日本の特長を踏まえ、検討は慎重に
海外と日本を比較して参考にするには、全体的に見渡す鳥の目と、細部までみる虫の目の両方が必要です。
海外は教育制度や社会背景が日本とは異なります。性教育が進んでいるとされる国でも、15歳の性交経験率が日本よりも高く、学校によって実践されていない学校も多かったり、保護者の同意を事前に得ることを制度として導入したりしています。性教育に対する慎重な意見は、ほとんどの国にあり、苦慮しているという点は日本と同じです。
日本では学校における性に関する指導は、学習指導要領に基づいて基本的な内容を取り扱い、さらに細やかな指導を工夫して取り組むことになっています。
扱われる内容は、かなり幅広く包括的です。1999年に旧文部省が出した「学校における性教育の考え方・進め方」は、人格の完成と人間形成を土台とし、内容的にも包括的性教育を先取りしたものです。保健教育としての個別指導や外部の専門家などの活用も推奨され、子どもたちに寄り添う多様なアプローチも明確に示されています。まず、こうした日本の特長を踏まえた上で、不足している点があれば、慎重に検討される必要があるといえるでしょう。
性交教えるなら、いつどのように?具体的イメージを共有する
「性交」について教えるべきか否かだけを議論していても深まりません。教えるなら、いつ、どんな内容をどう教えるのか具体的なイメージを共有し、躊躇(ちゅうちょ)したり反対したりする保護者に教師が自信を持って説明できるようにしなければなりません。教育的価値のある取り扱い方を丁寧に検討すべきです。
性は、人間が生きていく上で避けて通れない普遍的なテーマです。人間関係に役立つ社会的スキルの習得などとも合わせて、関係者が学校教育全体の中で議論することが重要です。
ユネスコが提唱する包括的性教育は、教育制度が成熟している国にそのまま持ち込むのは困難でしょう。昨年11月の性の健康世界大会でも、それを示す発表が見られました。
一方、米国には、望まない妊娠や性感染症とともに喫煙や飲酒、薬物乱用、不健康な食行動などに包括的に注目した研究があります。これらのリスク行動は青少年期に芽生えやすく、相互に関連していることが多いため、防止するための有効な教育の原理もほぼ共通しています。こうした取り上げ方は日本にも合うと思います。
ただ、日本の若者の性行動の実態をみると、性交経験率や人工妊娠中絶は先進国の中で低い割合です。これをどう捉えるか、データを正確に把握した上での取り組みが求められます。
「性教育は不可欠」教員養成課程や研修で覚悟と自信を
私たちの研究では、性教育の推進に最も影響するのは、「教師の必要感」でした。授業時間の確保も必要ですが、いかに教師が学校教育としての性教育の必要性を感じるかが大きく影響します。大学の教員養成課程や現職研修で、性教育は不可欠だという覚悟と自信を持てるようにもっと力を入れなければなりません。
指導者を自転車のこぎ手にたとえるなら、前輪は教育制度やシステムです。動力となる後輪は、教材や指導方法の開発です。前輪、後輪、こぎ手の三つが揃わないと性教育という自転車をしっかり前へ動かすことはできません。
私は、子どもたちに真剣に考える時間や仲間を保障する魅力的な教材の開発や指導方法の工夫が大きな課題となっていると思います。
授業では、子どもたちが否定されない安心感を持ち、生き生きと自分を発揮して、皆で探究していけるような指導や、主体的に話し合って気づきを得るような教材が不足しています。
2023年度からは、性暴力や性被害を防ぐ「生命(いのち)の安全教育」を全国で展開しています。その成果と課題を評価し、普及させることが期待されています。社会の変化に対応した日本型の包括的な性教育に向けて、力を合わせて取り組んでいってほしいと思っています。