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イランとイスラエル、直接攻撃で破られた戦略的沈黙、中東最大の火種はどこへ向かう?

World Now 更新日: 公開日:
イスラエルのネタニヤフ首相(左)とイランのハメネイ師
イスラエルのネタニヤフ首相(左)とイランのハメネイ師=顔写真はロイター、gettyimages

中東の地図=GLOBE+編集部作成
中東の地図=GLOBE+編集部作成

前代未聞の直接的対峙

4月初旬、中東全体が緊張に包まれた。イランが、長年の敵国であるイスラエルに対し、直接攻撃に乗り出したのだ。300発以上の無人機(ドローン)やミサイルをイスラエルに向けて発射するという前代未聞の大規模な攻撃だった。

イスラエルは、同国がアメリカと共に開発した長距離防空システム「アロー」や戦闘機で迎撃。迎撃にはアメリカやイギリス、フランス、そしてヨルダンも参加し、イスラエル軍は99%の迎撃に成功したと発表した。イスラエルでは南部の軍施設が軽微な損傷を受け、破片によって1人がけがをするという結果に終わり、その直後には、イスラエルが、イラン中部イスファハンに再報復したとされるが、いったんは両国による攻撃の応酬は止まった。

イラン攻撃のきっかけは4月1日、イスラエルの隣国シリアにあるイラン大使館の領事部が空爆を受け、イラン革命防衛隊の幹部を含む7人が殺害されたことにある。最高指導者ハメネイ師はこの攻撃がイスラエルによるものだと非難し、「悪魔の政権が過ちを犯したのであれば、罰せられなければならず、そうなるだろう」と報復を宣言。国際社会による再三の自制を押し切り、イスラエルへの攻撃に乗り出した。

しかし、今回の攻撃の応酬で注目すべきは、イランがイスラエルを直接攻撃したという以上に、攻撃に乗り出すという決断をしたことにある。

白煙を上げるシリアのイラン大使館近くのビル。イランメディアはイスラエルが攻撃したと報じた
白煙を上げるシリアのイラン大使館近くのビル。イランメディアはイスラエルが攻撃したと報じた=2024年4月1日、ダマスカス、ロイター

イランが貫いてきた戦略的沈黙と「影の戦争」

イスラエルは1948年の建国のあと、イランと国交を持ち、当時は両国を結ぶ直行便も就航していた。その関係に劇的な変化が訪れたのが1979年、イランで起きたイスラム革命だ。

親米だったパーレビ王政が倒され、イスラム法学者が権力を握るイスラム共和制が成立、反米路線に転向した。両国の国交は断絶し、イラン国内にいた多くのユダヤ系イラン人はイスラエルに逃れる事態となった。

イランがイスラエルを敵視するようになった背景について、イラン情勢に詳しいテルアビブ大学のメイア・リトバク教授は、「革命後、当時の最高指導者ホメイニ師は、イスラム教徒のために、ユダヤ人からエルサレムとパレスチナを解放するとして、『エルサレムの日』を宣言し、『イスラエルに死を』というスローガンを唱え始めた。イランが掲げた反シオニズムは、(イスラム教の二大宗派のうちイランが国教とする少数派シーア派にとどまらず)多数派スンニ派も含め、今やイスラム主義者の中心となっている」と説明する。

イラン革命を主導した最高指導者ホメイニ師の写真を掲げる支援者たち
イラン革命を主導した最高指導者ホメイニ師の写真を掲げる支援者たち=1979年2月、テヘラン、ロイター

今、イスラエルとイランの間の緊張はかつてないほどに高まっている。

イランは、イスラエルとの直接的な衝突は避けつつ、イスラエルを取り囲むように、レバノンのシーア派組織ヒズボラや、パレスチナのイスラム組織ハマスやイスラム聖戦などを支援し、「抵抗の枢軸」と呼ばれる「イスラエル包囲網」を構築してきた。

これに対し、イスラエルは、イラン本国への破壊工作や、レバノンのヒズボラなどのへの支援を阻止しようと、武器の供給ルートとされるシリアやレバノンなどの”軍事拠点”を度々空爆し、対抗してきた。2022年には、シリアで革命防衛隊の別の幹部が暗殺された、イスラエルによる攻撃とみられている。

さらに、イラン本土でも、多種多様な攻撃を仕掛け、抑止を試みてきた。2020年には、核科学者のモフセン・ファクリザデ氏が、テヘラン郊外で自動車を運転していたところ、遠隔操作された兵器によって殺害されたほか、翌2021年には、中部ナタンズ(Natanz)の核施設で爆発が起き、電源設備が破壊されて遠心分離機への給電が止まり、大きな被害が出るなどし、イランはいずれの攻撃についてもイスラエルによるものだと非難してきた。

