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高齢者差別、韓国で拡大「年金虫」「入れ歯カチカチ」厳しい視線、背景に生産性の問題

World Now 更新日: 公開日:
エイジズムについて研究している、金珠賢(キム・ジュヒョン)忠南大学教授
エイジズムについて研究している、金珠賢(キム・ジュヒョン)忠南大学教授=2024年3月20日、韓国・大田市の忠南大、坪谷英紀撮影

韓国ではエイジズムという言葉自体はまだ知られていませんが、高齢者差別、老人嫌悪という言葉は一般的です。お金だけがかかり、何も生み出さない「年金虫」という言葉があります。また、「トゥルタック」という言葉もあります。入れ歯がカチカチなることを差しますが、それが老人嫌悪の象徴の言葉として使われています。

その差別が起きる要因として最も大きいのが、経済的な問題です。韓国は社会の変わるスピードがとても速い。社会学の世界では「圧縮的な社会」といいます。資本主義化と産業化が急速に進んだために、生じる問題にじっくり取り組むひまがなかった。韓国では高齢者を敬う社会だったのが、生産的でない高齢者は価値がないとみなされるようになった。

慈善団体による食事の無料配布を受けるために長い行列をつくる、高齢者たち。この日はクッパが振る舞われていた
慈善団体による食事の無料配布を受けるために長い行列をつくる、高齢者たち。この日はクッパが振る舞われていた=2024年3月21日、韓国・ソウル鐘路区のタプコル公園、坪谷英紀撮影

私は若者が高齢者に抱くイメージを調査し、昨年論文を発表しました。若い人に高齢者と聞いて思い描くものを写真に撮ってもらい、その理由を聞き取りました。最初は高齢者に対して否定的でしたが、次第に肯定的になった。

ほとんどの若者は祖父母と暮らしておらず、高齢者についてそもそも知らないのです。知らないということは偏見につながり、差別を生みます。それが、体験や知識を得ることによって良いイメージへと変わっていきます。

自分自身の20代のイメージがいい人は差別をしにくいというデータがあります。だが、いま韓国の若い人をとりまく状況はさまざまな面で悪い。就職ができない、結婚もできない。さらには結婚したくない、出産したくないと思うようになっている。

超高齢化社会に向けて高齢者を支えなければならない若者たちにとって、自分の生活に悪い影響を及ぼす高齢者に対しては否定的、攻撃的になるのです。

年齢差別、ゆがんだ個人主義も関係?

ただ、エイジズムの理由は経済的側面だけでなく、社会構造的な理由があります。資本主義化や産業化は日本や米国にも起こっています。それでも韓国のエイジズムにはほかの国にはない特徴があり、国よって様相が違います。

現在の韓国では、高齢者は嫌だという感情とともに、何とかしなければならないという心の中の重責感が入り交じっています。韓国は子どもの教育費がとても高く、子育て世代の人たちは自らのかなりの資産をつぎ込むため、老後の蓄えをする余裕がない。一方で、貧乏な自分の両親も支えければならないと思いつつそれができない呵責(かしゃく)の念がある。

一方で個人主義の考え方が根付いている欧州では親子関係はドライです。韓国は圧縮的な近代化で西欧からの文化が入る過程でゆがんでしまった。その結果、社会学者の張慶燮(チャン・キョンスプ)ソウル大学教授は「個人主義のない個人化の社会」になったと主張しました。個人主義は個人の欲求と価値を重視する考え方であり、個人化は社会的な連結と義務の弱化、個人の独立性と自己責任を強調する傾向を指します。

張教授は個人化が社会的構造と制度の変化、特に新自由主義社会での経済的な両極化と社会的格差が深化している状況で発生すると分析しました。個人化の結果、社会的な連結と信頼が弱まり、社会的に疎外された個人が増え、社会的な不平等が拡大する原因になると主張しています。

私は経済協力開発機構(OECD)加盟15カ国の統計データを用いて、韓国と各国を比較したことがあります。経済的な状況、雇用の問題、社会参加、医療の状況などそれぞれの分野で比べてみると、韓国は経済的な要因、つまり貧困による差別が特に大きいことがわかりました。

雇用については低いですが、これは注意が必要です。韓国では高齢者も働かないと暮らしていけないので、見かけ上差別がないように見える。全体では最もエイジズムがひどいのはトルコで、韓国は2位。日本は15カ国中最もエイジズムは少ない国という結果になりました。

ただ、それは統計的なデータによる比較です。統計には表れない国民性の違いもあると思います。韓国人は高齢者たちも自分が差別されていると直接に口にして表します。若者も高齢者への差別を直接あるいはネット上で表します。日本でも差別はあると思いますが、直接は表さないので目に見えない。

金珠賢(キム・ジュヒョン)忠南大学教授。「少子化で日本以上に急速に超高齢化社会が進む韓国では、エイジズムがより深刻になる」と語る
金珠賢(キム・ジュヒョン)忠南大学教授。「少子化で今後日本以上に急速に超高齢化社会が進む韓国では、エイジズムがより深刻になる」と語る=2024年3月20日、韓国・大田市の忠南大、坪谷英紀撮影

かつて、日本の研究者と共同で日韓の比較研究をしました。そこで明らかになったのは、日本は個人的な関係で差別があり、韓国では集団的な差別があります。日本の場合は祖父母と一緒に生活するのが嫌だとか、一緒の集いに参加するのは嫌だとか、そうした形の差別があります。一方韓国では、高齢者による政治的な発言や考え方が嫌だとか、そうしたことに嫌悪感を覚えていました。

高齢者立ち入り禁止?

老人嫌悪について、韓国では最近悲しい事件がありました。カフェやレストランで子どもの入店を断る「ノーキッズゾーン」というのがありますが、高齢者についても、「ノーシニアゾーン」というのがありました。お茶1杯で何時間も粘ったり、大きな声で騒いだりするからというのが理由です。

このように韓国社会では高齢者差別が直接表に出る社会になった。いろいろな差別が直接表に出て、深刻なことだと認識されるようになり、どう解決したらいいか考えるようになります。

日本の場合は差別があっても言わないし、わからない。そして、急に高齢者が自殺したり、殺人事件に巻き込まれたりする。社会によって差別のことをどうやって解決するかは違います。

エイジズムを研究していていろいろな場で私が強調しているのは、高齢者の健康や教育の水準などが以前に比べてよくなったことで、高齢者も生産的で活動的なイメージが強くなっている。政府もそうなることを推奨している。

しかし、人間が老いるのは当たり前のこと。アクティブで生産的な高齢者もいれば、それができない高齢者もいる。生産的な高齢者のことを強調すると、それができない高齢者はどんどん社会的に悪いイメージになっていく。健康的な高齢者とそうでない高齢者で階層化が起き、エイジズムがさらにひどくなる。健康でアンチエイジングにいそしみ、社会参加に積極的な高齢者が表れることはいいことですが、それができない高齢者のことも考えないとエイジズムは解決しません。