先日、宮内庁は今年10月30日に開催される秋の園遊会について、招待資格者の配偶者の名札にも名前を記載すると発表しました。
これまで園遊会では各界で功績を挙げた招待資格者の配偶者の名札にはフルネームではなく、女性の場合は「〇〇夫人」、男性の場合は「〇〇夫君」と記載されていました。そのため今年4月に行われた「春の園遊会」では岸田文雄首相の名札はフルネームだったのに対し、妻の裕子さんの名札には妻のフルネームではなく「岸田文雄夫人」と記載されていました。つまり夫のフルネームの下に「夫人」と書かれていたわけです。
「家」を単位として一つの戸籍を作り、男性の戸主が家族全員を統率するといういわゆる「家制度」は第2次世界大戦後の民法改正で1947年に廃止されました。そうはいっても「家」という考え方は今の時代も完全になくなっているわけではありません。結婚した女性は夫の家に帰属するものだという感覚がまだ残っているなか、政治家も含め、表(おもて)に出て活躍する人の数は女性よりも男性が圧倒的に多いです。そういった状況のなか、園遊会も含めて夫婦で参加する会合やパーティーに夫人個人のフルネームではなく、夫のフルネームに「夫人」と書く名札は「家制度」の名残だったとも言えるでしょう。
その一方で、近年はSNSなどを中心に「女性をフルネームで呼ばずに、〇〇夫人と記載するのはおかしいのではないか」と批判の声も多く聞かれ、宮内庁は今回の見直しで、時代に沿った判断をしたわけです。
ドイツにあった慣習「夫がドクターなら妻もドクター」
「妻は夫の付属」とする考え方は日本だけのものではありません。ドイツではかつて今や全員が失笑するようなことが堂々と行われていました。
ドイツでは博士号を取得すると、名字の前にDr.(ドクター)がつきます。例えばMüllerという名字の場合はDr. Müllerとなり、このDr.はパスポートなどの身分証明書や公的な書類にも記載されます。
Müllerさんにメールをする場合、通常はHerr Müller(男性の場合)、またはFrau Müller(女性の場合)と書きますが、博士号を取得している場合はHerr Dr. MüllerまたはFrau Dr. Müllerと書かなければいけません。
ところが、かつては主に南ドイツを中心に「Dr.の称号を持った夫の妻」は自分自身に博士号がなくても、Frau Dr. 〇〇と呼ばれていました。あまりにも滑稽ということで近年はほぼなくなっているこの風習ですが、つい数十年前までは地方に行くと、「博士号を持っていない妻」が「夫が博士号を持っている」という理由でFrau Dr. 〇〇と呼ばれていたわけです。
自分自身の努力を重んじるのではなく「夫の社会的地位にあやかる」という現代では受け入れられない考え方がドイツにも確かにあったわけです。現在はほぼなくなった、と書きましたが、超高齢の女性に対しては「本人がそう呼ばれることに慣れているから」という理由から周囲が気を遣ってFrau Dr.〇〇と呼び続けている場合もあります。
「ファーストハズバンド」はたたかれない"二重基準"
妻の社会的地位を「夫を通して見るのか」それとも「妻自身が努力をして得てきたものを見るのか」という根本的な問題が浮き彫りになっています。
昔も今もタブロイド誌などはファーストレディーを「常に夫に寄り添う存在」として「立ち振る舞い」「ファッション」「美貌」といった点にフォーカスしながら取り上げています。しかし「ファーストレディー」に「完璧な立ち振る舞い」「完璧なファッション」が求められがちなのに対し、それが「ファーストハズバンド」になると、途端にメディアがトーンダウンするという二重基準がしばしば見受けられます。
たとえば、メルケル元首相が2005年にドイツ初の女性首相になった就任式の際、化学者の夫は姿を現さず、職場のテレビでその様子を見ていました。彼は最初から「ファーストハズバンド」としての活動をあまりせず、イベントや会合に参加することはまれでした。
ある時は会合に登場しましたが、退屈だったのか椅子に座ったまま居眠りする姿をドイツのタブロイド誌に撮られたこともあります。それでも過剰に叩かれるということはなく、「ファーストハズバンドとしてあまり活動していない」ことはあまり非難されませんでしたし、「彼のファッションや髪形」がメディアの批判にさらされることもありませんでした。そのこと自体は喜ばしいことではあるものの、「もしもこれがファーストハズバンドではなくファーストレディーだったら、さぞかし叩かれたに違いない…」と思うと、何だか複雑な気持ちになったものです。
自己流を貫いたファーストレディーも
「男性に対してはあまり期待しないけれど、女性に対しては期待しがちなもの」には介護や育児などの「ケア労働」に加えて、お盆や正月の際の親戚への「もてなし」などがあります。それに加えて、夫が政治家であるなど「表(おもて)に出る職業」の場合、妻が当然のように夫がらみのイベント、レセプションなどに同行し「抜かりない立ち振る舞いで夫の株を上げること」が暗黙の了解で期待されています。
意外なことに日本よりも、むしろヨーロッパのほうがその期待が大きい場合もあります。それはヨーロッパが「カップル社会」であり、イベントや会合など人の集まる社交の場には「カップルで出席することが当たり前」だとされていることと無関係ではありません。
そういった風潮に真っ向から「ノー」を突き付けた女性もいます。
フランスのフランソワ・オランド氏が2012年に大統領に就任した時、彼には事実婚のパートナーのバレリー・トリユルバイレールさんがいました。オランド氏が大統領になったことで、ジャーナリストのバレリーさんは実質上のファーストレディーとなったわけですが、彼女はオランド大統領がらみのイベントに同行するといった「ファーストレディーとしての活動」に前向きではありませんでした。
当時バレリーさんはそのことをヨーロッパのメディアで散々叩かれました。でもよく考えてみると、「結婚をしていない」という事実をいったん置いておいたとしても、バレリーさん自身も仕事を持っていたのですから、「パートナーだから」という理由で当たり前のように時間を割いて無償で奉仕させられるというのは、おかしな話だと思います。
面白いのは、日本の場合は女性が「パートナーをサポートすること」は「夫婦である場合のみ」求められるのに対し、フランスやドイツなどのヨーロッパでは「結婚をしていないカップル」であっても、女性に対してパートナーに同行して色んな社交場に顔を出すことを期待する風潮があることです。
日本は男女平等だとは言えませんが、上に書いたことなどをふまえると、欧州も完全に男女平等だとは言い難いと思います。
「たとえ仕事を持っていても女性が何かとパートナー絡みで公の場に駆り出されること」も、「夫人の名札に自身のフルネームではなく『夫のフルネーム+夫人』と記載されること」も、ある意味「似たような問題」だと言えるでしょう。そこからは「女性を男性の付属として見る」という問題が浮き彫りになっています。
そうはいっても時代の流れとともに世の中の価値観は少しずつ進化しています。宮内庁が「妻の名札に妻自身のフルネームを記載することにした」という決断をしたことは時代の流れに合った大きな前進だといえるでしょう。