殺害された核科学者モフセン・ファクリザデ氏の棺を運ぶイラン軍兵士たち
殺害された核科学者モフセン・ファクリザデ氏の棺を運ぶイラン軍兵士たち=2020年11月29日、テヘラン、ロイター

この他にも、イスラエルとイランの間では、双方によるものと見られる攻撃が、それぞれの国土や関係すると見られる拠点や船舶などに対して秘密裏かつ継続的に行われ、この状態は「シャドー・ウォー(影の戦争)」と呼ばれ、地域における緊張を高めてきた。

イランが直接攻撃に転じた背景は?

しかし、これまでイスラエルへの直接的な報復を避けてきたイランは今回、イスラエルによるダマスカスの大使館への攻撃に対し、これまで「戦略的な沈黙」を破棄し、史上初めてとなるイスラエルへの直接攻撃に乗り出したのだ。

その理由について、イラン情勢に詳しい米クインシー研究所の創設者トリタ・パルシ氏は、「状況をエスカレートさせないようにしながらも、イスラエルがレバノンやシリアなどの目標をあからさまに攻撃することを防ぐため、『新たな均衡』を達成する必要があった」と述べ、これまで貫いてきた沈黙を守れないほどに国内の圧力が大きくなったと指摘する。

一方、リトバク教授も、「最高指導者ハメネイ師は、イスラエルに対する非常に強硬な姿勢の半面、慎重な人物だ。イスラエルとの大規模な戦争に巻き込まれないよう、イスラエルへの報復を求める層を抑えこんできたが、今回の攻撃はこれまで以上の恥辱であり、国内の圧力に屈さざるを得なかった。イスラエルへの直接攻撃に乗り出すという決断を下したことは驚きに値する」と分析した。

イランは今回の攻撃によって何を得られたのか。

革命防衛隊系のタスニム通信によると、イランは首都テヘランのスイス大使館を通じて、アメリカに攻撃について事前通告をしていた他、米メディアによると、サウジアラビアや他の湾岸諸国にも領空防衛のため、事前通告をしていたとされる。

パルシ氏は、イスラエル側や同盟関係にある国家に事前に十分な時間を与えたにもかかわらず、イスラエルの軍事施設に損傷を与えることができたことで、イラン側の勝利と捉えることができると分析する。

米クインシー研究所の創設者トリタ・パルシ氏
米クインシー研究所の創設者トリタ・パルシ氏=筆者撮影

イスラエルの誤算

イスラエルはかねてより、イランを最大の敵国と位置付けてきた。そのイランの脅威を訴え続けてきたのが、歴代最長に渡ってイスラエルを率いるネタニヤフ首相だ。自らも軍の特殊部隊出身で、安全保障に精力を注いできたことから、「ミスター・セキュリティー」の異名を持つ。

新人兵士と面会するネタニヤフ首相(右)
新人兵士と面会するネタニヤフ首相(右)=2024年4月16日、Haim Zach (GPO)

イスラエルとイランの「影の戦争」の舞台となってきたのが、イスラエルの北部にあるシリアだ。イスラエルは、イランがたびたびシリアを経由し、イランが支援するレバノンのシーア派組織ヒズボラに武器などを供給しているとして、シリアへの継続的な空爆をしてきた。

このシリアへの空爆は、同国の制空権を握るロシアの暗黙の了解のもとに行われてきたとされる。それゆえ、イスラエルはウクライナへの軍事侵攻を巡り、ロシアを批判しない立場を維持してきた。同盟関係にあるアメリカからロシアを非難するよう求められたともされるが、ロシアとの良好な関係を維持するという立場を維持。それだけイスラエルにとって、シリアでの「フリーハンド」を維持することが重要であることを意味する。

こうした攻撃の一環として行われたとみられるのが、4月1日のシリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館の領事部への攻撃だ。しかし、イスラエルでは今回の攻撃について、イランがイスラエルへの直接攻撃という前代未聞の報復に乗り出すことは予想していなかったとされ、リトバク教授は、イランの報復を予測できなかった時点で、軍事作戦としては失敗だったのではないかと指摘する。

