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世界初「孤独担当大臣」置いた英国 孤立を社会問題と見る国の取り組み

World Now 更新日: 公開日:
メンズ・シェッドでは教え合うことでコミュニケーションが生まれる=丹内敦子撮影

ロンドン北部のカムデン・タウン。若者ファッションで知られるこの地区に孤独な人々が集う場がある。その名も「メンズ・シェッド(男たちの小屋)」。

ギーギーギー、シュッシュッ――。2019年11月下旬、コミュニティーセンターの一画にある「小屋」を訪ねると、木材を加工する音が聞こえてきた。大工道具が壁に並ぶ部屋で、女性3人を含むお年寄り10人ほどが、木製のサラダボウルや置物の作製、作陶など創作にいそしんでいる。

「木片の角はどうやって丸くするの?」「この道具を使って、手前に引くんだよ」と、互いに教え合う。

11年にこの小屋を立ち上げ、全英メンズ・シェッド協会を率いるマイク・ジェンさん(73)は言う。「男性の多くは並んで作業している方が、(会話するより)互いを分かり合える」。物作りを通して孤独に陥るのを防ぐのが狙いの一つ。木工は廃材を使い、運営費は作品を売った収益や寄付で賄う。週1~4回、造園業者や看護師など様々な経歴をもつリタイアした男女12~20人が集まる。

カムデン・タウンのメンズ・シェッドと全英メンズ・シェッド協会を率いるマイク・ジェンさん=丹内敦子撮影

「ここのみんなは、拡大家族だ」。約6年前から通う元大工のミックさん(71)は、独身で咽喉(いんこう)がんを患い、パブにも通わなくなって友人も失った。自宅でひとりテレビを見ていたある日、「小屋」の存在を知って「これだ」と思った。「人の役に立てて自分も助かった。がんの苦しみも和らぐようだ」

オーストラリア発祥とされる「男たちの小屋」は、英国でも13年ごろから急速に広がった。全英メンズ・シェッド協会によると、現在500以上あり、利用者は1万2000人超。背景には、英国民の「孤独」への危機感がある。

英国の慈善団体が発表した14年の調査では、65歳以上の4割に当たる約390万人が「テレビが一番の友だち」と答えた。英国赤十字などの16年の調査によると、成人の2割に相当する900万人以上が恒常的に孤独を感じている。

自宅にも作業スペースはあるが、メンズ・シェッドに通っていると話すケネス・アインスワースさん。「みんなで作業する方がいいからね」=丹内敦子撮影

■英政府の「対孤独戦略」

政治も動き出した。18年1月、メイ英首相(当時)は「孤独は現代の公衆衛生上、最も大きな課題の一つ」として、世界初の「孤独担当大臣」を任命した。

英国のメイ前首相=下司佳代子撮影

陰の功労者は、労働党のジョー・コックス下院議員(享年41)だ。選挙運動で、移民や労働者の多い英中部で何千軒と戸別訪問するなかで多くの人が孤独を抱えていると気づく。コックス氏自身も地元を離れた大学時代や子育てを通じて孤独を経験し、その辛さを理解していた。世代にかかわらず影響する孤独の問題は政策的な対応が必要だ。そう決意した彼女は15年に初当選すると、超党派の委員会を立ち上げるが、翌年6月、極右の男に射殺されてしまう。新人議員の地道な活動は、事件の衝撃と共に注目を集め、遺志を継ぐ機運が高まった。与党保守党のメイ首相は当時、国論を二分するEU離脱問題でEU側と合意した離脱案をめぐって議会と対立。しかし、この孤独の問題では大きな反対はなく、大臣任命に踏み切ることができた。

「対孤独戦略」と銘打った18年10月発表の報告書で、英政府は「孤独」について次のような定義を採用している。

「人付き合いがない、または足りないという、主観的で好ましくない感情」「社会的関係の質や量について、現状と願望が一致しない時に感じる」

それに先立ち、2000万ポンド(約28億7000万円)を計上すると政府は発表。ここまで本腰を入れるのは、「孤独」が医療費や経済を圧迫しかねないからだ。ロンドン大経済政治学院(LSE)が17年発表した研究によれば、「孤独」がもたらす医療コストは、10年間で1人当たり推計6000ポンド(約85万円)。生協などの調査では、孤独が原因の体調不良による欠勤や生産性の低下などで雇用主は年25億ポンド(約3540億円)の損失を受ける。

公的医療が無料の英国では、地域の初期診療を担う総合医療医のもとに様々な患者が訪れる。孤独に悩んで医師に話を聞いて欲しいと受診するケースも多い。「診察の2割は医療が必要なのではなく、孤独に悩む人」という報告もある。

英政府は、23年までに全国の健康医療システムに「社会的処方」を適用する方針を決めた。総合医療医が医療ではなく「社会的処方」が必要だと判断すれば、「リンクワーカー」に連絡。リンクワーカーが孤独な人のニーズに合った地域活動への参加を手配したり、ケアを受けたりできるよう調整したりする。

政府主導の「孤独について語ろう」キャンペーンも始まっている。「孤独はスティグマ(汚名、恥辱)とされ、認めることは克服し難く感じられるかもしれない」と、政府報告書は指摘する。なぜ、スティグマなのか。自分が孤独だと認めることは「弱さの表れ」と考えたり、「他人を煩わせたくない」と思ったりするからだという。BBCラジオなどの調査では、16~24歳の若者がどの年代よりも頻繁に最も強く孤独を感じるという結果だった。20年度からは小中学校のカリキュラムに孤独の学習を組み入れることを決めた。

英政府は「それぞれに友人をつくることはできなくても、よりつながりのある社会を創造しようとしている」と報告書で自信を見せる。しかし、EU離脱のあおりを受け、世界初の孤独担当相はわずか1年半ほどの間に2回交代、すでに3人目となっている。

英国赤十字で孤独や社会的孤立に関する政策を担当するオリビア・フィールド氏=丹内敦子撮影

英国赤十字の孤独対策の責任者オリビア・フィールド氏(31)は言う。「大臣が交代してもこの問題が重要なことに変わりはない。やるべきことはまだ多い。次の政府が予算をつけて本当にコミットするのか、これまでの進歩をさらにどう進めていくのか、きちんと見ていきたい」(つづく)

【次の記事を読む】「孤立」は社会が対応すべき問題だ みずほ総研・藤森克彦氏