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米イランの緊張、イスラエルの眼 安全保障のプロが見る「日本が取るべき道」

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国際カウンター・テロリズム研究所(イスラエル)のボアズ・ガノール所長=梶原みずほ撮影

――米軍は2020年1月、イランのイスラム革命防衛隊のソレイマニ司令官を殺害し、イランは米国だけでなく、「イスラエルも標的」と警告しました。その後、イランはイラクの米軍基地にミサイルで報復攻撃をしましたが、トランプ大統領は報復の連鎖を避けたい意向を示しています。

抑止力は軍事的能力に加え、「もしレッドラインを越えたら軍事力を行使する」という意思が相手に伝わらないと抑止になりません。トランプ政権の〝孤立主義〟によって、米国の抑止力は機能していない状況が続いていましたが、ソレイマニ司令官の殺害は、米国の本気度を示す戦略変更でした。イランがレッドラインを越えれば、武力を行使するという警告です。

その後、イランはイラクの米軍が駐留するイラク軍の基地にミサイル攻撃をしましたが、これは米国に報復していることを国民向けに見せる狙いのものでした。とはいっても、基本的な情勢は何にも変わっていません。

中東はいま真っ二つに勢力が割れています。一つはイラン、トルコ、ヒズボラ、ロシア。もう一つはエジプト、ヨルダン、サウジアラビア、湾岸諸国、イスラエル、米国です。優勢なのはイラン側の勢力です。

攻撃を受けた国営石油会社「サウジアラムコ」の石油施設=2019年9月20日、サウジアラビアのアブカイク、高野裕介撮影

■アメリカがつくった力の空白、ロシアとイランが埋めている

――現在の中東の混乱の節目は、2010年から始まった「アラブの春」にさかのぼりますが、当時「アラブの冬」が訪れると思ったそうですね。

多くのイスラエル人は違和感をもち、「アラブの冬」の到来を予感していました。実際にその通りになっています。シリアをはじめ、さまざまな国で混乱が生じました。

「アラブの春」を機に民主主義を広めようとし、民主主義が世界の問題を解決する奇跡的な処方箋であるかのように考えたオバマ政権には、米国のナイーブさを感じました。自由選挙は、自由や人権など民主的な価値観のある社会でなければ、機能することは難しいのです。

結果としてシリアなどで内戦が勃発し、過激派組織「イスラム国」(IS)という「ハイブリッドテロ組織」が生まれました。テロ活動をする一方で、領土と住民を管理しながら合法的に人々に水や食べ物、サービスを供給する組織という意味です。ISは現在は合法だとは思われていませんが、レバノンのシーア派組織ヒズボラは「ハイブリッドテロ組織」として影響力を拡大しています。

オバマ前大統領が軍事介入に消極的だったことや、エジプトで民主化運動が起きたときにムバラク大統領の退陣を許したことは、中東の友好国にもイラン側にも、マイナスのメッセージを与えてしまいました。加えて米国はシリアのISに対する作戦も空爆が中心で、「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」(地上部隊の派遣)ではなかった。結果的に中東に空白ができてしまったのです。

その空白を埋めたのが地上で戦ったロシアとイランです。米国はISに勝利したと言っていますが、本当に勝利したのはロシアとイラン、それと中国です。中国は軍事的関与はありませんが、経済的影響力があり、いまや中東情勢のアクターです。中国はイスラエル最大手の食品メーカーを買収し、テルアビブに中国が開発した列車が走っています。イスラエルの戦略港であるハイファ港の管理運営権までも、握ろうとしていました。

――イランの影響力が急速に拡大しています。

いま世界で最も危険なのはISでもアルカイダでもなく、イランです。でもイラン国民は悪くありません。1979年のイラン革命前、イランの最大の同盟国はイスラエルだったんです。突然、シーア派とその最高指導者・ホメイニ師に乗っ取られたようなものです。

彼らの目標は「イラン革命の輸出」です。第一フェーズで「三日月地帯」(イランからイラク、シリア、レバノンと、シーア派の影響力が及ぶ三日月のようにみえる地帯)へ、第二フェーズで中東全体へ、第三フェーズで世界に向けて革命を広めようとしており、この2、3年で第一フェーズである三日月地帯の形成に成功したのです。

米国はイラクのサダム・フセイン(スンニ派)政権を倒し、シーア派にイラクを与えてしまいました。だから米国がイラクで何かをしようとしても、イラクはワシントンではなく、イランのシーア派の方を向いているのです。

イラクでシーア派体制を確立したあと、シリアに影響力を広げました。いまのシリアはイランに支配されており、アサド政権は操り人形にすぎません。イランはレバノン政権も無力化しました。いま、レバノンを本当に動かしているのは政府ではなく、ヒズボラです。さらに、イランの革命防衛隊によって各地にシーア派軍事組織がつくられ、イエメンのフーシ派やトルコ・ヒズボラに送り込まれており、ホメイニ師のビジョンは着実に具体化されています。

――米国とイランの関係悪化の引き金になった米国の核合意離脱を、イスラエル側はどう評価しますか。

「米国に死を」などのスローガンを叫ぶイランのデモ参加者たち=2019年11月4日、テヘランの旧米国大使館前、杉崎慎弥撮影

オバマ政権が結んだ核合意はひどいディールでした。「アメとムチ」のセットであるべきところを「アメ」だけ与えて、「ムチ」がなかったからです。欧米諸国はイランによる核開発を遅らせたと考えていますが、核開発に向けた準備を秘密裏に進める時間を与えただけです。また、その時間的猶予は、イランに経済的な繁栄をもたらし、中東の政権に対する破壊活動に投資できたわけです。その一例がレバノンのヒズボラの兵器です。10年前に1万発だったロケット弾やミサイルは、いまは15万発に増えました。

日本のイラン認識は間違っている

――これまでイランと良好な関係を築いてきた日本は、米国が呼びかけた有志連合に加わらず、独自に自衛隊をオマーン湾などへ派遣することを決め、米国とは一線を画しています。

日本の当局と話すと、「我々はイランをよく知っているから大丈夫。彼らはそこまで悪い人たちではではない」と言います。その認識は残念ながら、完全に間違っています。サウジアラビアの石油施設が昨年9月、巡航ミサイルやドローンなどで攻撃されたときも、日本では「本当にイランがやったのか」「イエメンのフーシー派がやったのかも」といった議論がありました。イランの「代理」のフーシー派がやったとしても、イランなのは変わりはないのです。

日本は仲介役としてどっちつかずの中立的立場をとろうとしていますが、単なる仲介役ではなく、「米国と妥協し、核開発について新たな合意をしなければ、日本とイランの良好な関係もだめになる」とはっきりとした態度で迫るべきです。

米国もイランも戦争は避けたいし、新たな合意も締結したいけれども、互いに目をあわせることができない状態です。イランに一定の影響力がある日本は、本来ならば米国主導でホルムズ海峡などの海上警備にあたる「有志連合」に参加したうえで、影響力を有効に使わなければ、そもそも影響力を持っている意味もありません。新しい合意では米国とイランの両方に「アメ」を与えつつ、イランに対して明確で厳しい「ムチ」とセットでなければなりません。

イスラエルが唯一、いまの中東の混乱で得たものを挙げるとすれば、サウジアラビアやエジプト、湾岸諸国が「イランの覇権拡大を抑えたいと思っている中東の仲間はだれか?」と周囲を見渡したときに、「イスラエルという国があったじゃないか」と気づいたことです。この数年で水面下だけでなく、表舞台でも接近しており、米国がつくった空白の結果といえます。