テルアビブ大学のメイア・リトバク教授
テルアビブ大学のメイア・リトバク教授=筆者撮影

「全面戦争」には消極的な両者

両国は激しい緊張関係にあるものの、実際のところ、互いに「全面戦争」は望んでいない。

リトバク教授によると、イスラム革命時の最高指導者であるホメイニ師が演説の中でイスラエルに触れたのが4割程度であるのに対し、現指導者のハメネイ師は9割に上ると指摘。それにもかかわらず、ハメネイ師は非常に慎重な人物として知られるとし、「ハメネイ師が指導者である限り、イランがイスラエルを本気で攻撃する可能性は低い。ただ、ハメネイ師の死後は、どうなるかわからない」と分析する。

さらに、イスラエルは、「あいまい戦略」をとっているが、中東で唯一の核保有国とされ、イスラエルの核攻撃能力はイランにとっては大きな脅威だ。

一方、イスラエルにとっても、イランと直接的に戦争をすることになれば、困難を極める。イスラエルはかつてイラクやシリアが開発中だった核開発施設を戦闘機で空爆して無力化したが、イランとはさらに遠く、距離はおよそ2000キロに上り、燃料の補給などにおいて極めて複雑な軍事作戦が求められる。国土は約70倍の広さで、10倍の人口を持ち、戦争によってイランを打ち負かすことは難しい。

ネタニヤフ首相は、イスラエルにはいつでもイランを攻撃する用意があると繰り返し、イランを牽制するが、リトバク教授は、「ネタニヤフ首相は常にそうした発言を口にするが、政策面を見ると、発言と行動が異なることもあり、非常に慎重なタイプだ」と指摘する。

ただ、「ガザで起きていることがイスラエルの戦略的敗北と受け取られるような結果に終われば、イランがより攻撃的になるのは間違いない。両国の緊張を『緩和』することは不可能で、『抑制』されるという程度にすぎない」と話し、ガザ地区での軍事衝突の結末にも影響されると話す。

両国の敵対関係に明るい将来はない。イスラエルがパレスチナ国家の樹立を認めたとしても、現在のイスラム体制下のイラン政府は、歴史的なパレスチナ、つまり1948年の建国以前の土地をパレスチナと主張しているため、両国の緊張関係が緩和される可能性は低いとリトバク教授は指摘する。

一方、パルシ氏は、中東におけるアメリカの影響力のさらなる低下により、中東は大きな転換点を迎えていると話す。

米クインシー研究所の創設者トリタ・パルシ氏
米クインシー研究所の創設者トリタ・パルシ氏=筆者撮影

鍵を握るサウジ、「三角関係」のせめぎ合い

イスラエルとイランのせめぎ合いの中で、今後の鍵を握るのが湾岸諸国、中でもサウジアラビアとの関係だ。

イスラム教シーア派を国教とするイランと、イスラムの盟主を自負するスンニ派のサウジアラビアはペルシャ湾を挟んで向かい合う地域大国であり、長年のライバル関係にある。アメリカと強固な関係にあるサウジアラビアは、イランにとって軍事的な脅威でもある。

そのサウジアラビアは長年、パレスチナ問題をめぐる中東和平問題において、パレスチナの後ろ盾となってきた。2002年には「パレスチナ国家の樹立なくして、イスラエルとの国交正常化なし」というアラブ和平案を主導するなどしてきた。

そのパレスチナを占領下におくイスラエルとは外交関係を結んでおらず、表向きは対立関係にあるとされるが、水面下では対イラン戦略において協力関係にあると言われてきた。

これが、イスラエルとイラン、サウジアラビアをめぐる三角関係だ。

ただ、2020年以降、この関係にはさまざまな変化が訪れる。トランプ政権がその年、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンなど、イランの近隣でもある湾岸のアラブ諸国との国交正常化を仲介し、和平合意が成立した。この和平合意は、「アブラハム合意」と名付けられた。

アブラハム合意は、イスラエルにとって、パレスチナ国家を樹立させることなく、対立関係にあったアラブ諸国との和平を進めたという意味で外交的な勝利であるとともに、イランを封じ込める「イラン包囲網」を構築するという狙いがあった。アブラハム合意の後には、イスラエルがバーレーンにレーダーを配備したという報道もある。

スウェーデンの国際平和研究所によると、イスラエルは核弾頭80発を保有していると推測されている。イランにとって、事実上の核保有国であるイスラエルは安全保障上の脅威であり、イランの庭先である湾岸にまで足を伸ばすことができるようになれば、イランにとってその脅威は高まる。

このアブラハム合意を推し進めようとしているのが、アメリカのバイデン政権だ。イスラエルとサウジアラビアとの国交正常化を実現させるため、イスラエルとサウジアラビアの国交正常化の条件として、イスラエルにはパレスチナ国家樹立による2国家解決を求めるとともに、アメリカとサウジアラビアの間では、安全保障関係の強化や、民間向けの核開発能力の付与などが提示されていると報道されていた。

