲーム)」的な空間になっていくのではないでしょうか。

すでに人の目が認識できる解像度を超えるVR端末がではじめていますよね。例えば、Varjo社のVRゴーグルとか。仮想空間と比べた現実世界は、効率が悪く、不条理で、遅く、解像度が低く、ウイルスにかかったり事故にあったりする面倒な空間になっていくのではないか。排泄(はいせつ)をしなきゃいけないし、シャワーも浴びなきゃいけないし、髭(ひげ)も生えるし生理もくる。老いてシミはできていくし、気づけば楽しく本質的な活動より身支度や健康維持のために使う時間が多い。

ただ、それで現実世界の価値がなくなるかといえば、分からない。私たちは、辺境の不毛の土地に観光地としての価値を見いだしたり、実家や故郷に帰ってその効率の悪さや不合理さを見て、ほほえんだりもする生き物です。現実世界は、あらゆるデバイスや、あらゆる接続からときどき離れたとき、何と退屈で、何と汚くて、何と機能性が悪い世界なんだろう、でもホッと懐かしさも感じる、良くも悪くも私たちの起源にふれるような「実家的な空間」になっていくのかもしれません。

なりた・ゆうすけ 米イエール大学助教授。「半熟仮想株式会社」代表。専門は、データとアルゴリズム、数学、ポエムを使ったビジネスと公共政策(とくに教育)の想像とデザイン。