「拡大版アブラハム合意」とも言えるが、このイスラエルとサウジアラビアの国交正常化であり、大きな懸念を抱くのがイランだ。

パルシ氏は、「イランは、アブラハム合意がイランにとって大きな脅威になりかねないと見ている。サウジアラビアがアメリカからの安全保障の確約を得れば、過去にアメリカから安全保障を得られると思って行動してきたように、さらに無謀な行動を取る可能性があるのではないかと懸念している。さらに、これはイランに限ったことではない。サウジアラビアの近隣諸国を含め、この地域で私が話をしたほとんどすべての国が、このことを非常に懸念している。近隣諸国は、サウジアラビアがアメリカからの安全保障を得るという考えを好んでいない」と、イランだけではない湾岸の近隣諸国でも、サウジアラビアに対する警戒心が広がっていると指摘する。

その一方で、イランとサウジアラビアの関係にも変化が訪れた。2023年3月、中国の仲介でサウジアラビアとの関係を正常化させたのだ。

しかし、こうした関係正常化にもかかわらず、リトバク教授はこの両国の間には、いまだ深い溝が存在すると指摘する。

テルアビブ大学のメイア・リトバク教授
テルアビブ大学のメイア・リトバク教授=筆者撮影

イスラエルはパレスチナに譲歩し、サウジを取るか

イスラエルにとっては、イスラムの盟主であるサウジアラビアとの国交正常化が実現すれば、イラン包囲網を強化することができると共に、パレスチナ問題を事実上、葬り去ることを意味し、一石二鳥だ。サウジアラビアも、イスラエルとの国交正常化に対し、直接的ではないものの、前向きであると報道されてきた。

しかし、2023年10月7日、ハマスによるイスラエルへの越境攻撃によって、イスラエルがガザ地区への破壊的な報復に乗り出すと、サウジアラビアは態度を大きく変えた。それまでの前向きな姿勢をあらため、「パレスチナ問題の解決無くして正常化なし」という立場を繰り返し鮮明にしている。

イスラエルにしてみれば、サウジアラビアとの関係正常化のために、10月7日以前でも難しかったパレスチナへの大幅な譲歩を迫られている形だ。

イスラエルにとって、イランという大きな脅威を踏まえれば、パレスチナに譲歩し、サウジアラビアと国交正常化させることは、戦略的に大きな国益となるはずだ。

リトバク教授に、このシンプルな質問をぶつけると、「もちろんそう考えるイスラエル人はいるが、現政権が考えることではない。私は個人的には2国家解決を特に支持しているが、現時点ではとても難しい。ハマスの攻撃によってイスラエル国民はトラウマを負った。そもそも2国家解決が実現しても、平和は訪れないだろう。しかし、2国家解決は、イスラエルを民主主義的なユダヤ国家として維持するために必要だ。そこで戦略的な選択肢は二つしかない、『良いか悪いか』ではなく、『悪いか、さらに悪いか(bad or worse)』のどちらかだ」と述べ、長期の戦略的な視点が必要だと指摘する。

さらに、リトバク教授は、サウジアラビアが、イスラエルと国交正常化することなく、アメリカから安全保障の確約を得ることで合意すれば、イスラエルにとって最悪のシナリオだと強調する。

アメリカのブリンケン国務長官は5月にサウジアラビアを訪問した際、「アメリカとサウジアラビアの二国間協定については、あと少しで合意に達する。いくつかの細部については引き続き作業を進めなければならないが、これらの細部についても近く合意に達することができると考えている」と述べた。

サウジアラビアとしては、ネタニヤフ首相がパレスチナ国家の樹立に強硬に反対する姿勢を示すなか、アメリカからの安全保障上の確約さえ得られれば、イスラエルと国交正常化するメリットは小さくなる。ガザで多くの同胞のパレスチナ人が死亡する中で、イスラエルと国交を結べば社会からの反感を買うのは必至で、イスラエルと正常化しなければ、アラブの盟主としての維新を傷つけることもない。

そうなれば、イスラエルは、イランに対抗するための足場を築くだけでなく、サウジアラビアとの正常化によって得られるさらなるアラブ諸国との接近という絶好の機会を逃すことになりかねない。ネタニヤフ政権はパレスチナ国家の樹立に強硬に反対することで、パレスチナ問題を葬り去ることに失敗し、サウジアラビアとの国交正常化という絶好の機会を逃しかねないという皮肉な状況とも言える。

中東の最大の火種が今後もくすぶり続けることは間違いなく、それぞれがどのような戦略的な判断をするのか、中東は大きな岐路に立たされている。